27.道貴の動揺

「このチョコバナナ、すっごく美味しいですね! あ~んしてあげましょうか?」

「え、マジで? めっちゃ嬉しい! じゃあ、あーん」

「はーい、どうぞ~♡」

「んんっ……うまっ! ありがとうね。大好きな彼女にこんなのしてもらえて、幸せすぎるー!」


 沙那は桐龍の心を大胆にも掴みまくって、


「いつか、俺のチョコバナナも食べて欲しいなぁ! なんちゃってー……」

「あぁ~。櫂斗くんはほんっとにすぐそういうことを言うんですから」

「ごめんってー。会えない期間でさらに色々と溜まってたんよ~」

「あ! ちょっとだけライン触ってもいいですか?」

「もっち」


『(沙那)みっちーみっちー! 今の聴いた? 気持ち悪くて鳥肌ぶわーってなったんだけどっ!!!!』

『(道貴)ああ、聞こえてた。センスが昭和のエロオヤジレベルでヒドい』

『(沙那)めっちゃそれなだよ笑』

『(道貴)言うならバナナでいいだろ。チョコまみれの桐龍の桐龍を想像したらめっちゃバカみたい……』


 こうして、桐龍をからかう。

 完璧な、はずだった。


 でも笑えない。面白くない。うわの空。

 というか2人の偽装デートを見ていられない。見れば見るほど、胸がズキズキと切ない痛み方をする。


「なんでなんだろう」


 恋人もできたことがない俺は、もちろんこういうデートの経験もない。比較して惨めな気持ちになっているのかな? 


「ちょっと違うんじゃね……?」


 自分の胸に手を当てて確かめる。目の前の恋愛を見ること自体に惨めになっているとするならば、例えば初見の人のデートを見ても同じ気持ちになるはず。


 そう……じゃない。


 だって俺は、沙那が桐龍に笑顔を向けるたび。桐龍の体に触れるたび。2人で幸せを共有するところを見るたび――こんなに心臓がじゅくじゅくする。


「恋愛を見るのが辛いんじゃない。沙那が誰かに色目を使ってるのが辛いんだ……」


 どうしたんだよ俺、マジでおかしいぞ。

 別に沙那は俺のものじゃないんだぞ? 離れていくのが辛いってのは、一体どういう心境なんだよ?


 誰を好きになっても、誰と付き合っても、誰とイチャイチャしても――。

 それは、沙那の自由でしかないんだぞ。


「きっとアレだ。ウブだった沙那が恋愛モードに入ってるのがちょっとイヤなだけだ! ほら、沙那がちょっと変わった気がしちゃってショックみたいな……?」


 ……でも沙那が対男用に別の『モード』を持ってるのは知ってたし。

 なんならその『モード』がお遊びで自分に向けられたときは、ウキウキでドキドキしまくってたよね?


「…………訳がわからない」


 じゃあこの沙那を見ていて湧き出てくる不思議な痛みの説明がつかない。


 沙那が誰かのものになっちゃうのは、桐龍と付き合ったときに一回経験済み。そのときは自分のことのように嬉しかった。


「俺の沙那に対する考え方も変わってた、ってのか…………?」


 文化祭を一緒に回ったときから、沙那の様子も変。

 俺も、今はなんか変。


 変。変。変。みんな変。


 とにかく俺は、下唇を噛みながらデートをする沙那を見ているしかなかった。




 ♢




「おつかれさま。沙那」

「おつありでございましゅ!!」


 文化祭は完全に終了し、俺と沙那は自転車を押しながら夕暮れの帰路についていた。


「あんな人とおデートみたいなことをするのは、演技でも疲れちゃうね! もうくったくただよぅ!」

「……だよな。普通に恋人代行みたいなもんだもんな」


 そう、あの辛かった光景は全部演技。桐龍に『ざまぁ』をしてやるためのウソでしかない。心の中で自分に言い聞かせる。


「お金が欲しいレベルだよ、ほんっとーに!」

「いくら欲しい?」

「2時間ぐらい働いたし~、200円ぐらいかなっ!!!!」


 ちらちらちら。


「……おー、200円か。やっすいね」

「なんか今日ツッコミへたくそ~。きもちくな~い!」


 許せよ。別の考えごとをしてたんだよ。さっきの件のな。


「みっちー、なんか様子が変だよ? 元気も減ってる気がするし……なんかイヤなことでもあったの?」

「イヤなことね……」

「これまでたっくさん私のことを助けてくれたから、私で良ければ力になりたいよっ! ……なれるかはわかんないけどねぇ」


 アゴの下をポリポリかきながらも、沙那が俺を真っすぐ見る。


「私だってみっちーのことを助けたいです! ほーら、なんでも言ってみてよ!」

「……」


 言えるわけないでしょ。沙那が他の男とウソでもイチャイチャしてるのを見るのが、辛かったです。だなんて。

 だってそんなの――妬いてる、みたいじゃん。


「いきなり言うのはしんどいか~。じゃあ、どーゆー系? 私に関係あること? ないこと?」

「沙那にか?」

「そっ! それ次第でも、私になにができるか変わりそうだし」


 これぐらいなら言ってしまっても良いだろう。ホントは話して楽になりたい自分もいるが。なにせ、抱えているものが複雑で重すぎるからな。


「沙那には、関係あるけど」

「ふむふむふむ……」


 ポンコツそうな名探偵さんは、アゴに手を当てて何度もうなずく。

 だが、沙那の大雑把な脳みそでは見当もつかなかったようで。


「うぅ、ぜんっぜんわっかんなーいっ!!!!!!!」


 と両手をあげた。お手上げだ。


 すると沙那は明らかに冗談めかした口調で、よく聞き馴染みのある煽り方で。


「もしかして~、私のおデートを見てちょっと妬いちゃったりでもしたぁ~?」


「はっ…………⁈」


 まさかの角度から正解が飛んできて、一瞬でパニックに! え、いや沙那も当てに来た感じじゃないから完全に事故なんだけど……。こんなイヤなミラクルがこの状況で起こるか⁈


「えっ、ホントに……?」

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!!! そんなわけないじゃん! 前も言っただろ、沙那が本当に好きな人と付き合って幸せになってくれるのが嬉しいって! だからむしろ沙那には良い感じで交際をしてもらいたいわけで……!」


 口から出まかせばかりだ。焦って弁明しようとするが、こういう場面ではおしなべて墓穴を掘ることになる。


「…………そんなに喋るってことは、図星なんじゃん」


 自転車を押すのをやめ、立ち止まる沙那。コンクリを見ながらぽとりと言った。


「ち、ちがっ……!」

「私もそんなわけないと思って言ったのに……」


 2人して顔を真っ赤にして、逆の方角を努めて見やる。


 その膠着を破ったのは、沙那のほうからだった。


「……うれしいな」

「……はい?」

「みっちーがちょっとでも私に妬いてくれたんだよね、しょーじき……めっちゃうれしいんだけど……っ」


 ぐうぐう! とガッツポーズをしてしまうぐらいに喜ぶ沙那。


 な、なんで嬉しくなる必要があるんだよ。キモいだろ。恋愛経験のない幼なじみの俺から、こんなタイミングでいきなり、ちょっとでも下心ありで見られたらさぁ……!


「私に離れてほしくないってことだもんね? じゃあもしかして、私のことが好き…………? ぎゅう~~~んッッッ!!! しんじゃうっ!!! いやいや落ち着け私! 気が早い!!」


 沙那がタカタカと調子のいいステップを踏みながらコンクリに喋っているが、ぜんっぜん聴こえない! んだよ、もう。


「さ、沙那さ~ん……?」

「はいっ、なんでしょうかっ⁈」


 めっちゃ元気になってるんだけど。


「そんなに下を向いてぶつぶつ言われても、俺には聞こえないんだけど……」

「い、いいのっ! みっちーには聞こえないように言ってるんだもんっ!」 

「なんだよそれ……」


 言うと、沙那は鼻の下を伸ばしたデレ顔でこんなことを言ってくる。


「今日のみっちー、めっちゃかあいいんだけど……」


「……お、おう……?」


「か、かあいいよぉ……。きゅんきゅんしちゃうよぅ……っ」


 自分の体を抱きながら身をよじる沙那。


 その光景を見て、俺たちの関係性のなにかが変わり始めていると確信させられた俺であった。




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