第14話 キキョウ

 ——キンッ――


 おそろしく静かな音が一瞬だけ聞こえる。

 咄嗟に剣を抜いた俺だったが、受けた衝撃があまりにも小さく、本当に剣を交えたのかわからず混乱してしまった。


 ——ヒュッ――


 だが、嫌な予感がした俺は、考えるよりも早く身体を伏せていた。


 頭上を剣が通過する、一撃目を囮にして回り込んで二撃目で相手を無力化する。そういう攻撃だったのだと避けた後で気付いた。


「今のを避けますかっ! 中々やりますね」


 ふたたび対峙する。彼女は変わった形の剣を片手で持ち、身体を斜めに構える。


 これまで、そのような形の剣を持つ人間を見たことがない俺は、あれがあの武器を活かす型なのだと察した。


 先程の動きから、決して油断できないと考え、俺は意識を集中して彼女の攻撃を見切ろうとするのだが……。


「どうしたのですか? そんなあからさまな隙を晒して、私のことを誘っているつもりですか?」


 ある物が目に入り、彼女を直視できなくなった。


「い、いや……その……」


「はっきりと言いなさい!」


 怪訝な顔をする少女に俺は言った。


「頼むから、服を着てもらえないでしょうか?」


「はっ? えっ……?」


 次の瞬間全身が真っ赤に染まり、型を崩すと彼女は両手で身体を掻き抱いた。


「べ、別に裸を見られたとしても、あなたを始末してしまえば問題ありません!」


 目に涙を溜め、プルプルと震えている様子からして、とても平気とは思えない。


「いや、ほら……風邪ひくかもしれないだろ? この辺夜はまだ冷えるし」


 俺がそう言うと、彼女はじろりと睨みつけてくる。


「ま、まぁ……そこまで言うのならば仕方ありません。着替えをするので、逃げないでお待ちください」


 そう告げて岸へと戻っていく。遠回りして俺を警戒しながらなのだが、服を手にした。


 このままでは着替えが終わるなり先程の続きをする羽目になる。


 彼女の攻撃は、これまで俺が受けてきたものとは異質で、何をしてくるかわからない。


 力ならば俺に分があるようだが、あの剣は細く、打ち合いに特化していない様子なので、思わぬ不覚をとってしまい、首が身体から離れているなんて展開にもなりかねない。


 例の白い光を身に纏えば問題なく戦えるだろうけど、そもそもせっかく、話ができる人間と出会えたので、戦いたくないのだ。


「あの……着替えをじっと見られるのは嫌なんですけど?」


 服を着た瞬間の隙を狙って、俺が攻撃を仕掛けるのではないかと不安に思っているらしい。俺はふと考えると……。


「ああ、すまない。じゃあ俺はあっちの森の奥の方にいるから、着替えが終わったら来てくれ」


「わかりました、それでよいです」


 俺はゆっくりと歩き出すと、彼女が背後から追ってこないかどうか気配を探る。


 どうやら、俺の話を真に受けているらしく、彼女はその場から動いていないようだ。


 やがて、森に到達し、その奥へと入って行くと……。


「単純な相手で助かった」


 俺はそこで立ち止まらずに、そのまま小屋へと引き上げていった。






「や、やっと見つけましたよっ!」


 夕方になると、先程の少女が姿を現した。


 白い装束を帯で留める服を着ており、先程の剣を左手に持っている。頭には枝やら葉っぱやらが付いており、散々探し回ったのが見て取れた。


「ああ、遅かったじゃないか」


 そんな彼女に、俺はきやすく声を掛けた。


「あなたが、森の奥で待つと言ったのでしょう! 着替えを終えて、森に入ってみたらどこにもいなかった! 約束を違えるなど、あなたはもののふ失格です!」


 耳と尻尾を逆立てるとそう叫んだ。


「いや、俺は嘘を言っていない。ちゃんと森の奥で待っていただろ?」


 森の奥と言いつつ、自分が拠点にしている小屋の前なのだが、指し示した方向はあっているので嘘は言っていない。


 彼女は俺の詭弁を聞いて悔しそうな顔をしていたのだが、ひくひくと鼻を動かすと、熱のこもった視線を目の前の物におくってきた。


「と、ところであなた……何をしているのですか?」


 目の前の鍋がぐつぐつと音を立てている。

 周囲で採れた食べられる野草と、シカ肉を薄切りして入れてある。


 味付けには香草を使っているが、十分に美味しくできている自信がある。


「そりゃ、料理に決まっている」


 獣肉を美味しく食べるための調理方法だ。俺が鍋をかき回すと、シカ肉が現れ、美味しそうな匂いが漂った。


 ——グウウウウウウウウウウウウウウウッ――


「うううううううううっ……」


 彼女のお腹の音が鳴り、恥ずかしそうに両手で抑える。


 彼女の様子からして、散々俺を探して動き回ったせいで空腹に違いない。


 今ならば話が通じるのではないかと考え、俺はあることを提案した。


「さっき水浴びを覗いたのを水に流してくれるなら、これを振る舞ってやるぞ?」


 内心ではドキドキしているが、表情には出さない。


 彼女が俺を殺して食事も奪うという判断をしないとは言い切れないからだ。


「そんな……見知らぬ殿方に肌を見られておいて……うううっ、でも……」


 頭を抱えて葛藤している。どうやらこの交渉に心を揺らしているらしい。


 しばらくすると……。


「し、仕方ないですっ! でも、今回は許しても次に妙な真似をしたら斬りますからねっ!」


 何かあれば相手の息の根と止める選択肢しかないのか?


 俺は戦慄しながらも、鍋の中身を彼女へとよそってやった。



「うん、美味いな」


 久しぶりに手間をかけて料理をしたのだが、暖かい料理に緊張がほぐれていく。

 ここ最近は、迷宮探索とpt稼ぎに専念していたため、モノリスから買える料理とストックしてある魚で済ませてしまっていた。


「どうした、食べないのか?」


 毒でも入っていると疑っているのか?

 同じ鍋からよそっているので安全なのは確認できていると思うのだが……。


「熱いのは苦手なんです」


 彼女はそう言うと、じっと器を見続けている。口元からよだれが垂れている様子をみると嘘はなく、毒が入っているなんてはなから疑っていないようだった。


「美味しいです!」


 しばらくして、料理が冷めてきたので彼女は食事を摂る。目を輝かせた彼女は俺を見ると……。


「あなた、えーっと……」


「俺は、ライアスだ」


「ライアスは料理が得意なんですね」


 名乗ると、そう答えてきた。


「そっちは?」


「私ですか? 私は剣にすべてを捧げてきましたから、料理などは……」


「そうじゃなくて、名前だよ」


 俺だけが名乗っているのは良くない。彼女に名前を聞いてみる。


「私は、キキョウです」


 聞いたことのない名前だ。やはり彼女とは根本的に生活圏が異なっているようだ。


「キキョウに聞きたいことがあるんだ」


「私もライアスに聞きたいことがあります」


 食事を終え、二人揃って真剣な顔をすると、同時に質問をした。


「「ここがどこだかわかる(りますか)?」」

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