ざらつく心 あの頃の俺は
俺佐々木恭介は大学を出てそれなりの会社に勤めた。平凡で良い。目立たなくて良い。だからと言って別に人嫌いではない。従って飲み会にも参加するし、遊びの誘いも五回に一回ぐらいは行く。大概は同期の八代と竹山が誘ってくる。俺が誘いに乗ると決まってキャバクラだ、浅草の吉原だとかに行きたがる。お前の為だなどと体の良い口実に使われても、一応俺も男だから興味深い~本当深~い行為に繋がることなら、その誘いもやぶさかでは無い。
まあそんな俺たちも上半期の締めに入り、仕事が立て込んで来て遊ぶ暇なし。そりゃぁなかなかの鬱憤が堪って来るわけで。
そんなある日、俺は少し遅めの昼を社食で食っていた。と、突然後ろから抱きつかれ危うくカレーを吹き出しそうになった。
「馬鹿! やめろ! 八代!」
「判るんだ俺って」
「んな事するのはお前しかい無いだろうよ」
八代は笑いながら隣にドスンと腰を降ろすと耳元で囁く。
「恭介、今夜はちょっと高級なクラブに行くぞ! 姉貴の大学時代の親友がやってる店なんだよ」
高級クラブ? 矢代の姉貴?
「銀座か? 金ないから無理だ。それにお姉さんの話しなんて聞いたことないしな。なんか嘘臭い」
「何言ってるんだ! この間のキャバクラの時に話してるぞ。お前が聞いてないだけだっうの」
遅すぎる昼飯を俺の前に置いた竹山も、
「本当初耳だぞ、やっちん」
「だからぁ話してるんだよ。どいつもこいつも面倒くさ。今は姉貴の事は良いんだよ。俺もこの間姉貴と行ってみたんだけど、これがさぁなかなか良いんだよ」
「お姉さんとクラブかぁ? おい竹! お前もちゃんと聞けや。携帯やめろぉ」
「まず綺麗なお姉さんたちがいるだろう。お客の雰囲気も悪くない。それからぁぁ、今度友達連れておいでって言われてさ。無理ですよ高いんだものって言ったら。お金取らないって言うんだよ。日にち指定なんだけどね」
「それが今日なのか? もっと前に言えよ!」
「ハァ? お前らどうせ暇だろうよ。俺に見栄張る?」
「でも、何で今日なの?」
「よくぞ聞いてくれた! 今日は
旦那さんが仕事の取引を店でするそうだ。まあその時少し賑やかしが欲しいんだって。別に廃れているわけじゃ無いけど。曜日的に週の前半は寂しいらしいよ」
「あのさ、一応聞くけど、旦那って……」
「オッ! 気になるよな。なっ!」
そう言いながら八代は頰に傷をつける真似をした。
「これこれ~」
それを見て飛び上がって喜ぶ竹山は本当能天気だよ。異世界……仁義が如何じゃらこうじゃらだぞ。
いや~なんか拙い気がする。
「異世界なんだよな。刺青チラチラのお兄さんとかいるよな」
竹山が俺の顔覗き込み、
「恭介はお子ちゃまだなぁ
新宿、水商売、異世界と言ったら当たり前だろ。びびる?」
「馬鹿! びびるわけないだろうが!」
「まあな、でも映画やドラマを想像するなよ! その旦那さんは至って普通に見えるんだ」
俺の心の声が詳しく聞くべきだと言っている。
「お前旦那に会ったんだ……
う~んお姉さんのお友達は何で水商売入ったの?」
矢代は肩を竦めると
「良く判らん。でも親からの仕送りが減って、普通のバイトよりお金になるからって選んで。そこから……」
「転落の一途?」
「竹は馬鹿? 転落してたら
高級クラブなんかやれてないでしょ」
「確かに、じゃあ恋愛か?」
「らしい。大学出て、一旦は商社に勤めたけど。自分は水商売に向いてると思ったんだと。彼氏もいるしな」
食堂のおばちゃんがテーブルを消毒し始めた。一時半過ぎてる!。
「おいおいやべぇよ。仕事に戻るぞ!」
「俺は、まだまだ時間あるから~」
馬鹿竹山呑気に食ってろ! 走る他二名。
「ありゃ~じゃ、後で」
竹山の気の抜けた声を投げ返したい気分だが、俺たちは其れ其れの部署に散った。
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