第116話 『悪役』とレア個体

 次の日も【廃棄墓地】へ。狙いはもっぱら魔法書だ……ただ昨日と違うのは――


「こ、この結界はまことに幽霊を寄せ付けぬのかの先生!?」

「そっ、そうだよ! この《絶界》なら決して立ち入らせ……ひいいぃ! 結界にべちゃって! べちゃってえええええ!」

「……うるさいのが増えた」


 ヒサメが震えながらフルル先生と抱き合っていた。昨日の今日でなんの心境の変化があったのかは知らないが、足がっくがくで顔真っ青にしながら「拙者も行くぞ!」と息巻いていた……のだが。


 結果は御覧の通り結界の中心で縮こまっている。ゾンビの大群相手に、結局昨日の三人で戦っていた。


「しかし、本当にフルル先生の《絶界》は便利だな」

「えぇ……この連戦につぐ連戦、休息や補給なしで突破しきれるものでもありません」

「……ん。見飽きた」


 昨日より進んでいるとはいえ、やはり流石というべきか「やっぱりか」というべきか……エンカウント率が非常に高い。

 ゲームの時でもイライラポイントではあったものの、『聖属性』に滅法弱いのと防御力が低いのである程度育てば経験値稼ぎに良い場所ではあった。


「そろそろ帰らないと夜になるな……」

「ですね、切り上げましょうか」

「……シャワー浴びたい」

「拙者なにも出来ておらぬ……」


 今日も収穫は無し。経験値は稼いでいるが、ヒサメに至ってはそれも出来ていないので本当に収穫ゼロだ。


「何しに来たんだヒサメ……」

「いやのぅ? フィノラ先輩殿のように魔法も使えぬなかで置いてけぼりは疎外感というか、出遅れているような感覚がしての……」

「で、一念発起した結果がそのざまか」

「ゴミを見るような目……っ!」


 あ、悶えだした。ほっとくか……つか苦手なら他のダンジョンにでも行けばいいのについてくるとか、意外と王女って寂しがり屋なのか?

 シアン姫もなにかしようとしたらついてくるし。


「それにしても、人型の魔物なのに人と戦うよりもやりにくいですね」

「……人なのに、人外の動きする」

「あのクネクネ動きながら近寄ってくるのが生理的にきついのじゃが……」

「ボクも……」


 女子たちがそんな会話をしているのを聞いて、俺もシアン姫のその意見に同意する。

 ゾンビは基本的に足は遅いのだが至近距離での動きが余計に魔物じみているのだ。足、手、頭、そのすべてが独立して動いているせいでなかなかにキモイ。


「くさい、きもい、わらわら出てくる……気が滅入りますよ」

「……でも、強くなってる実感はある。あと動かなくても稼げる」

「俺もあのゾンビステップ真似てみるかな……」

「やめよ、あれは人間を物理的に止めぬと出来ぬ上にお主の研ぎ澄まされた剣術がなまくらと化すだけじゃぞ」


 たしかに、あれをするなら剣を使わない格闘術に取り入れるべきだな。俺はふと思いついた案を捨てて一息ついた……格闘術には取り入れられるから、剣を無くした時の手段として足さばきだけは練習しておくか……


「みんな早く強くなっておくれぇ……そしてボクをこの地獄から連れ出して!」

「……勝手についてきているのに、連れ出してとは」

「だってボクが目を離している隙にみんながゾンビになってたらと思うと、そっちのほうが怖いんだもん……それに比べれば、まだ地獄に身を置いていた方がマシだよ。それでも怖いものは怖いから早く強くなってほしいけどね!」

「健気な先生殿に涙が出るのぉ……おぉう、冷え込んできた。はよ帰ろうぞ?」


 ヒサメが青い顔をしながらそう言う。そうだな――と俺が返そうとしたとき、妙な違和感に気が付いた。

 おかしい……


 ゲームの時には肌感覚なんて当然のことながら無かったので、こういったイベントは知らない。なんだ……!?


「っ、横跳べシアン姫!」

「っ!?」


 何かが急速に近づいてくる殺意に気が付き、反射的に一番前を歩いていたシアン姫に俺は命令する!

 彼女は俺の言葉にすぐさま反応して着地も気にせず横に跳ぶ――次の瞬間、シアン姫が立っていた場所に白いが降りかかって来た!


「な、なんですかこれ……!?」

「っ、《絶界》! みんな早く結界の中へ!」

「スクラップゴースト……厄介な敵が出てきたな」


 フルル先生が作った結界の中に入りつつ、目の前のもやが濃くなり髑髏どくろの顔を形成した魔物を見て俺は苦虫をかみつぶす様に渋い顔をした。

 スクラップゴースト――魔法書が魔物からドロップする確率と同じぐらい、低確率で出てくる超レア個体。


 倒せば大量の経験値と確定でレアドロップを落とす敵なのだが……その分ステータスや特性はそこらの敵より厄介なものを持っている。


「幽霊じゃああああああ! いやぁああああああ!」

「くっ、レイピアがすり抜ける……っ! どう倒せば――」

「聖水で剣を濡らせ! 今は倒せん、持ち込んだ聖水が切れる前に切り抜ける!」


 出口を塞ぐように浮かぶスクラップゴーストを睨みつけながら、俺は持ってきていた聖水をじゃぶじゃぶシミターにぶっかける。

 青い顔をしてがたがた震えているヒサメとフルル先生の横をすりぬけ、思いっきりスクラップゴーストに切りかかった!


――ォォォォオオオオ!

「っ、効いてるか効いてないか分かんねぇなぁ!」


 感触は、無い。ただ攻撃を食らって怒ったのか、スクラップゴーストは俺の方を向いて目の部分を赤く光らせた!

 次の瞬間、スクラップゴーストの横に紫色の球体が五つ浮かび上がる――ダークボールか。


 冷静に俺は結界の中に戻り、こちらに撃ってきたその球体が結界に当たって霧散するのを見て確信する。間違いない闇属性の攻撃魔法、ダークボールだ。


 頭の中にあるスクラップゴーストの情報と照らし合わせながら、俺は再び結界の外に出てスクラップゴーストを切り刻んでいく!


「の、のうフルル先生殿? この結界を大きくしたり動かすことは出来ぬのかの?」

「ボクだってしたいよぉ……でも杖を地面から離したらその瞬間に結界消えちゃうんだよ」

「ならばこう……ズリズリと杖で地面に線を描きながら」

「動かすこと自体に魔力を結構使うから、今のボクだと魔力切れで結界ごと消えておわりだよぉ~!」


 幽霊大嫌いコンビは置いておいて、動ける二人に指示を飛ばす。


「倒そうとは考えるな! 奴の攻撃は基本的に魔法だ、相手が引いたら深追いせず結界に戻れ!」

「了解です! はぁ!」

「……《首狩り》」


 基本的にゴースト系は魔法が使えるやつに任せるのがゲームの時での常識だったが、如何せん俺たちの中で攻撃魔法を使えるやつがいない。

 パラライズ、ポイズン――俺は一応とばかりに隙を見て撃ってみたが、やはりアンデット系に効果はないのか全く効いた様子を見せないスクラップゴースト。


 残る聖水は……3本。

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