31.刃
奏さんと桐龍が目の前のベンチに座る。俺と沙那は背後の木に隠れながら様子を見守る形。
機が熟したタイミングで突撃して、証拠を突きつけつつ奏さんも含めた3人で桐龍を糾弾する。そういう算段だ。
「櫂斗が私をクリスマスに選んでくれて嬉しいな。モテモテだもんね?」
「いやいやそんなことないって。モテ、ぐらい」
「うーわ自分で言うんだぁー」
「あははごめんって! 奏が最初に言ってくれたんでしょ?」
ディナーを終えたばかりの2人はいかにもお似合いのカップルという感じで和気あいあいと言葉を交わす。もちろん奏さんの演技。
「これ、奏さんもしんどいよな……」
ボソっと沙那にだけ聞こえるように言う。桐龍を天国から地獄へ叩き落す振り幅をつくるために、まずは桐龍をヨイショするターン。今やキライな人にべったりくっついて恋人の演技をするというのはかなりキツイと思う。精神的に。
「私もやったもんね、文化祭の偽装デートとかで」
「ぐ……。そうだね」
「うふふ。みっちーが妬いてくれてたやつね~?」
「や、妬いてないから。沙那が桐龍と演技でもイチャイチャしてるのがちょっとイヤだっただけだし……」
「それを妬いてるって言うんじゃん?」
はい完全に論破されました。いらないことを思い出した。フツーにまだ胸痛いし。腹立つ!
「でも奏さんだって、この復讐計画にはノリノリになってくれてるからさ~」
「そうなのか?」
「そうだよ。私もまったく一緒だけど、それぐらいの強い動機がないと二股をされた大嫌いな人を誘惑するなんてきっついことはできないよ~」
確かにな。沙那と奏さんはその復讐心を共通項にして結びついてるというわけか。俺たちに協力することで、自分の無念も果たしたい。ウィンウィン。
「櫂斗がホントに女の子から人気なのは事実だもんね」
「ま、他のメンズよりは多少」
「この間まで他の娘と付き合ってたでしょ? ほら一年生の……」
「さぁちゃん? 羽井田沙那?」
「そう、その娘だ!」
奏さんがポンと手を叩く。ウラでは繋がってるのに、そんなとぼけた感じで……。
「櫂斗が後輩ちゃんの彼女をつくったって聞いたときはショックだったなぁ。私、3年間ずー-----っと櫂斗のこと大好きだったんだからね?」
ここで奏さんが勝負を仕掛ける。桐龍が全く言い逃れできないよう、この場でも証拠――桐龍の軽はずみな失言や醜態を引き出してしまおうという魂胆。
「ほんっとに、大好きだったんだから……」
情に訴えるように、うつむきながら桐龍のそばに肩を寄せる。さあ、この『弱さ』を見せられて自称プレイボーイの桐龍はどんな『優しさ』を見せてくれる?
――ま、そのウソの『優しさ』を向けた事実こそお前を後で責め立てる刃になって返ってくるわけだけども。
「……でも今の俺は、もう奏に夢中。もう奏のことしか見てないよ?」
ほら、かかった。
「奏が一番大事だから、クリスマスを一緒に過ごしたいと思った。別れてすぐだから説得力はないかもしれないけどさ……」
至極真っすぐに言い切る桐龍。俺を信じてくれと言わんばかりに。
だが俺と沙那は、その発言の中に含まれた致命的なワードに食いつかずにはいられなかった。
「「別れてすぐ……」」
言い切りやがったな? こちとらそんなことは一度も言われていない。お前は沙那と付き合ってるていを保って奏さんと二股をしていただけじゃないか。
「ううん、説得力がなくなんてないよ。前の恋が終わったから、次の恋を探す。別に普通のことじゃん」
奏さんだって、桐龍が沙那と別れたと聞かされたから距離を縮めたんだろう。進んで二股をするなんてことはありえないから。
「今は私のことが好きでいてくれてるんだよね? 私が一番なんだよね?」
「当たり前だよ。奏が世界で一番大好きだし、奏以外に誰もいらない」
奏さんが目を潤ませる。庇護欲を駆り立てる演技ながらも、その眼には混じりけのない哀しさが含まれているように見えた。
「3年間あこがれてた人に、これだけぞんざいに扱われるんだもんな……」
きっと奏さんは今、必死に辛さに耐えている。俺にはその様子が、2人のデート現場をゲームセンターで目撃したときの沙那と被って見えた。
沙那も奏さんも、被害者。桐龍の自分勝手さと無茶苦茶なウソで自分の恋心をもてあそばれた被害者なのだ。
「奏さん……」
どこか前のめりになって沙那は言う。
そして奏さんはスカートの膝のあたりを恨めしそうにぎゅうっと握りつぶしながら、桐龍を仕留めにかかるための最後の罠を投下する。
「じゃあ、これだけ教えてよ。前の彼女さんとはどうして別れちゃったの? なにか不満でもあった?」
「別に答えられるけど……そんなに気になる?」
「うん。櫂斗がもうその娘になんの未練もないってところを証明して。それで安心できるから」
沙那の滾るような思いも乗せて。自分の復讐心を燃やして。
奏さんは、桐龍が沙那を貶めるような発言をするように仕向けた。それは明確な計算の上に配置された地雷。二股をかけているという事実+今もなお付き合っているテイの彼女を悪く言ったという事実。
この救いようのない悪事の2つを盾に、俺たちと奏さんは桐龍を究極まで責め立てる。
「不満か……」
桐龍は「ぐぬぬ」とアゴに手を当てて考え、そして――。
「今だから言うけど、ノリが悪くて全然色気がない! ビビりで全然恋人っぽいことをさせてくれないし、あんな処女丸出しのオンナ、百戦錬磨の俺とは釣り合わなかったわー!!!」
あっけらかんと言い放った。
それをしっかりと耳に入れた奏さんはシュッと立ち上がって、木の裏の俺たちに手を振って合図。
「え、ちょっと待ってどういうこと? なんでさぁちゃんがいるわけ? い、今のも聞いてたってこと……?」
俺と奏さん、そして沙那で驚いて立ち上がった桐龍の周りを囲う。
「さっきの発言はちょっと言い過ぎたっていうか、冗談っていうか!!! 奏と一緒にいるのも、ほら! たまたまの流れってやつで! これは全部誤解なんだよ!!!!」
もう、逃げられない。お前は敵を作りすぎた。
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