第2話 百科事典とスーパーの折り込み広告

◎ 百科事典とスーパーの折り込み広告

  中国(人)と台湾客家が、同じ「民主主義」という言葉を使うにしても、その厚み・奥の深さ・哲学的考察の度合いにおいて、大きな差がある。

  中国人の使う言葉や文言には、百科事典ほどの深い考察に基づいた情報と哲学的な思惟に影響を与えてくれる価値がある。

  一方、台湾客家の使う「民主主義」とは、「本日特売日」なんていう、その日だけ使える情報と価値しかないスーパーの折り込みチラシのようなもので、一度読んだらお終いという、言葉としては可哀想な使われ方をされている。


  中国の簡体字(Simplified Chinese)に対抗して、台湾では繁体字(Traditional Chinese)という、日本語のそれに近い漢字を使用しています。

  しかし、トラディッショナルなんて言ってますが、使っている文字だけが伝統的な形状をしているというだけで、使う人間はぜんぜん伝統的ではない、という笑い話のような台湾(の文字使用)世界です。

  いかにも台湾客家の台湾らしい、格好ばかりで中身がない、という社会。


  コピー屋のおねえさんが、「○○○・・・」と言うので、紙に漢字で書いてくれと私が頼むと、店の奥に行き自分のスマホを持ってきて、スマホに向かって「○○○・・・」と叫んでいる。その音声翻訳画面を私に向けると、そこには「印刷会社」という文字が。

  まさか、印刷会社という漢字が書けないはずはないでしょうが、目の前に転がっているペンで書こうともしない。これが「トラディッショナル」な人間といえるのでしょうか。

  因みに、この時、お客は私の他に一人いましたが、パソコンを操作中で、おねえさんは完全に暇な状態でした。


  このお姉さんが台湾客家なのかどうかは知りませんが、フォーカス台湾に見る台湾客家の政治家や要人たちの使う繁体字(Traditional Chinese)には、魂がないというか、彼らは哲学していないから、言葉ばかりが浮いている。

  言葉と精神が一体化していないから、読んでいて重みがない・味わいがない・存在感がない。「スーパーの折り込み広告」なんですね。


  5,000年の歴史と中華民国創設70年とは、街の様子や人の服装といった見た目は同じように見えても、形而上(精神)的な部分では、その差が顕著に現れるものです。

  そして、形而上の差というものは、やがて実質的な数字となって、その存在の重さ軽さを証明することになる。


2022年11月8日

V.1.1

平栗雅人

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