第94話『悪役』と剣舞

 戦闘や鍛錬、ではない目的で剣を振るうことは可能なのか?

 いつの間にか林の中まで散歩していた俺は、折角だからと検証にシミターを抜いて軽く振ってみることにする。


「ッスー……ふっ、はっ」


 身体が抑えられるような感覚は……ない。戦闘や鍛錬ではない状態で剣を振るうという行動に何の意味があるのかという疑問は残るが、「ただ剣を振るう」という行為に制約はかからないことは分かった。


 俺はただシミターを無心で振るってみた。敵もしがらみも考えず、目的も目標もないままに。

 直観と感性のおもむくまま次の動作を繰り出し、繰り出した動作から無理のない次の選択肢を直感で選んでいく。


 体に馴染んだ『剣を振るう』という行為……これは、タイタンが積み重ねてきた人生の結晶だ。

 転生してきた俺にはない――タイタンを否定していたら、失くしていたかもしれない剣。


 状態異常の魔法を封じられた俺は、彼の剣を否定しないでよかったと自分が選んだ選択に安堵した。


「ぐっ……『もっと鋭く』と思うと、身体が動かなくなるな」


 そんな思考をしていると、身体が一瞬動かなくなる。雑念が入ると途端にって感じか。

 シミターを振るう手を止め、俺は歩いて元の位置に戻った。『好き』……なのかは分からないが、手遊てすさびに剣を振るっている時だけは心の焦りを忘れさせてくれる。


 もう一度、シミターを構える。まずは――


「寮にいないと思ったら、こんなところにいたんだね」

「フルル先生……」

「まったく、鍛錬も戦闘も禁止してるというのに剣を振るうなんて……困った子だ」


 再び始めようとしたとき、茂みをがさがさとかき分けてフルル先生がやってきた。困ったように眉をひそめながらも仕方がないね、と口元は笑っている。


「昨日はどうだった?」

「まぁ……充実した一日でしたよ。それに自分の『好き』を見つけろと、ユノから怒られてしまいました」

「うんうん、それは良いことだ。なにか見つけたかい?」


 そう質問してきたフルル先生に、俺は首を横に振る。


「いえ……こうして剣を振ってるのは自分の焦りを押さえつけるためのものですし、ユノの『好き』を見せてもらいましたが自分には真似できそうにありません」

「真似なんてしなくていいんだよ、タイタン君。楽しい、うれしい……そういった感情を周りに紹介したくなるのが『好き』というものさ。それをユノ君から感じ取ったんじゃないのかい?」

「……そうですね。終始楽し気で、街中を案内されましたよ」


 疲れましたと俺は冗談めかして言うと、フルル先生もつられて笑った。さて、先生にばれてしまっては仕方がない……俺がシミターを鞘に戻そうとすると、フルル先生がそれを止めた。


「ボクのことは気にしなくていいよ。『強くなること』を考えている君に、卒業後……数年先の未来を考えてもらうために戦闘や鍛錬を禁止しただけ。剣を振ること自体を禁止したわけじゃないさ」

「……ありがとうございます」

「それに、焦っている気持ちだけを抱えて解消する術が無かったらいずれ精神的にまいってしまう。折角強くなること以外で見つけたことなんだ、自分が納得するまで目一杯やってみるといい」


 怪我したらボクが治してあげるからさ、とそう言ってフルル先生は近くの木にもたれかかる。

 俺はフルル先生に一礼すると、再びシミターをだらりと降ろす。目を閉じて一息、ゆるりと一歩踏み出してはシミターを持った腕を振り上げた。


 シミターを無心でただひたすらに振り回す。流れるように次の動作へ移らなければ、遠心力で体が引っ張られるような感覚になる……その感覚があったら失敗、最初に戻る。


「……ふっ、はっ」

「ほわぁ~……」

「っ、ふんっ」


 手首で回す、身体ごと捻って上から斬り下ろす、回転する速さを上げるために片足を軸にバレエの様に回る――意味がない自由な動きを、ただ『そうしたいから』という気持ちだけを持って俺は動いていた。


 一通り振り回して、次の動きが思いつかなくなった俺がシミターを下ろすと横からぱちぱちと拍手が聞こえた。

 いつの間にかかいていた汗をぬぐいながら、俺はフルル先生の方へ向く。


「いや~、見入るような剣舞だったよタイタン君。砂漠の国のダンサーみたいだった!」

「そうでしたか……特に意識はしてなかったんですが」

「何といえばいいのかな。いつもの訓練ような激しいステップもボクは好きなんだけど、今の剣舞は緩やかで落ち着いてるからもっと好き! こう……急かすようなリズムじゃなくて、いつまでも見ていたいような心地いいリズム!」


 あぁ……ボクにもっと語彙力があったらぁ~!と両手を忙しなく振りながら何とか感想を言おうとしているフルル先生に、俺はつい笑ってしまう。


「あー笑ったなぁ~?」

「すみません、必死な先生がおかしくて。ありがとうございます」

「うーん、タイタン君に子ども扱いされている気がする……折角だしリクエストいいかな?」


 そう言ってフルル先生は特徴的なリズムを拍手で刻み始めた。タンッタタンタン、タンッタタンタンと一通りリズムを刻むとこちらを見ていたずらな笑みを浮かべた。


「このリズムを維持しながら一幕、見せてくれないかな?」

「一定のリズムじゃないから難しいですね……やってみますけど」

「自由に舞うのもいいと思うけど、こうしてリズムを縛ってみても面白いと思わないかい?」


 なるほど、俺は実際に先生に提示されたリズムで踊り始めてすぐに理解する。リズムを縛られることで次の動きの選択肢が絞られるのだ。

 最初のタンッで振り下ろしたあと、タタンで斬り返すようなステップを踏むと最後のタンのリズムに身体が間に合わない。


 ならばタタンのリズムで回るステップを踏めば……最後のタンのリズムに袈裟斬りが間に合う、これは面白い。


「おっ、じゃあ次のリズムね――」

「ふはっ、なんですかそれ。どうやってステップ踏めばいいか全く想像つきませんよ」

「じゃあ一緒に考えよう、ボクは全体を見るから君は細部ね」

「ではまず最初のリズムから……」


 フルル先生からの無茶ぶりに応えるように細かく、時に大胆にステップを踏む。音がハマった時が気持ちがいい、焦っていた気持ちはいつの間にか消えて高揚感だけが心を満たしていた。

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