そうだ、クリスマスを過ごそう
正直、大学時代からクリスマスを祝う発想がまずなくなっていたせいで、家にはクリスマスツリーすら存在していなかった。小さなテーブルサイズの奴すらない。
それを言ったら春陽さんに心底悲しいものを見る目を向けられてしまっていたたまれなくなったので、ホームセンターまでクリスマスツリーになるようなものはないかなと探しに来た。
サイズはさすがに片付ける場所の問題で小さいものでもいいと言質を取った。春陽さんはその間、クリスマスツリーの飾りに使うジンジャーブレッドを焼くと張り切っていたため、家に置いてきた。
どこもかしこも人がわんさかいる中、私はついでに春陽さんへのクリスマスプレゼントについて考えていた。
私も春陽さんも一緒に住んでいるだけで、特に互いのことについて詳しい訳じゃない。ただ一緒にご飯を食べて、一緒に楽しく過ごしていたら……それこそ、四つの季節を一緒に過ごしたら、少しは情だって沸く。だからクリスマスプレゼントを用意するのはどうか、と思ったんだ。
「とは言ってもなあ……」
彼女が趣味と実益を兼ねた料理に使う道具は、うちに引っ越してくる際にあらかた見せてもらったから、特に必要あるように思えない。中には私が「こんなものいつ使うんだろう?」と思っていたものまで、日常遣いしているから、料理道具は必要ない気がする。
だとしたら他に欲しいものなんてあるのかな。
私はホームセンターでテーブルに載るサイズのツリーを購入し、それの袋をぶら提げながら物色するものの、いまいちピンと来ない。
しょっちゅう料理している春陽さんは、アクセサリー類も特に必要ないみたい。というより邪魔みたい。普段から料理しているから指輪や時計、ブレスレットはアウトだし、首にもなにも付けてないから、ペンダントやネックレスも駄目だろう。
ひとりでうろうろしていて「あっ」と気が付いた。
これだったら彼女の趣味と実益も兼ねられるし、ただのプレゼントにはならないだろう。私はそれを買って「プレゼント包装でお願いします」と頼むことにした。
会社でも飲み会飲み会仕事仕事年末進行で、クリスマスプレゼントを最後に贈ったのはいつかいまいち思い出せない。
本当に久し振りにクリスマスプレゼントを買ったなあと、少しだけ満足した。
****
「ただいまー」
「あっ、お帰りなさい! 今アイシングしているところなんです」
「ああ……いい匂い」
ひくひくと鼻を動かすと、スパイシーなジンジャーブレッドの匂い。台所に顔を出せば、ケーキクーラーの上で冷ましているジンジャーブレッドが見えた。ちょうど人の形を縁取っていて、穴が空いてある。ここにリボンを通して飾るんだろう。
「ブレッドってパンだよね。なんでクッキーなんだろ」
「ああ、元々ブレッドって『焼く』みたいな意味なんですよ。ショートブレッドってクッキー知りませんか? あれもブレッドですよね」
「そういえばそうか」
白いアイシング以外にも、食紅を混ぜたのか赤いもの、黄色いものもあり、それを搾り袋に詰めて絵を描いていく。
ひょうきんなクリスマスカラーの男の子に女の子、ツリーなんかが次々と出来上がり、アイシングが固まったところで、リボンを通して買ってきたばかりのツリーにかけていく。余ったものはふたりで食べたけれど、硬めだけれどさっくりとしていておいしい。
「私そういえば、ツリーに食べ物飾ったのは初めてかも」
「あら、お菓子の家とか売ってませんでした?」
そういえばクリスマスシーズンになったらお菓子の家をつくって飾ろうみたいなキットをあちこちで見るけれど、つくったことないな。私が首を振ると「あれ、楽しい上においしいんですけどねえ」と結構残念がられた。
「クリスマスは腕を振るおうと思いますので、どうぞお楽しみに」
「いや、私も手伝うけど。それにそんなに元気だったら、正月までもたないよ? 私正月は寝正月だったから、おせちなくっても気にしないけど」
「いやあ……わたしの場合はおせちを早めにつくらないと駄目なんで、そうも言ってられないです」
「あー……ネット記事?」
「はい。余ったおせち料理のリメイクレシピを年末に送らないと駄目なんで」
あれか、年末進行までテンションを上げないとやってられないという奴か。
私は「なら」と言う。
「年越し蕎麦は私がつくるから、それで春陽さん落ち着いてね。ね?」
彼女はにこやかに頷いてくれた。
****
クリスマスになったからと言って、特になにかがある訳じゃない。
こんな古民家にクリスマスっぽい雰囲気なんてないし、クリスマスソングだってない。でも、ジンジャーブレッドをかけたクリスマスツリーがあり、シュトーレンがあり、ホットワインがあると、なんとなくそれっぽくなる。
春陽さんにかかったら、チキンもごちそうになる。揚げたてのポテトにスパイスの利いたチキンフライ、シーザーサラダにシナモンスティックを差し込んだホットワインで、かなりそれっぽい感じになった。
「私、ポテトフライってこんなにおいしいと思わなかったんだけれど」
ジャガイモを切って揚げて塩をまぶしただけで、こんなにおいしいものになったかなと思う。それに春陽さんは「あー」と笑う。
「ジャガイモ、どうしても皮の部分に旨味があるんですよね。だから皮付きで揚げるんです。さすがに青い部分や芽は毒なんで食べられないんですけど、皮ごと揚げるとじゃがいもの旨味が詰まるんですよ」
「そこまで考えたことなかった……あとこのチキン、衣がざっくざっくしてる。前につくった唐揚げみたいに、米粉使ったの?」
「あー、これは小麦粉と片栗粉を半々にしたんですね。今回は衣にもスパイスを入れたんで、スパイスの味を引き立てるためにこのふたつをブレンドしたかったんですよ」
「どうりでなんか衣おいしいと思ったら」
おいしいおいしいと夢中になって食べていると、「あと」と春陽さんが笑う。
「美奈穂さんにプレゼントがあります」
「え。なに?」
彼女は小さなラッピングされた箱を取り出してくれた。
春陽さん、私よりもずっと家にいるのに、いったいどこで用意したんだと目を白黒させると「スマホでネット通販って、普通にできるじゃないですか。プレゼント包装頼むのも」と教えてくれた。そういえばそうだった。
私も慌てて自分のプレゼントを持ってくると、それを春陽さんに差し出したら、今度は彼女のほうが目を剥いてしまった。
「あ、あのう……? これ、わたしに、ですか?」
「うん。春陽さんがうちに来てくれて無茶苦茶感謝しているから、そのお礼も兼ねて」
「と、とんでもないですよ! わたし、美奈穂さんに拾ってもらってなかったら今頃どうなっていたのかわかりませんし! 今までこんなに自由に料理つくれたことなんてありませんもん! ……ほら、男の人って、あんまり名前のわからない料理、好きじゃありませんし……」
そういえば春陽さん、男を見る目が本当になかったんだったなと、今更ながら思い出した。
私は彼女のプレゼントを受け取りながら言う。
「いや、私があなたに感謝していて、あなたが私に感謝している。それでいいでしょ。それでこの話はおしまい。それじゃ、プレゼント開けよっか」
「あ、はい」
私の分は、スチール製のスープポットだった。
「これは?」
「冷え性な美奈穂さんが、あんまり寒い廊下に出なくってもいいようにって、テレワークのお供にと思って買ったんです。ここにいっぱい生姜紅茶淹れておけば、仕事終わるまで一日中ぽかぽかしますよ」
「ああ、なるほど」
たしかにいちいち保温ポットからコーヒーつくるよりも早いし、冷めるのも遅いんだ。生姜紅茶以外にもスープつくって置いておけば、冬場の仕事も快適に過ごせそうだ。
一方、春陽さんは「可愛い!」と言ってくれたのに、私は心底ほっとした。
買ったものはエプロンだった。彼女が普段使いしているエプロンはどれもこれもフェミニンなもので、私のシンプルが過ぎる趣味とはなかなか合わず、彼女の喜ぶものになるんだろうかと必死で考えながら、大柄の花模様を選んだ。それを春陽さんはにこにこ嬉しそうに抱き締めた。
「ありがとうございます! エプロンは毎日使いますから、これから毎日使い倒しますね!」
「エプロンって使い倒せるものなのかな? うん、でも喜んでくれてよかった」
「あら、雪?」
「えっ?」
まだ雨戸を降ろしていない窓の向こうを見ると、ちらちらと雪が見えた。
「ホワイトクリスマスになっちゃいましたねえ」
「そうね。まあ、こんな日もあるでしょう。外に出ない限りは綺麗なものだし」
「そうですねえ」
ふたりでホットワインを飲みながら、しばらく雪を眺めていた。
こんなに楽しい楽しいと毎日を過ごせたのって、何年ぶりだろう。そうぼんやりと思った。寒いと考えが暗くなると言うけれど、今は体も家の中もぽかぽかとしている。不思議と「来年はどうやって過ごそうか」という気持ちまで浮上しているのだから、私こんなに前向きな人間でもなかったと思うけどと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます