そうだ、ゆず茶をつくろう
このところテレワークのときも寒くてつらく、温かい格好に膝掛けだけじゃ足りなくって、カイロを服の下に仕込んでみたり、体が温まるようにとコーヒーからココアに切り替えてのおかわりをしてみたりするけれど、なかなか温かくならない。
まだ初冬でこんなんじゃ、本格的な年越しのときはどうなってしまうんだと不安にもなる。
そろそろ年末進行で、これが終わったらやっと休みになる訳だけれど。私が「寒い寒い」と新しいココアを取りに台所に降りたら、台所はやけにフルーティーな匂いに包まれていた。
「あれ、またなんかつくってるの?」
作業をしている春陽さんは、一生懸命柚子の皮を包丁で削ぎ落として水に浸しながら、実をジューサーで一生懸命搾っていた。
「ああ、今日はゆずをたくさんいただいんたんで、一部は冬至のゆず湯に浮かべるとして、残りはゆず茶でもつくろうかなあと」
「ゆず茶ねえ……私、あれってあんまりおいしいのに当たったことない」
最近は輸入食品店とかでもちらちら見るようになったそれは、お湯で割ると簡単においしいゆず茶ができるからと持て囃されてはいるものの、結構苦いし甘ったるいし、私は苦手だなあと漠然と思っていた。
私の反応に、春陽さんは「あー……」と言う。
「ゆず茶って、安いのだと手間かけるの面倒くさがって、白い部分を取る手間省いてるんですよね。ほら」
そう言って春陽さんは、剥いて水にさらしている皮を見せてくれた。黄色い皮はゆずの匂いが強くて、まだ味も付けてないのにおいしそう。
でも黄色い皮のわずかな厚みは、白い皮だろうか。
「ゆずって、黄色い皮を剥いても、白い皮があるじゃないですか。その部分も分厚く剥いて取り除いておかないと、苦くってやってられないんですよね。ほらママレードってときどき苦いのに当たるじゃないですか。あれも皮の部分の苦さです」
「ああ……って、柑橘系って皆そういうものなの?」
「ママレードつくる場合も、ゆずは格段に楽な部類ではあるんですけどねえ。他のママレードをつくるとなったら一度煮こぼさないとアクがきつ過ぎて食べられない中、ゆずだけなんですよ。水にさらしておいたらあとは砂糖を入れておけば味が付くっていうのは。ゆず茶をつくる理屈も、これですね。苦いゆず茶なんて飲めないじゃないですか」
「まあ、たしかに」
搾った果汁の濃いゆずの香りを嗅いでいる内に、水にさらした皮をホウロウ鍋に移し、そこに砂糖と果汁を投下し、そのまんま煮はじめる。それだけで香りがどんどん強くなっていくんだから驚きだ。
「すごい……たったこれだけでできるんだ」
「まあ水にさらしている時間が結構かかるんで、煮るまでに時間かかりますけどねえ。あとはこれを瓶詰めして、ひと冬かけて消費していくんですよ。ゆず茶をつくっていたら、楽しいこといっぱいありますし」
「そうなんだ?」
「まあ出来上がりをお楽しみに」
そう言い含められながら、私は鍋の中の見た。
出来上がったゆず茶は、私のカップに底に一センチ程度注いで、あとはお湯を注いで割った。途端にふわんと漂うゆずの香り。ひと口含むと、鼻から抜けるようなゆずの香りで、私は「ふう……」と溜息をついた。
今まで買っていた輸入食品店のゆず茶はなんだったんだろう。無茶苦茶苦かったんだけれど、本当に白い皮を覗くという手間暇をかけるのとかけないのだけで、こうも味が変わるんだろうかと、私はぼんやりと考え込んでしまう。
「おいしい……ゆず茶ってこんなにおいしいもんだったんだ」
「さすがに美奈穂さん、ゆず茶は値段で選んだほうがいいですよ。おいしいのに当たれば儲けものなのに、もったいないです」
「そうね。今度からもうちょっと考えてみる。そういえば、結構瓶に詰めたのに、それでも鍋に残っちゃったね?」
保存瓶に結構ゆず茶を詰めたと思うのに、それでも残ってしまっている。それに春陽さんは「あー」と言った。
「これ全部、今晩のおかずに使うから、置いておいてください」
「ゆず茶を? まあ、いいけど」
今晩の当番は春陽さんだしなあと、私は首を縦に振った。
****
冬場はホームセンターで買ってきた火鉢が大活躍している。
炭火の上で煮込み料理をすればガス台がひとつ余るから、その間に料理ができるし、なによりも火鉢のおかげで台所が温かい。
春陽さんは残っていたゆず茶に味噌を溶くと、それで柚子味噌をつくり、更にその柚子味噌でひき肉を炒めていく。そこでようやく私は気が付いた。
ゆずをひと搾りとかレシピに書いてある奴あるけれど、そんないきなりゆずなんて沸いてこないし、その点ゆず茶は砂糖とゆずしか入ってないんだから、それで料理がつくり放題なんだなと。
柚子味噌ひき肉は、そのまま火鉢で煮られた風呂吹き大根にかけられ、残ったものは明日のご飯になった。これはご飯にかけてもおいしいだろう。
大根もお酢とゆず茶を混ぜてゆず大根がつくられ、たしかな歯ごたえにゆずの風味も合わさっておいしい。
メインのブリの塩焼きに、菊菜と薄揚げの味噌汁とも相性はよく、それらを夢中になって食べていた。
「おいしい……そっか。よく考えたらそうだもんねえ」
「ふふふ……あとゆず茶はケーキに入れるとおいしいんですよねえ」
「へえ……ゆずのケーキをつくるとか?」
「ゆず茶だけだとパウンドケーキの味がまとまらないんで、チョコレートとゆず茶で味を整えるんです」
そう言われて目を瞬かせた。
結構パウンドケーキの組み合わせであるんだ。柑橘系とチョコレートの組み合わせは意外においしい。オレンジママレードだとふんわりとした甘さになるけれど、ゆず茶だったら結構味が奥深いのにあっさりした雰囲気になる気がする。これがレモンママレードだったらきりっとした雰囲気になるのか。
「でもそれ、結構食べてみたいかも」
「でもその前につくらないと駄目な物があるんですよねえ」
「え、なあに?」
「いや、シュトーレン。どうせなら今回のゆず茶も加えてつくろうかなと」
唐突過ぎる申し出に、私は目を瞬かせた。
シュトーレンというとあれだ。ドイツのクリスマスケーキだけれど、砂糖を無茶苦茶まぶしてあってドライフルーツをぎちぎちにして焼いているというあれだ。あれってつくれたんだと、今更ながら思った。
「私、手作りのシュトーレンなんて食べたことない」
「あれ焼き立てだとふわふわしてておいしいですけど、どんどん味が落ち着いてくるケーキなんですよねえ。本場だったら一日ひと切れだけ食べるってものでしたし」
「でもそっか。そうだよね。もうすぐクリスマスか」
都会だったら、十二月に入るともう、ショッピングモール各所でクリスマスソングが流れて、どうにも落ち着かない雰囲気が漂っていたけれど。でも古民家に引っ越してきてからは、季節の変わり目は肌で感じるもので、店のBGMに急かされるものではなかった。
でもそうだよなあ。毎日お世話になってるんだから、春陽さんにもなにか贈ったほうがいいよなあ。
春陽さんはのんびりとしている。
「既に早めの仕事は終わらせてしまいましたし、あとは私もクリスマスと正月のマルチタスクをどうするか考えなきゃですねえ」
「春陽さんにとってクリスマスと正月はマルチタスクか」
「出す料理、全然被らないから、まとめることってなかなかできないんですよね」
いつもの調子でふたりでしゃべりながらも、私は考える。
春陽さんへのクリスマスプレゼント、本当にどうしようと。
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