33.取り返しがつかない
「そ、そそそそそそ! それは……っ!!!」
「嵌めてもいいんですよね? ただしこの指輪のサイズが私の指と違っていた場合……、もう言い逃れはできませんね?」
「そ、そういうことじゃなくね……⁈」
地面に這いつくばって半泣きになっている桐龍から、沙那は指輪を奪い取る。
答え合わせは桐龍の反応で一目瞭然だが、沙那はそれを可視化された決定的な証拠として見せつけるべく、人差し指に指輪をくぐらせた。
「人差し指、だめー」
続いて中指。
「こっちも嵌まりませんね」
じゃあ、と薬指。
「まさか結婚を前提に指輪をつくってくれた……? ってそんなわけないですよねー。だって櫂斗くんには少なくとも2人の想い人がいるんですから♪」
桐龍の目の前で、イヤミったらしく第一関節でつっかえて動かない指輪を突き付ける。それはもはや、任侠映画なんかでありがちな指詰めをしているようで。
一本、また一本と指を通じて桐龍の愚かさが露呈され、苦悶の表情を浮かべる。
この残酷ショーに俺はもう前のめりになってしまっていた。
「もうやめて……、恥ずかしい……自分が情けない……!」
桐龍が土をガンガン拳で殴りながら叫ぶ。持ち前の二枚目顔が屈辱と焦りでぐちゃぐちゃに歪んでいた。
「今、イヤな気持ちになってますか?」
「あったりまえだろ!!! 自分のウソが全部バレて、好きだと思ってくれてた人の信頼を一気に失って、挙句年下にここまでコケにされてるんだぞ⁈」
沙那は前かがみになって、憐みのまじった目で桐龍を見る。
「でも、私はこれ以上のイヤな気持ちをずうっと味わわされてたんですよ? 付き合ってからずっと。自分の初恋をぐちゃぐちゃにされて」
「……」
「やめてほしそうですね?」
「やめてほしいよ!!! 今すぐやめろ!!! 二人してこれはリンチだぞ! 謝れよ俺に!」
「ねー、なんでこの状況で自分が被害者だって思えるわけ? 倫理観とか羊水の中に忘れてきた?」
「黙れよ奏っ!!!! 俺からしたら沙那のすべり止め女要員が!!!!」
逆上した桐龍が奏さんに暴言を浴びせて、とうとう頬を平手打ちした。
だが強靭なメンタルを持つ奏さんは泣くでも、怒るでもなく……?
「ごちそうさまでした!」
と、高笑いしながら言った。
「ご、ごちそうさまでした……?」
人の頬を叩いてジンジンと熱くなる手のひらを呆然と見ながら、桐龍は衝動的な行動を悔いていた。
だが、もう遅かった。どんな状況においても暴力というのは許されない、取り返しのつかない行為。
そして、そんな一瞬の過ちが自分にとって致命的な行動だったと桐龍はまざまざと突き付けられる。
そう――、
「奏さん! ばっちり撮れてましたよっ!!!」
あどけない顔をしたかりそめの悪魔――羽井田沙那が、奏さんへの暴言と暴力の瞬間をスマホのカメラにおさめていたのだから!
「よっし! さすが沙那ちゃん! もう揺るがぬ証拠ができちゃったね!」
「はい! これは立派な犯罪になるかのーせいがあるので、まずは学校に相談しないとですっ!」
二人が「いぇーい!」とハイタッチして爆笑する。桐龍は蒼白した顔面で絶望の底に叩き落される。
「こんな問題児、指定校推薦はまず取り消しだね~」
「櫂斗くんは周りが必死に受験勉強をしている中、自分は大学が決まったからと女の子遊びばかりしてましたから! 今からいける大学なんてないですよね~!」
「というか、場合によっては停学になるんじゃないかな? 卒業間際だし、出席日数が足りなくなって留年になっちゃうかも~!」
「詰みましたね、これは」
「うん。桐龍櫂斗の人生オワタ。あはははははっ!」
二人はとうとう、桐龍の恋を爆破して盛大に終わらせるだけでなく人生の進路まで閉ざしてしまった。えげつない仕打ちだ。俺ならゲロ吐くわ。
「う、うう……っ。うわあああああああああああっ!」
とうとう桐龍が泣き出した。恥も外聞もなく、大学生になろうとする男が外で声をあげて。
「こんなの、あんまりだよ……! もう俺の人生終わったじゃん……!」
「それぐらいヒドい仕打ちをしてきたんです。残念ですけど受け入れてくださ~い」
「…………とりあえず、その動画だけは消してくれっ!!!」
そしてスマホを奪おうと沙那の胸元に飛びかかる。だが沙那が「おっと」と躱して、地面に顔面からダイブしてしまう。
「いってえよ、なんでよけるんだよ……!」
「指一本触られたくないからです」
「は、はぁ……?」
「私はだーいすきな人以外に自分を安売りしたくないんですぅ~。残念でした~」
「クソ。クソがっ……!」
沙那はそれをオカズにして、けらけらと笑う。無邪気に桐龍の心をぐちゃぐちゃにしていく様子が恐ろしいが、痛快極まりない。気持ちいい。
「謝ったら許してあげなくもないけど?」
奏さんが言う。つま先で砂埃をあげて、桐龍の顔面にかかるようにして。
「そうですよぉ! 悪いことをしたら『ごめんなさい』がキホンですっ!」
「ホントか? ホントに許してくれるのか……?」
藁にも縋るような勢いで桐龍が顔を上げる。見下ろされている奏さんと、ねちっこく視線をぶつけてくる目の前の沙那を同時に見つつ。
そして彼はガッと勢いに任せて立ち上がり、
「本当に……、本当にすみませんでしたっ! 自分勝手に人の恋心をもてあそんで、ウソばっかりついて気持ちを傷つけて……っ!」
洟を啜りながら、腰が折れるぐらい深々と頭を下げる。
「「……」」
それを黙って見守る二人の美女。これは……どういう反応だ?
しばしの静寂を破ったのは奏さん。
「あーあー、立たなくても良かったと私は思うけど」
「……え?」
「頭の位置、さっきのが低かったよ?」
奏さんは貧乏ゆすりみたく足を上下動させてイラつきをあらわにしながら、桐龍にそう言っている。つまり、土下座の強要。
「え、でもこれ以上服は汚したくないし……。ほら、これ結構なお値段がするし……」
「はい知りませーん、ってかその気持ち悪い目の中に私を入れないで。お前には汚い砂粒がお似合いだから」
奏さんは桐龍の頭の頂点を無理やり押し込んで、なし崩し的に地面にコケさせる。
そして桐龍の首を手のひらで地面に抑えつけながら、
「そうそう。頭の位置はそこが正解ね」
と爆笑している。
「あれ、謝罪の言葉が聴こえないんだけど?」
「……っ!!!」
再び桐龍が大泣き。周囲の砂が涙で濡れて、まるで泥団子でもつくれそうなぐらいふにゃふにゃに湿っていく。
「ごめん……、ごめんなさいぃ……」
ぐりぐりと額を地面にこすりながら、桐龍はもう謝るしかできない。奏さんには完全に怯えている。
「もういい。二度と私に関わらないで」
そして吐き捨てるように奏さんは言って、公園から去っていった。その間際、沙那の耳元に小さな顔を寄せて。
「もうこれぐらいにしてやんな。後はもう一個のほうもうまくやんなよ? かわいこちゃん」
「は、はいっ……!」
ブルっと震えて、アクセルを踏み直したような沙那。もう一個のほう……? はて、桐龍への直接的な危害はこれで終わりだというのなら、もう頑張ることなんてないはずだが……?
「櫂斗くん、ありがとうございます」
沙那が口にしたのは、突拍子もない感謝。
「……へ?」
意味がわからないといった様子で、砂と涙で薄汚れた顔面を上げる桐龍。
「櫂斗くんを好きになってイヤなことだらけだったんですけど、一つだけ良いことがあったんです」
「そ、それはどういう……」
「私が本当に好きな人が、どういう人なのかに気づけたんですよ」
沙那はスッキリとした感じで言った。その視線は、俺――市川道貴を確実に捉えていた。
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