第2話 さばいばる
りんごをかじって、しばらく焚き火を眺めていたけど起きているのが面倒になって寝た。夢を見なかったのか瞬きすると朝だった。
りーは相変わらず安らかな顔で寝ていた。
私は寝ぼけたまま砂浜の朝日を何を思うでもなく眺めていた。
「なんでこうなったんだろうなぁ。本当ならたぶん、あったかいふかふかお布団とか、美味しいご飯とか食べてたはずなのにぃ・・・」
つぶやいた独りごとは不思議なほど静かな水平線に吸い込まれて消えていった。
ほんとうに、わたしたちしかこの世界にいないみたいにちょっと感じた。
しばらくぼーっとしたあと、砂浜に流れ着いていた拳銃を拾って、りーを起こしに行った。
昨日と同じようにして飛び起きた。
「・・・それ、弾入ってるのかな」
「どうだろ?撃ってみる」
水平線に銃口を向けて、ゆっくり引き金を引いてみた。
私はその瞬間、自分が自分ではない誰かになるような感覚に襲われた。
『例えばこの銃から弾が出たとしたら、こいつは力ずくでも拳銃を奪って、上下関係を付けてくるかもしれない。脅して来るかもしれない。』
引き金を力ずくで引こうとしても、のりでも着いてるかのように、指が全く動かなかった。
ちょっと怖いし、仕方ないので、砂浜に拳銃を投げ捨てた。
「どーったの」
「錆びて動かない」
「なるほどー」
拳銃を投げ捨てたと同時に『誰かになる感覚』は消えていた。
やっぱりよくわからない事だらけなシマだ。
「朝ごはん食べよっか」
「うん」
昨日拾った折りたたみスコップでヤシの実に穴を開けて飲んだ。正直お腹はペコペコだったけど、これしかないので仕方なかった。
「にしても不思議だねー。りーたち何でここにいるんだろうね」
「分からないよ」
「タ・・・タイタなんちゃら号みたいにりーたちは実は旅人でー」
「『タイタニック号』ね。実は本当に沈んだのはオリンピック号っていう船だったとか言われてるみたい」
「へえー。あおいちゃんは「はくしき」だね」
何気ない会話で私もしばらく気づかなかったけど、後々になって自分の口から出た思わぬ「文化の鍵」に気付いた。
「たいたにっくごう・・・えいが・・・」
しかし思い出せたのもそこまでだった。
タイタニック号という大昔に沈んだ豪華客船。そしてそれをもとにした「えいが」の話。
途中でなぜか「えいが」がどんなものなのかが分からなくなってしまった。
時代に関する知識がどんどん消されていくような気がした。
「そういえばさ、こんなものを拾ったんだけど」
そういうとりーはどん、と重そうに金属の箱を置いた。
「りーね、字が読めないの。だから読んでくれない?」
箱にはえむ、あーる、いーと書かれていた。
「読めても意味がよくわからん」
「なんじゃそりゃ」
「開けてみればわかる」
頑丈そうな見た目に反して、箱自体は石で錠部分を壊すだけですんなり空いた。
中には何やら梱包された「なにか」が入っていた。
「なにこれ?」
「うーー・・・開けてみればわかるかも」
りーはこくりとうなずき、ふくろをこじ開けた。
「たべものだ!!」
りーは袋を傾けて飲むように全部食べきってしまった。
「うまひ」
「えむ、あーる、いー・・・食べ物って意味かな?袋に色々書いてあるけどよめないや。」
「ねえ」
りーは空になった袋を悲しげに見つめながら聞いてきた。
「がっこう、とかしゃかいとかってどんなところだったっけ?」
「私が知ってるのは「がっこう」は「しゃかい」の出るためにお勉強をするところ・・・練習するところで、「しゃかい」は・・・なんだろう?夢を・・・叶える場所?っていう誰かの言葉は覚えているけど、私はなんか、違うって感じる」
「おべんきょう・・・なんかやだなー。」
「・・・嫌、かあ」
「りーはそんなことより木に登ったり、誰かとおしゃべりするほうがもっと好きだなー」
「「がっこう」に行かなきゃいけない、「しゃかい」に出ないといけない」
「なにそれ?」
「分かんない。でも頭につよく残ってる。」
「ふーん」
「私もなんとなくお勉強は嫌だなって思う。たぶんみんな嫌いだったんじゃないかな」
「なんで嫌なのにしなきゃならないんだろー?嫌ななのにする必要なんてないのにねー」
「それもそうだね。「しゃかい」に出ても夢にたどり着けるとは限らないし・・・」
「りーは、夢とかそんなものとおにごっこするより、あおいちゃんとこうやってシマでぎりぎりで生きてたほうが楽しいなあ」
「きっと言われてたときはさ、自分で生きる意味を探さないといけなかったんだと思うよ。わたし達は今、生きる意味なんてなくても、生きたいから生きるって考えれるけどね」
「それが「ふつう」だよー」
「うん、そうだね」
焚き火の火も夜の暗さに包まれて綺麗になってきた。
頭の中に、誰かの「常識というのは18歳までに身につけた偏見のコレクションに過ぎない」という言葉がぽつぽつと浮いてきていた。
きっと私の心の声だ。
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