内ゲバばかりの王国
訓練を終えて、ペーネロープからチラチラと微妙な視線を何度か受けながらも無事に夕刻を迎える事が出来た。
身体中気怠いし疲れたし横になりたいのに、姉上に呼ばれたのが今になって足を引っ張っている。
ウッ、やっぱりボクにフルタイム労働は無理だ。
一日実勤務四時間一週間に三日勤務、これで月の給料が一千万くらいあるとなおのこといい。
実は意外と余裕があるからこうやって適当な事を考えていられるわけなので、それを悟られないように大袈裟な演技をしておこう。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
「やかましい! そこまで疲れてないだろうが」
「ぐ、なぜわかったんだ。もしかしてアンスエーロ隊長、ボクのことが」
「昨日何のために体力測定したと思ってる?」
「いや全く仰る通りだ」
チ……と剣に手をかけたのでボクは慌てて降参した。
既に訓練場からは離れているけれど相変わらずアンスエーロ隊長は鎧のままだ。
常在戦場とは言うけれど、もうここまで来たらやはり私服が無いのではと疑ってしまうよ。
だって部隊員皆私服だったし……
美人だから余計惜しいような気がする。
でもわざわざ騎士になるくらいだからそういう関係を望んでないのかもね。
「魔力は問題ないだろうな」
「もちろん。六割もあれば十分さ」
「……それはどのくらいだ?」
「うーん……ペーネロープ三十人分くらいはあると思うけど」
「それは……どうなんだ」
「平凡な魔法使いよりは多い、と抑えてくれればいいよ」
ボクに才能が無いのはあの敗北を見た人達なら理解してるけど、幸い魔力量には恵まれていたらしい。
ボク以外の代表全員瞬殺されたけどボクは十秒かかったからね。
いやまあ何も出来なかったから関係ないけど。
どれだけ魔力があっても魔法の扱いと言う絶対的な才能が欠けている凡人じゃ、独力で魔法を作り上げるような天才には勝てないんだ。
「実戦じゃ何の役にも立たなかったけどね! アッハッハ」
「……………………」
「アハッアハッアハハッ……ああ……無能でごめんなさい」
「哀れだ……」
ウッ、つい本音が。
たまにポロッとメンタルブレイクして零れる毎日を過ごしてきたからその癖が抜けてないんだ。
あの時の真紅の瞳は今でも夢に見るよ。
悪夢だね。
「それはそれとして。アンスエーロ隊長は魔法使いとの交戦経験はある?」
「魔法を補助として利用する騎士崩れなら、と言った所だな」
「ああ、いるいる。ボクも子供の頃に何度か戦ったけど中途半端だから微妙なんだよねぇ」
「今のお前よりはマシだったさ」
「あ! それ言っちゃいけない言葉だから」
いつかギャフンと言わせてやろうと思ったが、そうするためには今以上に頑張って昔を思い出さなくちゃいけないのでそれは嫌すぎるから諦めた。
きっと姉上の方が強いしその弟であるボクの方が実質偉くて強いって事でよろしく。
「無駄口を叩くのはここまでだ。着いたぞ」
「おっと失礼」
アンスエーロ隊長がノックの後に受け答えをして中に入って行ったのにボクも着いていく。
机に向き合い書類の山と格闘している姉上を見て、こうはなりたくないなと思った。
やっぱりボクはヒモになりたいよ。
だって寝てたいから。
「調子はどう?」
「まあまあだね。真の力を隠すのに精一杯だ」
「魔法に関しては未知数ですが肉体面ではゴミカスと言っていいかと」
「でしょうね。あんな生活しててそれでもなお強かったら腐らせてないわよ」
ボクのちょっとした見栄を粉々に打ち砕いたアンスエーロ隊長はともかくとして、姉上は最初からわかっていて聞いたな?
性格が悪いと言わざるを得ない。
「……三番隊を見て、どう思った?」
姉上が手を止めてボクに問いかけてくる。
横に立つアンスエーロ隊長の顔は見てない。
ありのまま感じた事を言えばいいのか、それら全部含めた答えを言えばいいのか。
順番立てて話していこうか。
「あれが第二師団の基本になるのかな」
「そうね」
「魔力持ちは一隊に一人くらい?」
「ええ。魔法使いは声をかけてもあの手この手で第四師団入りしちゃうのよ」
「ふーむ……」
セイクリッド王国は大規模な侵略を暫く受けていない。
小競り合いくらいの戦いなら何度かあるけど、そこでエースを投入してくることは無い。
ふー……
最悪な事に、あの時ボクをボコボコにしたのは帝国所属の少女だった。
つまりはそういう事だ。
帝国の軍拡と侵略に関与している事は間違いないだろう。
「仮想敵国を帝国だとすると、勝ち目は無いと思う」
「…………一応理由を聞いておくわ」
「魔法に対する理解度が浅すぎる。第四師団と合同演習もロクにしてないだろ」
「その通り。隙を晒せば一瞬で喰いついてくる、もしも正面から魔法対策に協力してほしいなんて言えば丁寧にスパイを沢山送り込まれて好き勝手されるでしょうね」
「う~ん実に最悪だ。末期なのがヒシヒシと伝わってくる」
「私もアンタが居たからある程度は魔法に対して理解はしてるけど……具体的な対策なんてものは無い。だからここまでひたすら団の洗浄してたの」
ああ、なるほど。
姉上が就任したのは今から五年くらい前だっけか。
ボクはその時点でもう逃げ出していたけど、消息は誰にも伝わらないようにしていた。
でも偶然姉上が近くの森を一人で歩いている所に遭遇してね。
そこで見つかって説教されて今に至るんだけど、それはまた今度。
つまり五年間団内をクリーンにしつつ、それと並行して帝国の対抗策を模索し続け、ついでにボクの事を月一で世話してくれていたと。
ちょっと頭が上がらないな。
「……それでも完全じゃないから三番隊所属にしたし、初日アンタの事を見たのは全員信頼できる連中で固めてた。やっと地盤が整ったって事」
「あの集団はそういう意味があったのか……ただカッコつけたかったのかと」
「アンタじゃあるまいしそんな事するわけないでしょ」
その通りだ。
ボクに求められてる役割は魔法そのものに対する第二師団の理解度を深める事。
あわよくば戦力になればいいって感じか。
重たいねぇ。
社会復帰一発目には重すぎる。
「……そこまで腐敗は進んでたんだね」
「私達が子供の頃からそう。どこの国も停滞してたから何も起きなかっただけだし」
「ん、わかった。とりあえず一週間待ってくれるかい?」
「…………それだけか?」
思わず、と言った様子でアンスエーロ隊長が口を挟んで来た。
その疑問は当然だ。
数年間浮浪者をやっていた人間が突然やってきて魔法関連の改革をします、なんて話は信じられないだろう。
過去に栄光はあっても今はダメ人間間違いなし、今のボクにこの国の未来を託そうとする姉上サイドがおかしいのさ。
だから一度でいい。
一度だけ実力を示す必要がある。
その為には準備が必要だ。
姉上の言う事に逆らう気は一切ない。
やれと言われればやると決めている。
「まずはペーネロープからだ。ボクの幻影を取り払ってあげようじゃないか」
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