そうだ、チャーハンを食べよう
蝉の鳴き声が響くようになってきた。
早朝から庭の雑草抜きをして、昨日のうちに淹れておいた水出し紅茶を一気飲みする。七月も半ばになったら、じめじめしていたのが一転、いきなり夏の風情になる。はっきり言って暑い。
潮風がむわんと漂ってくるのが、これまた暑さを増長させているような気がする。
「お疲れ様です。暑いですねえ」
「本当に。蝉が鳴いてるけど、どこで鳴いてるんだろうね」
「壁ですかねえ。鳴いているのはわかるんですけど、見つかりませんね」
家に戻ると、廊下はそこそこ涼しい。
古民家は夏は暑く、冬は寒い。リノベーションされているし、空調には気を遣ったんだけれど、季節の変わり目に古いものはとことん弱い。
朝はどうしようと悩んだ結果、トーストを焼いてそれにたっぷりのハチミツを塗ってインスタントコーヒーと一緒にいただいた。春陽さんにもトーストを勧めた。
「今日は春陽さん、なにかつくる?」
「んー……近々本を出すんで、それの打ち合わせをするくらいですかねえ」
「あれ、本出すんだ。そりゃすごい」
そりゃあれだけSNS映えする料理ばかりつくるし、本職がフードコーディネーターの人だから、本だって出るんだろうな。
そう思っていたら、春陽さんがこちらを見て尋ねてきた。
「あのう……先方にはシェアハウスだとは伝えているんですけど、うちでプロのカメラマンたちが写真撮りに来るかと思うんですけど、大丈夫でしょうか……?」
「あれ、うちに来るんですか」
「はい……」
んー……そっか、うちに来るんだ。
「私は別に。一階は撮影で好きに使ってくださってもかまわないと、先方にお伝えくださればと」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
「ああ、春陽さんの本が完成したら読ませてください。今後の料理の参考にしますんで」
「いやわたしつくりますよ?」
「それもそうか」
つくづく、私の拾いものはずいぶんな人だなと思い至って、仕事に二階に戻ったのはいいものの。
今時のパソコンは熱暴走は起こさないと聞いていたのに、今日は暑いせいかパソコンが全然言うことを聞かないから、上司に電話して電話でできる範囲ということになった。夏場の仕事について考えないと駄目みたい。
お得意先に電話をかけ回って今日の分の仕事を早めに切り上げると、下に降りていった。
春陽さんもまた、暑さでぐったりとしている。今日の仕事はなさそうだ。
「お疲れ様。今日は私がつくろうか?」
「お疲れ様ですー。わたし、夏場になったら駄目なんですよね。台所に立つのが億劫になって」
「そりゃわかるよ。私だって、夏場の台所大っ嫌いだし。でもなあ……」
冷蔵庫の中を開けてみる。春陽さんは野菜は大量に用意してあるから申し分ないし、卵もある、焼き豚もある。なにをつくるのもできる程度にはあるんだよなあ。
でもまあ。暑くてしんどいしんどいと思っても、傷みやすい野菜から食べていかないと、冷蔵庫が枯れ草でいっぱいになってしまうしなあ。それはあまりにももったいない。私はよれたネギを冷蔵庫から救出し、冷凍庫からご飯をふたつほど確保してくる。夏場はご飯が腐ってしまうから、炊いたらすぐに冷凍庫が基本だ。
「ネギ、枯れかけだから使っていい?」
「どうぞー……食べられます?」
「多分ギリギリいける。あと焼き豚と卵、使っても大丈夫?」
「いけます。あー……チャーハンって夏場に無茶苦茶食べたくなるのに、無茶苦茶食べにくいですよねえ……」
「そうねー、ありがとー」
チャーハンは楽な料理の代表格みたいになっているし、実際に材料もすぐに火が通るものばかりだから、火を通せばあっという間に完成なんだけれど。
夏場のガス台前は、ただ立っているだけでも汗をかく上に、料理はじめたら汗が噴き出て止まらなくなる。
茹でればいいだけとか言われるそうめんも、痛めればいいだけとか言われるチャーハンも、夏場につくりたくない料理のツートップだろう。他の煮物は、火が通るのに時間がかかるから、意外とガス台前から離れられるもんなあ。
冷凍ご飯は電子レンジで解凍しておく。電子レンジで解凍してからのほうが扱いやすいし、チャーハンもいい具合の食感に完成しやすい。
焼き豚は角切り、ネギは小口切りにしてから、フライパンにガーリックオイルを敷く。
ガーリックオイルからニンニクの匂いが立ってきたら、そこに卵を入れる。
チャーハンに卵を入れるタイミングは人それぞれなんだけれど、私の場合は目玉焼きの要領で火を入れて、白身が半熟くらいの段階でご飯を投下するのがやりやすくって好き。そのまま卵を絡めるように、ご飯を切るようにして炒めてから、焼き豚とネギを投下する。少し混ぜればすぐに火が入るから、この組み合わせがチャーハンつくるときに一番楽なんだよねえ。
火がある程度通ったら、調味料。
醤油とオイスターソースを一対一で投下して、全体に絡めるようにしたら出来上がり。ご飯を炒めただけだっていうのに、全身運動したかのように汗がぶわっと噴き出る。タオルで首元を拭っている間に、春陽さんがお皿を持ってきてくれた。
「すごい。美奈穂さんチャーハン上手ですねえ……!」
「いや、これくらい普通普通。誰でもできることしかしてないから」
そもそも春陽さんは私よりもよっぽど野菜切るのに慣れているから、角切りよりもみじん切りにするでしょ。物の本によっては「チャーハンに入れる具材は皆米粒サイズになるように切る」とか怖ろしいこと書かれているけれど、たかだか昼の手抜き料理のためにそこまで細かい作業をしたくない。
出来たてのチャーハンをお皿に盛り付けると、ふたりでいただきはじめた。
春陽さんは出されたものは基本的になんでも食べてくれる。料理は私よりも上手いはずなのに、こうも本当になんでも気持ちよく食べてくれるから、こちらも食べさせがいがある。
「やっぱりおいしいですよ、このチャーハン」
「そう? 醤油とオイスターソースがあったら、誰でもできるもんだと思うけど」
「美奈穂さん、すぐ謙遜しますから」
いや、プロに褒められても、素直に取るべきかどうなのか迷うのだけれど。春陽さんは口で「おいしいおいしい」と言いながら、本当にペロリとチャーハンを半分は食べてくれた。
「やっぱり夏場になったら、こういうシンプルなチャーハンが食べたくなりますよねえ」
「そうね。あと餃子。包むのも焼くのも大変だけど」
「ああ! いいですねえ。じゃあ今度餃子にしましょうか」
「でも春陽さん、夏場はガス台の前に立ちたくない人じゃ?」
「もうガス台に立ってられないんで、ホットプレートで焼いてしまおうかと」
「あー、賢い」
そっか。ホットプレート持ってきて、冷房の下で焼いてしまえば、たしかにガス台の前に立たなくってもいいのか。
これが賃貸だったら「油ー!!」と悲鳴を上げてまずできなかっただろうけれど、買った家だから平気でできるもんねえ。
そう思いながら、私は食事用にビールを持ってきた。それを見て春陽さんはきょとんとした。
「今日はお仕事の日ですよね?」
「上司と話して、今日は仕事にならないから電話でできる分だけでいいって、さっき終わらせてきたから。今日はもう営業停止。もうチャーハン食べてビール飲むしかない」
「贅沢ー」
そう言いながらも、ちゃっかり春陽さんもビールを飲み出した。
空は晴天。入道雲。軒下に風鈴をかけてみたけれど、その音はあまり涼けさをもたらしてはくれない。
でもビールは裏切らない。夏場で汗掻いて料理をつくったあとに飲むビールのキリリとした美味さは、何物にも勝るとも劣らない。
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