5.成長するとこ、しないとこ
全負け。あだした。(あざした)
勝利分10個の肉まんを大事そうに握りしめた沙那と横並びで帰る。
街灯だけが照らす薄暗い道。
「にっくまん! にっくまん!♪」
「ごきげんですね」
「はふっ……わわわ、めっちゃ美味しい~! しあわせだ~っ!」
「そうでっかそれはよござんした」
肉まんの断面から噴き出す蒸気でほっぺと小鼻をうっすら赤くしながら満足げに笑う沙那。
くっ……まさかこんなに負けるとは。
想定外&想定外。俺も衰えたもんだぜ。
「ムカついてる?」
「あぁ、心底ムカついてる」
「うわ~こわぁ~い~ないちゃう~ぴえぴえ~ん」
「棒読み」
負けたからって後腐れはなしだ。
俺らの仲の深さで今更ケンカなんてすることはないし、グイグイとボケ交じりの冗談が弾む。
それに。
「マジで言うと……ちょっと楽しかった」
だって久々に沙那とあんなに熱く、ゲームで盛り上がれた。余計なことは考えず、目の前の画面に夢中。
まるで小学生に戻ったみたいで、懐かしくて楽しかった。
「……うんっ。私もめっちゃめ~っちゃ楽しかったぁ~! だってゲームなんて、みっちーぐらいとしかできないもん!」
思えば、中学校ではお互いに部活や同性の友達が多くなり。
高校ではいよいよ学校さえ別れた。
でも幼少期から小学校までずっと沙那と過ごした思い出は、やっぱり楽しすぎた記憶として脳にこびりついていて。
その楽しい日々が復活したような気分だ。
「肉まん半分食べなよ~?」
「それ俺が買ったやつなんですけど?」
「いいじゃん、もう私のもんだしぃ」
沙那は半分に割れた肉まんを白い手で突き出してくる。
「はい、お食べなさいっ!!」
「ていうかそんなに余ってるんだから1個ぐらい丸々くれよ……」
言うと、沙那はぷくっとほっぺたを膨らませる。
ハリセンボンみたいで可愛いな、と軽率に思ってしまった。
「昔からなんでも半分こだったじゃ~ん。これも思い出の振り返りだよ!」
「沙那、小食だったもんな」
「うんっ! でも今はいっぱい食べてせいちょーしましたぁ~!!」
刹那、沙那がくるりと回って俺の前に対面する形で躍り出る。
急に止まってなんだよ。
「もう、すっかりオトナのおにゃのこ! うっふ~ん♪」
と、威勢よく胸を張る。めっちゃ調子がいい。勝ったからだろうな。肉まん全部没収してやろうか。
「ぐっ……」
てか、むね……胸っ!
……明らかに、おっきくなってる。
純白のニットを下から押し上げるばゆゆんとした双丘!
そ、その……昔から他の子よりは発育がよかった記憶があるけど。
そこから数段階、マジで成長してやがる!
「? どしたのそのお顔」
いやまああの頃から心身ともに成長してるのは当たり前だし? むしろ気心の知れた幼なじみにそういう意識をしてしまう俺が悪いんだが?
「えっと……」
これ、沙那はわざと見せつけているのか?
それとも俺が邪念にとりつかれているだけ……?
どっちなんだあああああっ⁈
「あ、わかった。みっちーのへんた~い」
「……っ!」
バレた。
「今、私のおっぱいガン見してたよね~? ねぇ、女の子ってそーゆーのフツーに気づくよぉ?」
……反論できない。
俺を追い込んでるのがそんなに嬉しいのか、沙那はニヤニヤと意地悪に笑っている。
「ご、ごめんって。さっき自分で言ってたみたいに、沙那が成長したんだなあって思っちゃっただけだよ……」
「あはは、ちょっと私もイジワルだったかもね」
動揺する俺。
素知らぬ顔で両胸を下から持ち上げて揺らす沙那。
「ほんと、おっきくなったなぁ~」
ハリがあっていかにも柔らかそうなそれが、ぱゆんぱゆんと上下に跳ねる。
「……」
「ね、みっちー」
「は、はい」
「おっぱいってさ、もみもみされるとおっきくなるって言うじゃん。あれ、マジだったんだね」
「がががががっ……!」
えーと、沙那の発言を一旦まとめてみよう。
➀胸は揉まれると大きくなる
②私の胸は大きくなった
い、いこーる……?
この女、いま『私の胸はいっぱい揉まれました』って白状したな⁈
なんだよこのエロ
「なんでそんなに汗だくなのさぁ。冬だよ?」
「いや……あなた自分でなにを言ってたかおわかり……?」
天真爛漫であどけない、小動物系のベビーフェイス。
そして、着実に丸みを帯び始めた煽情的な体つき。
……ああっ! 頭がおかしくなりそうだっ!
幼なじみとして接してきた羽井田沙那という『少女』が、着実に『女の子』に近づいている事実!
まざまざと突き付けられてるぜ……。
「ふぅ、一旦落ち着こう沙那」
「落ち着くべきなのはみっちーのほうじゃ……?」
「そ、そうかもしれない……」
「そんな動揺しないでよぉ~。みっちーが成長したのと同じように、私もオトナに近づいた。それだけだよぉ」
なるほど、目の前にいるのはもう立派な『女の子』なんだ!
桐龍櫂斗という
「ま、櫂斗くんのせいで私のほうがちょっとオトナに近いかもねぇ?」
「ひっ」
「なーにー、その反応~。そういう経験がまだだから、ちょっと刺激が強かったかなぁ~?」
煽るような口調で言われる。
いつもの気兼ねない言い方でしかないのだが、今の沙那が言うと妙に生々しいんだよ。
……いつもはトントンな関係が、しっかり沙那に押されてる!
うぐぅ、悔しい! 幼なじみのこんな話を聞いたらさすがに動揺するって! でも客観的に見たら俺、めちゃくちゃキモくね?
「……まーまー、安心して。お服を脱がされたり、その……ちゃんとしたことまではヤラれてないからさぁ」
「あん……しん」
「ずっとヤだ~って断ってた。怖くて気が乗らなかったの」
「じゃあさっきの胸の件とかも勝手に?」
「……言っちゃうとそうだねぇ。ボーっとしてたら勝手に触られて」
イヤな記憶をたどるように、苦々しく語る沙那。
「これ、私も悪いよね。高校生にもなった彼氏彼女って、そういうことをしてても変じゃないんだよね?」
「そうだな、一般的には変ではないと思う」
な、なるほど……。
沙那はいわゆる『良い家庭』の箱入り娘。育ちのよさ由来のピュアでウブなところがここで出たか。高校生カレカノの普通の一線をあんまり知らなかったんだな。
「よっきゅーふまん? みたいなのが溜まって、櫂斗くんの機嫌を損ねちゃったのかもしれないね」
しゅん、と沙那の眉尻が下がる。
「ホントはね、胸がおっきくなったのもなんか恥ずかしい。あぁ、この分だけ私はやりたくないことを無理やりされたんだ、って思い出す」
お盛んな高校男児からしたら、彼女ができて、しかもその子が可愛くてプロポーションも抜群ときたらいても立ってもいられないのかもしれない。
「後からこんなこと言って、ズルいよね。グズで櫂斗くんの期待に応えられなかったのに被害者みたいな顔してさぁ」
その点、沙那は昔から純粋無垢で臆病だった。だからこれだけ可愛いのに、初彼氏は今頃になってから。
じらされまくって次第にイライラする……桐龍の気持ちもわからなくはない。
でも。
「……沙那は悪くないよ」
本当に好きな人相手なら、自分の欲を満たすよりまず相手の気持ちを尊重するべきだろ。
「そう、かなぁ……」
「そうだよ。確かに桐龍は沙那に早く触れたかったかも。付き合ってるのになんで、ってイライラしたと思う」
「……」
「聴いてても、桐龍は恋愛巧者っぽいしな。どう?」
「彼女は今まで何人もいたって言ってたけど……」
「じゃあなおさら沙那とのペースのズレがあったんだよ。初恋を大切にしたい沙那と、慣れっこでガンガンいきたい桐龍」
沙那の目が潤んで揺れる。
「……でも、やりたいことと違うからって沙那に当たり散らかすのは、やっぱり桐龍が間違えてると思う。そんなの結局自分のことしか考えてないじゃん」
あぁ、やっぱり胸クソが悪い。
桐龍という男は、つくづく羽井田沙那という宝石みたいな女の子を穢していく。
「だから、沙那は悪くない。悪いのは自分勝手で、好きなはずの彼女すら大切にしない桐龍だよ」
言うと、沙那は顔の筋肉をやわらげ、安心しきった顔で――。
「みっちーはみっちーで、私のこと大切にしてくれすぎじゃん?」
と、優しく目を閉じながら俺に抱きついてきた。
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