束の間の休息 ーペーネロープ・ディラハーナー


 第二師団はそこそこクリーンな集団である。

 その中でも黄金騎士団オロ・カヴァリエーレは特に綺麗だと言っていい。

 姉上が直々にメンバーを選別し内部洗浄に力を注いできた結果、他の組織からやってきたスパイ等は軒並み一掃されたらしい。


「ふーむ、なるほど……」


 現在は本部に設立されている唯一のカフェで寛いでいる。

 

 今日は週に一回の休息日だ。

 訓練も無いし仕事も無い。

 浮浪者から一転してエリート勤めの騎士団に入ってしまったがゆえに身体をボロボロにしていたから今日はしっかり休もう、その決意で物置でいつも通り爆睡を決め込んでいたのだが……


 ここの紅茶は美味しい。

 思わず実家を思い出す位には美味しい。 

 最近のボクの飲み物って野草茶か野草スープか汚い水だったからね。

 こう、ちゃんと楽しむ様に味を調整されているものを口にすると心が現れるような気分になれる。


「すまないねペーネロープ、奢って貰って」

「……私が誘ったからいいの。口に合ったならよかった」

「うん、美味しいよ。君はセンスがいいねぇ」


 クッキーも美味しい。

 いや~、糖分を十二分に確保できると脳が若返っている様な気もする。

 正面から褒められたペーネロープは少しだけ嬉しそうに口元を歪めている。

 うん、仲良くできてるね。


「それにしても良かったの?」

「なにが?」

「折角の休日だったでしょ。誘った私が言うのもおかしいけど、その……」

「…………ああ、そういう事か。気にしないでくれ、ボクは基本的に一文無しなんだ。休日に出来る事なんて惰眠を貪るか魔力を捏ね繰り回すくらいしかないし、友人と一緒にティータイムを堪能するなんて事は初めてだ」


 そういえばボク、友達居なかった気がする。


 友達そのものに魅力を感じてなかったからね。

 だって友達がいてもボクより才能の有る魔法使い居なかったし……

 まともな魔法も出せないような人と友人になってもしょうがないって価値観を持っていたんだ。

 冷静に考えて嫌な奴だな。

 

 浮浪者やって価値観ぐねぐねになったからよかったのかもしれない。

 姉上や両親には申し訳ないけど。


「あん……あ、アーサーはさ。私が魔法を使うなら、どんなのが合うと思う?」

「君に合う魔法……」


 ふむ。

 ペーネロープはかなり攻撃寄りの騎士だと思われる。

 盾を駆使して仲間を守る重装騎士ではなく、突撃騎士かな。

 本来は鎧を身に纏うからもっと動きは遅くなるだろうけど、魔力で強化してなかったら追えてないくらいの速度で動けるんだから適性はそっちで間違いない。


 一瞬とは言え【加速アクセラレーション】で敵の不意を突けるのだから、それが正解なような気はするね。


 そこそこの魔法使い程度なら殺せると思う。

 ただ、ボクみたいに何か一つ尖ってる部分を持つ魔法使い相手には苦しい。

 周囲に罠を設置されれば届かないだろうし、そもそも魔法の強みはその射程と自由さにあるんだ。


 だから、うーん。

 ペーネロープの射程を伸ばす方向……

 いや違う。それじゃ持ち味が無くなる。

 大切なのは今の基盤を大きく変えないまま新たな方向性を作る事だ。

 ボクと敵対しないのなら、という前提が付くけれど、それこそ以前バロンとの会話で思いついた【光の槍エスペランサ】を持ったまま【加速アクセラレーション】で突撃するとか? 


「難しいな。君は現時点でかなり完成されてると思うから、それに手を加えるのは選択肢がかなり狭まってくる」


 ボクは戦術家や戦略家じゃない。

 あくまでただの一魔法使いに過ぎないからこそ、手が届かない領分と言うのはある。

 これはまさにそうだ。

 彼女の発展性を考えるのはボクの仕事ではない。

 これはきっと、うん、そうだね。

 姉上なら思い付けるかな……


「ダメだ。才能無いねボク」

「えぇ……」

「一応ボクだけなら空を飛べたりもするんだけど、それを三番隊全員に付与なんて事したら一瞬で魔力切れちゃうんだよな」


 うん。

 ボクは他人を強化する事は向いてない。

 単独で魔力回して動く事なら出来るとは思うんだけど、そればっかりは適性がものをいう。

 子供の頃から一人で無双してた弊害かな、これは。


「でもまあ君ならある程度の敵はやれるだろ。無理な相手が居たら仲間を頼ればいいのさ」


 ボクは勿論その腹積もりで居る。

 普通にジンや隊長の方がボクより強いだろうしね。

 ペーネロープに勝ったとはいえ互いに初見殺しを押し付け合った結果だ。

 もう一度やれば対策を練られて勝てたとしても苦戦は免れない。

 急速に強くなる必要がある。

 ボクは負ける事になんの屈辱も感じないが、その結果姉上の評価が落ちるのは望ましくないんだ。

 あの人には世話になりっぱなしだからね。


「……ん、そうね。それじゃあそういう時はアーサーを頼るから」

「おっと、ここでボクか」

「私に勝ったんだから、困ってる時は助けてくれるでしょ?」

「うーん、仕方ない。出来る限りは頑張らせてもらうよ」


 魔法の発動時間も量もペーネロープと戦う前に比べればかなり早くなった。

 

 それでも今のボクは、かつてのボクには程遠い。

 いま彼女・・と再会したとしても、まあ勝ち目は無いだろうね。

 残り猶予は五年程度か……

 五年で元通りじゃ遅い。

 ボクは昔を超えなければならない。

 

 そうしなければこの国が戦火に巻き込まれた時に、姉上を守れないかもしれない。


「あと三週間か……」


 ペーネロープとの戦いでは結果を出せた。

 一人での戦いはある程度クリアできたとみてもいい。

 次は集団戦だ。

 ボクは自分を如何に有効的に動かせるか。

 考えて行こうじゃないか、アーサー。

 集団戦はボクの得意科目のハズだろ。

 魔力で押して押して押し込む、そうやって戦えばいい。


「ペーネロープこそ、ボクが危なくなったら助けに来てくれよ」

「――もちろん。最優先で助けてあげる」


 頼もしい友人だ。

 

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