欠けない月を齧りたい

If

第1話 この男が嫌いだ

 欠けない月という綽名あだなは伊達じゃない。私は今、命の危機をもってそれを思い知らされていた。


「もう一度言う」


 欠けない月――もとい、ルベリゼ月王子は無表情で私を見つめ続けている。


「ここで何をしている? リアネ嬢」


 既に身元まで割れていた。私は斬首になるかもしれない。覚悟の上ではあったが、流石に腹の内が冷えてくる。


「ご機嫌よう、月王子殿下。このようなお姿でお目にかかり、申し訳ございません」


 私はメイド服のスカートを少し持ち上げて、可能な限り丁寧な礼をした。長く腰を折り続けてから顔を上げても、月王子は相変わらずの無表情である。


「質問に答えていただこう」


 そして、にべもないこの反応。いよいよ斬首が現実味を帯びてきたか。しかし人間というのは、追い詰められれば逆に腹が決まって来る生き物らしい。じはもうどこかに消えていた。この際だ、全部聞いてしまおう。


「質問をしに参ったのは私の方なのですわ、殿下」


 私はきっと微笑めていたと思う。声も、ちっとも震えていなかった。自分の胆力がおかしくもあり、誇らしくもある。


「どうしてご生誕の舞踏会で、妃を選定されなかったのです? このことを伺いたい一心で、今ここでこうしております」


 私が全てを言い切っても、月王子は相変わらずの無表情ときた。すこぶる気に食わない。


 やはり私は、この男が嫌いだと思った。

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