浮浪者アーサー②
「えー、アーサー・エスペランサ。不合格」
結論から言うと、ボクはコンテストの二次審査で落ちた。
当たり前だ。
なぜならボクは家が没落してから全くと言っていい程努力をしてこなかったからだ。
暖を取るのに炎魔法を使い水を飲むために水魔法を使うボクはそれはもう落第者もいい所だろう。
「困ったな、どうしようか……」
会場から少し離れた広場に噴水があったので、これ幸いと身体を清めながら嘆息した。
周囲の人からコソコソ言われているのは自覚している。
いやでもすまない、残念ながら街の外に居を構えていたボクにとってこれだけ大量の安全な水と言うのはとても珍しいものなんだ。
如何せん魔力の回復量が少ないからね。
十分な食事を摂れてる訳でもないし。
充実した生活を送るにはボクのスペックでは足りない部分がどうしても発生してしまう。
「ふっ……コンテスト、受けに来てよかったな」
お陰で衛生的な肉体に戻る事が出来た。
礼を言う、貴族達。
さて、綺麗になったことだし今日の晩御飯でも探しに行こうかな。
服は勿論下着以外脱いでいたので着直して、身体に付着した水滴を取る為に風魔法と炎魔法を組み合わせて温風にして乾かした。
「そう簡単に上手くいく筈もないねぇ」
ボクは楽観主義者だが、現実主義者でもある。
うまい事人生が回るのならば、そもそもエスペランサ家は没落などしてないのだ。
何かの所為にして呑気に生きていくのは心が救われるが、現実を変える事にはならない。
だからボクは現実からも目を逸らして生きていける街の外で、社会から外れた生活を選んだワケだ。
「…………うん、帰ろう」
コンテストは大盛況だ。
会場は大盛り上がりで歓声がここまで聞こえてくる。
この広場は中に入りきらなかった人たちが実況の声を聴きながらワイワイ騒ぐ、要するに少し貧しい人達の集まりだ。だからボクが服を脱いで噴水で身体を清めていても騒めきと噂話は起きても、触れぬ存ぜぬを通そうとするのさ。
「おい、そこのお前!」
怒声だ。
一体どこの誰が粗相をしているのだろう。
ボクのような善良な市民にとって暴力や争いごとは避けなければならない事だ。
特に腕っぷしに関してはボクはゴミだ。
カスと言ってもいい。
チンピラに絡まれただけで財布の中身を無くし姉上の腕力によって救われた事は数え切れないくらいある。
一般人は大人しくしてようじゃないか。
「お前だ、お前! そこの噴水の傍にいるお前!」
声の元に目線を向けると、フルプレートの鎧に身を包み武器を構えた騎士が二人とその二人を従えるように少し変わった装飾の施された騎士が一人。
女性の声だね。
姉上みたいな感じだ。
でも姉上ではない。
世の中には武人気質な女性が多いなぁ。
ボクみたいに情けない男が多いから女性が独立したのかもしれない。
あんな強そうな人に睨まれたらおしっこちびっちゃうね。
「貴様……舐めているな?」
怒りが滲んだ声色で女性は言う。
早めに身を差し出した方が身のためなのに。
物分かりの悪い人間は損をするね、まったく。
「お前達、奴を捕らえろ。取り調べなど不要だ、監獄にブチ込んでからすればいい!」
「しかし隊長。不審人物とは言え明確に罪を犯したわけでは……」
「そんなもの関係ない。奴は国の管理する施設を本来の用途と違う形で利用し、余計な整備費用を悪意の元に発生させた。それだけで十分だ」
「了解しました」
そして後ろに控えていた二人の騎士が歩いてきて────ボクの両手を掴み、手錠を掛けた。
ふむ。
ふーむ……
周囲の安堵したような雰囲気。
怒気を滲ませる『隊長』と呼ばれた女性に、ボクに近付いて来た二人の騎士。
なるほど。
どうやら犯罪者はボクだったらしい。
噴水で身体を清める行為は犯罪に当たる、と。覚えておこう。
「────貴様、簡単に解放されると思うなよ……!」
「いや、申し訳ない。まさか噴水で身体を洗うのが犯罪だとは思わなかったんだ」
「やかましい! 我々第二師団を侮辱したことを後悔させてやるからな……」
やれやれ。
やはりコンテストには来ない方が良かったかもしれない。
牢屋で食べられるご飯は美味しいのかな。
野草茶とネズミのスープよりは美味しいと思う。
そんなわけでボクには前科がついてしまったわけだが。
想像よりも牢獄暮らしもいいものだ。
毎日食事は出るし、スープは美味い。
食べた後腹を下さない時点でかなり質が高いね。
そしてトイレも備え付け。
流石に一日三回くらいしか流せないけど、自動で流れてくれるだけでうれしいもんだ。
「おっ、今日のスープには野菜が入ってるね」
「……お前、それそこら辺の野草だぞ」
「野草もバカにしたもんじゃないさ。ボクの主食は野草から抽出した野草ティーだ。八割くらいの確率で激渋で飲めたもんじゃない」
「イカれてる……」
ウ~ン、美味しい。
野草からちょっとかぐわしいイヤな香りがするけどそれを考えたら心が辛くなるから止めるとして、美味しく全部頂いて看守へ皿を返却する。
「ごちそうさま。今日も大変美味だった」
「金に困って牢獄にブチ込まれるために犯罪を犯す奴はいるが、お前ほど満喫してる奴は見たことが無い」
「住めば都とも言うしね。それにほら、ここは魔力抽出機が備え付けられてるでしょ」
しっかり食事を摂って魔力が回復すれば、自動的に部屋の中から魔力を吸い続ける魔道具が作動する。
これまで一度もお国に貢献したことのないボクでも役に立てるんだ。
魔力は貴重なエネルギー源だからね。
魔力を孕んだ
「なんならずっとここに住み続けてもいい。何もしなくていいのは実に嬉しいことだ」
「――――へぇ。そこまで言うなら私の屋敷まで連れてってあげてもいいのよ?」
「……リ、リゴール大隊長!?」
看守さんと和んだ会話をしていた間に割り込んで来たのは聞き慣れた声。
フローレンス・リゴール。
第二師団第二部隊大隊長を務める騎士。
元エスペランス家の長女で、つまるところボクの姉。
一週間のホテル生活はどうやら今日で終わりらしい。
どうせなら気が付かれないまま一ヵ月、いや三ヵ月、欲を言えば半年くらいは看守さんとお話をする毎日を過ごしたかったんだけれどもね。
「看守、弟が迷惑をかけたわね」
「い、いいえ滅相もございません!」
「ちょっと姉さん、看守さんを脅さないでくれないか? とても仕事熱心のいい人だ」
「犯罪者は黙りなさい。久しぶりにまともな食事を摂った感想は?」
「身体の調子がいいね。普段飲んでる野草茶に毒が混じってたのが原因の一つだとわかったよ」
「そ。ならいい加減理解したでしょう、アーサー」
鉄柵越しに姉上は見下ろしてくる。
「コンディション最悪、魔力量は本来の十分の一しかない、身体中悪い状態のまま生活を続けていた癖に国が主催するコンテストで二次審査まで通る。アンタは才能があるの」
「たかが二次審査だ。一次審査は最低限を篩い落とすためのモノで、それは誇れる事じゃあない」
「ここ一週間、この牢獄の魔力抽出量は右肩上がりよ。看守がボーナスを期待できるくらいにはね」
「ほほう、それならボクは世話してくれた分の恩は返せるわけか。奥さんを連れて旅行でも行ってくると良い」
「アーサー。無能を装うのはやめなさい」
姉上は黄金の瞳を向けてくる。
ボクはこの目が少し苦手だ。
この人は凄い。
強く美しく清い。
子供はいないけれど、代わりと言わんばかりに後進の育成を欠かさない。
「……装ってるワケじゃない。ボクは真実、己が無能だと理解してるんだ」
「挫折が苦しいのはわかってる。でも私は恵まれたから、アンタのその苦しさに共感して手を差し伸べる事は出来ない」
「ならいいじゃないか。ボクは姉上の事は苦手だけど好きなんだぜ」
「私はアンタの事は嫌いよ。私にその才があれば家を救えたのに、こんな立場で満足することなくもっと上を目指せたのに」
「知ってる。肉親だから気をかけてくれるその優しさに甘えてるだけさ」
「それでいい。その代わり私はアンタを諦めない。その才能は腐らせてやらない。ガキの頃に言ったあの約束は、決して撤回させてやらない」
南京錠と魔法で施錠された扉を姉上は解除して、中に入って来た。
「セイクリッド王国第二師団第二大隊長フローレンス・リゴールの名の元に。アーサー・エスペランスを第二師団へ推薦します」
「…………えーと、福利厚生とかは」
「アンタの元には一ヵ月に何度行っていたかしら」
「大体一回だね」
「そういう事よ」
ふー……
なるほど。
とうとう姉上も我慢の限界になったらしい。
これまで関わって来た中で、一度だってその立場を持ち出したことは無かった。
それをするという事は、それは命令だ。
姉上の思惑……というより、計画の中にボクはようやく組み込まれたのだろう。
「ボクの夢はヒモなんだけど」
「安心しなさい。第二師団は女が多いわ」
「ボクが姉上に逆らう訳無いだろ? これまでの人生一度だって逆らったことは無いぜ」
「はい決まり。看守、悪いけど手続きは後からするから」
「ええっ!? そ、それはちょっと……」
ボクの首根っこを掴んで俵担ぎしたまま、姉さんは看守さんの肩に手を置いて囁いた。
「職務に忠実なのね。ボーナス、期待しておきなさい」
「――――は、はいっ!」
あーあ、悪い大人だ。
厳格な武人なのにこういう政争も出来るようになっちゃってまあ、姉上が心強いぜ。
「これから忙しくなるわよ」
「ふー……前科持ちの弟でよろしければ」
「揉み消すに決まってるでしょ」
持つべきものは権力者の身内だね。
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