第20話 不可視の巨人

「姐さん、何度見たって同じっスよ」


 もう何度目だよ、と言わんばかりにコロコロと転がるD.E.ディー・イー

 退屈そうに転がっている。

 不満を表すAIというのもなかなか面白い光景だ。


「流石にD.E.ディー・イーと同意見だな。というか、何で僕のところで?」

「部屋にいるとモニカに襲われますの」

「だからってオフの君が輸送機の【ヒポグリフ】に来なくても」

「ここは教授の研究室でもあるんでしょう?」

「少なくとも君の別荘では無いはずなんだけど……まあいい。コーヒーはいるかい? いい豆を手に入れたんだ」

 

 サムはそう言うと、アリアが返事をする前にもうコーヒーミルで豆を挽き始めていた。

 

 パジャマパーティーの次の日。

 なかなか離れなかったモニカを何とか引きはがし、アリアが向かったのは格納庫ハンガーだった。

 航空居住区ギガフロートであり、三層構造の学園。

 その第一階層はお嬢様たちのGLが発着する出撃区画と格納庫ハンガーに分けられている。

 アリアのようなハイランカーともなるとかなり広い場所を割り当てられていて、GL用輸送機もハイグレードなものが格納されていた。

 そして彼女の執事オペレーターであり、学園の客品教授でもある彼サム=ストレンジャー教授はこの輸送機をまるまる研究室として活用している。

 理由としてはアリアから取れるデータをそのまま検証、研究できるから。

 もう一つは外に出るのがめんどくさいからである。

 彼のバリア工学は際立って優秀で、アリアのエレガントウエポンである杭打ち傘パイルバンカーパラソルのバリアも彼の特許で作られていたりする。

 端的に言えば、その筋の第一人者。

 そんな彼が相棒に選んだのが、お嬢様の中でも特に荒々しく、時に命など投げ捨てるものと言わんばかりの戦い方をするアリアだった。

 今、彼の研究区画――といっても、六畳もない狭い空間だが――のソファーにアリアは腰掛けて、正面のスクリーンをじーっと見ていた。

 彼女の中の人の世界のように紙に投射するのではなく、虚空に投射しているもの。

 うっすらと後ろの景色が見えるも、動画を見るには差し支えない。

 前のめりになってうーんと唸っていると、いつの間にかコーヒーを淹れてくれたサムがマグカップを渡してきた。

 金属でできた無骨なマグカップだった。

 とてもお嬢様に渡すようなものではないが、アリアはこれが好きだった。

 何でかって言えば、自室があまりにもキラキラしてるのと、お嬢様向けの購買で売られているものがあまりにも上品すぎるからである。


「ありがとう教授。貴方のコーヒー、いつも楽しみでしてよ」

「ふむ……君、やっぱりちょっと変だな」

「変?」

「君はコーヒー嫌いだったはずなのに。そういえば君の言う数か月前からガラッと好みが変わったように感じる」


 一瞬転生がバレるかと思い、肝が冷えた。

 そんな事今まで言ったことあっただろうか。

 てか、早く言え。

 彼は自分の研究以外に特にそこまでこだわりを見せない方だ。

 好みが変わる、というかなり大きな変化にも「まぁアリアだし」で片付けてる。

 これは恋人として見たならば百点満点中二点くらいの大失態。

 女性の変化に気づけない男は古今東西、糞糞アンド糞である。

 彼氏にはできねーなこりゃ。

 やはり見ているだけでいい輩か。

 まあそのクソのつく鈍感力が、彼女の正体を隠すことに一役買っているわけでもあるがとアリアは思う。


「僕としてはコーヒーを好きになってくれたのは嬉しい限りだ。ますます魅力的になってくるね、マイレディ」


 歯が浮くような言葉をサラーっと言うのは天然らしい。

 顔が悪ければ即座に痛い子、いや十分痛い子なのだが。

 残念なのかそうでないのか、彼は顔だけは良いのでそのセリフも様になっていた。

 なんだか釈然としないが、アリアはとりあえず「眼福、眼福」と心の中で五体投地しながらコーヒーを受け取っていた。


「で、その何度目になるかわからない【エンシェントレリック】との戦いを見ているわけだけど。何か気になる事があるのかい?」

「気になるところを見つける、といったら笑うのかしら?」

「いいや。例のアトランティスの偶像になった件なんだろうというのはわかる。けど」

「けれど?」


 ソファーに座るアリアの隣りに座り、コーヒーマグを傾けるサム。

 アリアの見る画面を見ながら、しかしどこか虚空を見ているような表情だった。


「三大勢力がくれた情報では時期にけっこう幅がある。この仕事がピンポイントに重なると言うわけでもないしなぁ」

「そう言わないでくださいまし」

「すまないすまない。だが動画を見る限りは何もないと思うんだけどね」

「何故そう言い切れますの?」

「実は僕も穴が開くほど見たからね。何かないのかって」


 その動画はアリア視点、いや【ダイナミックエントリー】の視点の物語であった。

 動画の冒頭は、不満たらったらのアリア――この時のアリアは、まだ転生する前の性格だった――が、やがて見えてくる相手に向かって罵倒の限りを尽くしていた。

 サンディが配信動画にしたならば何度炎上するかわからないレベル。

 よくもまぁここまで口からマシンガンのように悪口が出るもんだなと感心する。

 依頼自体は相手方の決闘に近いものだった。

 意外に思われるかもだが、決闘沙汰に関しては波動砲教会が一番多い。

 彼らは気に入らない相手を異教徒と称し、こうして天罰代行と宣いながら正々堂々と決闘を申し込んでくるのだ。

 【エンシェントレリック】は波動砲教会のGLの中でも特に特徴的でも何でもないバランス型だった。

 この前の共闘で銃を向けてきた【ホーリービート】とほとんど同じ機体構成。

 こちらの方がやや中、遠距離構成なのか、握っている連装型レーザーライフルを絶妙な距離で撃ち続けている。

 そうして海上を激しく踊って、一瞬の隙をついてアリアの【ダイナミックエントリー】が【エンシェントレリック】の頭部を吹っ飛ばす。

 メインカメラをやられただけだとばかりに銃を向ける【エンシェントレリック】。

 だが、アリアが左腕に持っていた空中機雷を投げつけて動くなと言う。

 やがて【エンシェントレリック】が一瞬だけ機体の速度を落としたその時、アリアがガトリングを乱射。


「動くなと言って本当に動かない奴がいるかバーカ。戦いは騙し合いだぜフゥハハハハハ!!」


 というのを上品に言いながら、高笑いとともにガトリング砲で蜂の巣にしていた。

 空中機雷も誘爆して、相手の【エンシェントレリック】は粉々。

 脱出ポットはしっかり出ていたが、アリアはあろうことかそこにも掠めるように銃撃を放っていた。


 これは、ひどい。

 ムッチャクチャやでこいつ。

 そら怖がられるってもんだよ。


 サムが「アレはどうかと思う」と言うわけである。

 流石に見てられなくなったのか、ブツンと映像が暗くなる。

 おそらくサムが録画を消したのだろう。

 そこからは音声だけが響いて、通常モードに移行。

 あとは波の音と風の音が響き渡るだけで、


「ざっこ。あんなので天罰とか舐めてんの?」


 というのをお上品に言うアリアの独り言が響いて動画は終わる。

 何度も見ているが、コレと言って変なところはない。

 だがこの数日後、アリアの中の人はアリアに転生するのだ。

 偶然の一致で片付けるにはあまりにも色々重なりすぎている。


(何か手がかりは無いの? ちょっとだけでもいいのに……)

 

「あ」


 ピタリと止まり、素っ頓狂な声を上げたのはD.E.ディー・イーだった。


「何か気になることはありまして?」

「や、この続きの動画あったかなーと思って自分のストレージ検索したら……あったんス」

「続き?」

「ウチ、帰投の間景色眺めてるの好きなんス。あとでもっかい見ようかなと思ってついつい動画貯めてる癖はあるんですけど」

「それ、見せてくださいませんこと?」

「いいっすけど、海と時々島しか映ってないっす。それでもいいなら」


 コロコロと転がってアリアのそばに来ると、彼のバイザーから光を放ち、虚空にホログラフウィンドウを浮かび上がらせる。

 確かに、何もない景色だった。

 海と空、時々チラッと視界に入る島しか映っていない。

 端っこにアリアのコクピットが映っている。

 何かあった時に反応できるようにだろうか。

 何もない景色よりも、化粧を整えたり電子ペーパーを取り出して本を読んだり、かと思えば鼻歌を歌っているアリアの方が気になる。


『ハァ、姐さんもムッチャクチャっスよもう』


 まさかのボヤきが入っていた。

 しかし動画の中のアリアは反応していない。

 音声を切っての、正真正銘本物のボヤきなのだろう。

 相棒を見ると、えへへと恥ずかしそうな顔を表示させていた。


『ウチ、もっと自由に喋りたいんだけどなぁ』

『よそ様の話聞いてると仲良いトコも聞くしなー』

『生き残りたいけどさー、もちっとこうさー、あー……』


「あのー、AIも恥ずかしいって感情はあるんスけど、続けるんすコレ?」

「続けてくださいまし」

「うぇーい」


 そこからもずっと不満タラタラのボヤきが続く。

 サムは珍しいものを見たとクックックと笑っていた。

 アリアとしては何だか相棒の気持ちを垣間見たようで、ちょっとだけいたたまれない気分になる。

 もう少し甘やかしてやろうかな、と思ったその時。

 ふと、彼が【ダイナミックエントリー】の視点から横目で見た水平線の奥。

 【アトランティス】に、何か歪みのようなものが見えた。

 それは島からニョキッと現れた、何とも言えない輪郭だった。


「ストップ。何ですのこれは」

「あり? こんなの映ってましたっけ」

「興味深いな。ステルス兵装……いや、バリアに近い。D.E.ディー・イーは遠過ぎて感知できなかったみたいだけど、偶然視界に捉えたって感じか」

「何か心霊写真みたいですわね」

「言い得て妙だ。最も、AIの知覚外のものと考えると、やはり島の超技術なんだろう」


 サムが立ち上がり、「そのデータ転送してくれ」と言いながら左手首をトントンと叩く。

 彼の腕にはブレスレット型のウェアラブルPCがはめられていた。

 すぐさまサムの目の前に、複数のウィンドウが表示される。

 何やら虚空の仮想コンソールを色々と操作して、アリアたちの前にウィンドウを大きく表示。

 何回かフィルターのようなものをかけると――


「バリアを解析するアプリを通してみた。これで正体が現れたね」

「何、これ。巨人?」

「うーわ何すかこれ。まーた巨大兵器っスか?」


 じっと【ダイナミックエントリー】を見つめるのは、D.E.ディー・イーのいう通り巨人のようだった。

 島の森からヌッと上半身だけ見せているそれは、金属の色なのか黒く、そして顔の部分は大きな一つ目のような青白い光が浮かんでいる。

 あの島でなければ完全に妖怪の類なのだが、相棒のいう通り巨大兵器の類なのだろう。

 そしてアリアも知らない。

 全く持って未知のものだ。

 もう自分の知識が全く通用しないとなると、アリアも眩暈がしそうである。

 そうこうしているうちにサムが考え込み、何やらブツブツと言い始めた。ちょっと怖い。

 これは独自の世界に入っちゃったな〜と眺めていると、彼はアリアの視線に気づいたようでニコリと微笑んだ。


「ああすまない。よく生徒にも注意されることをしてたね」


 いやまイケメンが考え込むのはそれはそれで絵になるからイイんすけど、とは言えず。

 とりあえずアリアも微笑みを返しておいた。


「そういう発想はなかったというかね。今のはバリアと光学ステルスを兼務する幕のようなものみたいだ。ははぁなるほど。コイツは研究のし甲斐がある。やはり君とつるんでいると、いつも発見があっていいね」


 静かに興奮しているサム。

 その頬がほんのりと赤くなっている。

 イケメンめ、そういうとこやぞ、そういうとこ。

 そんなんだから薄い本で掘られまくってるんやぞ、とは言えない。

 ただその兵装だけは知ってるなーとアリアは半分安心のようなものを感じる。

 あの島に上陸し始めると、死角から砲撃されるというイベントが発生する。

 その正体はステルス装置とバリア装置に守られた巨大な列車でした、というオチ。

 ただこれもエゲツなく強かった。

 ロックオンしていた装甲列車が突然消え、しばらくの後急に現れてはこちらに突撃しつつ砲撃してくるのである。

 同じような武装で人の形をしていたならば、さらに戦いは過激になるだろう。アリアは白目をむいた。


「ステルスとバリアを同時ね。それはまた万能過ぎて驚くと言いますか」

「僕たちが再現したら、発電所レベルのジェネレーターが必要だろう。けれどそこは【アトランティス】だ。遥かに小型で、コスパの高い技術があるんだろう……が……」

「?」

「いや。何からそんなに必死になって身を守っているんだろう、と思ってね。あの島の機械たちにとって、人類なんて敵にもならないのに」

 

 どっこいストーリーが進むについれて人類は島の半分以上を開拓するんだけどね、とは言えず。

 そこは多分、普通に人を警戒しているのだと思う。

 ほんの僅かの期間に上陸しただけで世界を変革ののち、三つに収束させ、GLという兵器を作り上げたのだ。

 人類をナメてたらやられる。

 島の機械たちは理解しているのだ。

 それはそれで怖いことなのだが。

 さて。

 解を探していたら、さらなる謎に当たってしまった。

 アリアが転生するそのすぐ前に、アリアは島に接近していた。

 その帰投の時、AIですら気づかない透明な巨人がこちらを向いていた。

 そして数日後に、アリアは何故か転生することになる。

 質の悪いミステリー映画を見ているようだ。

 ここまで何もわからなければ途中退席も止むなしである。


「――サム、これを【委員会】に提出してくださいまし。あと、その付近で調査モノとかありませんこと?」

「いっぱいあるよ。トレンドだからね。君への直接依頼もかなりある」

「なら、片っ端からやって手がかりを掴みましょう」

「仰せのままに……しかし君、やけにこの件に食いつくね」


 当たり前である。

 こんなわからない事だらけの現状に加え、機械に崇拝されていたとか意味がわからない。

 その上中の人の名前を言い当てられた。

 とどめに運命核ディスティニー・コアとか知らない単語をブッパされた。

 思わず「昭和のRPGによくいる意味ありげな事言って中身すっからかんな敵役かテメー」と罵りたくなった。

 もとい。

 明らかにこれは、物語上のターニングポイントである。

 未知のルートなので進む事すらが怖いが、悪いことはサッサと解決するに限る。

 元の世界に戻れるならよし。

 戻れないにしてもモニカとアリシアを両手にハーレムエンドなら尚よし。

 昨日二人に挟まれて寝たのはとても良かったです。健全であったことは言っておく。

 とにかくアリアは安寧のため、安心のために手を尽くしたい。

 そうでなけばこんなクソッタレな世界、不安すぎて夜も眠れないというものである。


「サム。貴方があんな写真を見せたせいですわ」

「遅かれ早かれ、僕以外からもあの事実を突きつけられたさ。当然だけど、アレから三大勢力、というより【アトランティス開拓委員会】は君を注視している」

「注視?」

「困惑しているといった方が正しいかな。機械たちの情報のやり取りから、まさか君が出てくるだなんて。スパイを疑うのが普通だが、君はあの島と真正面からやりあって勝利を収めた英雄だ。しかも、世界中の人間が認めてしまった」


 サンディの動画配信によるところが大きいが、言われてみればたしかにそうだ。


「だからまあ、回し者認定されて後ろから刺されるってことは無いだろうけど。注意した方がいい」

「その割には委員会立ち上げの時、わたくしを旗印に使いましたわね?」

「君にある程度の証明を求めたと考えたらスマートかもね」


 出なかったら出なかったで、人類の敵というリストに入ったというのでもいうのか。

 アホらしい。

 アリアは「あ~……」と間延びした声を上げて天を仰ぐ。

 考えると頭が痛くなってきたので、とりあえず三大勢力の事は脇においた。

 大事なのは、この時点でどこかの勢力が自分の命を狙うことはありえないということ。

 船団が壊滅して、どこの勢力も疲弊しきっている今、わざわざハイランカーを始末するというリスクをおかすはずもない。

 ならまあ、当分は調査に専念できるか。

 ……そう、思っていた時期もありました。



『アリア=B=三千世界ヶ原さま。ご機嫌麗しゅう。そして死んでくださいませ』



 数日後、意気揚々と島の調査に向かったアリア。

 島が見えたその数秒後に、どこからともなく現れたGLに決闘を申し込まれてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る