22. ルナの謝罪
***ルナ
『ふぇ……アークに嫌われちゃったよぉ……』
どうして?
あたしは獣人族らしく強くなったところを見せたかっただけなのに。
何であたし、嫌われちゃったの?
『うう……目の前がぐらぐらする……』
気持ち悪い。
アークに嫌いだって言われただけでこんなに嫌な気分になるだなんて。
あたし、想像してもいなかった。
『どうして、どこがダメだったの……』
わからない。
あたしは普通に狩りに来ただけで、前に倒せなかった獲物をひとりでも勝てることを証明しに来ただけなのに。
そして、もっと強い獲物にだって勝てることを見せたかっただけなのに。
どうしてなの?
『……あたし、帰る家、なくなっちゃったの?』
怒られた理由がわからないままじゃアークにあわせる顔なんてない。
当然家に戻ることなんて出来ないし、里にだっていまさら戻れない。
そっか、これが独りぼっちの感覚なんだ。
ずっとアークが味わっていた感覚。
こんなの、嫌だよ……。
『アーク……』
『やれやれ、ようやく見つかったかと思えばアークに叱られて落ち込んでいますか。このじゃじゃ馬娘は』
『え? オパール!』
『はい。オパールですよ』
オパールだ!
オパールが来てくれた!
オパールならアークが怒っている理由がわかるかも!
『ねえ、オパール。アークが怒っている理由、教えて!』
『それはダメです。自分で考えなさい』
『え……』
『こんな危険な場所にひとりで来た罰です。その程度のことは自分で考えなさい』
『そんな……あたしにはわからないよ……』
あたしは獣人族らしく狩りに来て。
それをアークに怒られて。
独りぼっちになったことが寂しくて。
どうすればいいのかなんてわからない。
『本当にわからないのですか?』
『わからない。あたしはただ獣人らしく強くなったことを証明しに来ただけで』
『それです。まずそこがいけなかった』
『え?』
『あなたは獣人かも知れませんがアークは人間族です。装備が強くなったからって前に苦戦した敵を倒してきてもらいたいだなんて考えません。まして、あなたが強くなったわけじゃなくて装備が充実しただけではないですか。本当に強くなったと言えるんですか?』
『それは……言えない』
『ではそういうことです。自分が強くなったわけでもないのに、装備が強くなっただけで無謀にも強敵に挑んでいった。それがそもそもの間違いです』
うう……。
確かにその通りだ。
あたしは全然強くなんかなっていない。
あのビーストテイルってモンスターにだって何度も尻尾で叩かれているし爪で引っかかれたりもした。
でも大怪我をしなかったのは、アークが作ってくれた装備のおかげであってあたしが強くなったからじゃない。
アークがいざというときのためにって渡してくれていたヒールポーションも全部飲んじゃっているし、あたしは全然強くなってなんかいなかったよ……。
『これで、悪かったところのひとつ目はわかりましたか?』
『ひとつ目? まだなにかあるの?』
『あります。もっと考えてみなさい』
『うん』
あたしはアークのくれた装備のおかげで大怪我をしないで済んだ。
でも、装備がなかったら?
その時はまた来ることなんてなかったけど、それでも装備なしで来ちゃったらきっと死んでいた。
そうしたらアークは悲しんでくれるかな?
アークはまた独りぼっちに……。
あぁ、そっか、そういうことか。
『あたしが急にいなくなったらアークはまた独りぼっちになっちゃうんだね』
『それもあります。その理由が自分の渡した装備なら余計気に病むでしょう。あなたが自分の無謀さで怪我をしたり死んだりするのはあなたの責任です。ですが、アークという家族がいる以上、家族にも心配をかけることをよく理解しなさい』
『……わかった。アークは謝れば許してくれるかな?』
『きちんと謝れば許してくれますよ。さあ、早く帰りましょう』
『うん』
あたしはオパールと一緒にアークの家まで戻ってきた。
アークはアトリエでなにかしているらしい。
オパールが入室してもいいか聞いてくれたけれど、いまは手が離せないからダメだって言われてしまった。
でも、あたしが悪いんだからこのまま待っていよう。
1時間ほど待つとアトリエの扉が中から開けられてアークが出てきた。
たったこれだけのことで涙があふれてきちゃう。
「なんだ、オパールだけじゃなくてルナも一緒か。なんの用だ?」
『意地悪して人間語で話しかけないの。ルナちゃんも謝りに来たんだから』
『謝りにねぇ。なにが悪かったのかわかったのか』
アークの視線が突き刺さるけど我慢しなくちゃ。
あたしが悪いんだから。
『えっと、最初に装備が新しくなったからって強敵に挑みに行ったことです。獣人族なら強くなったとき、前に勝てなかった相手に挑みに行くことは当然なんだけど、アークは人間族なんだからそんな風習は知らない。それに、あたしが強くなったわけじゃなくて装備が強くなっただけなのに、挑みに行ったこともダメな点です』
『そうだな。強くなって挑むなら……まあ、多少は許せる。でも、いまのお前は強くなったわけじゃなくて装備がよくなっただけだ。実際、ビーストテイルの死体にはお前が怪我をした跡が残されていた。俺の渡していたヒールポーションもなくなっているようだし、それで回復して無茶を続けたんだろう?』
『……はい。その通りです』
『なおさら悪いな。手傷を負うって言うことは強くなりきれていない証拠だ。ある程度戦って無傷で勝てないことを自覚した時点で帰ってくればよかったんだ。それなのに、それを無視して戦い続け、ビーストテイルより強い一角魚がいるあたりまで行くなんて』
『……ごめんなさい』
うう、アークの言葉が突き刺さる。
でも、全部あたしがしたことで心当たりもあるから反論できない。
反論なんてしたら今度こそ追い出されちゃう。
『まあ、いい。それで、謝ることは以上か?』
『あ、もうひとつ。あのね、あたしが無茶をして死んじゃったらアークがまた独りぼっちになることを考えていなかったの。ごめんなさい』
あたしは素直に自分の考えを言ったんだけど、アークはなにか不意打ちをされたかのように目をぱちくりさせている。
あれ、おかしなことを言ったかな?
『……そういう考え方も確かにあるか。僕としては無理をして死んだら元も子もないことを反省してほしかったんだけど』
『あれ? そうなの?』
『当然だろう。僕が装備を作ったせいで死人が出たなんて嫌に決まっている。それを反省してくれればよかったんだが……』
『それももちろん反省しているよ。でも、あたしはアークの家族になったんだから、またアークを独りぼっちにしちゃいけないんだよ!』
そこまで言ったらアークがクスクスと笑い出した。
そんなに変なことを話したかな?
『わかった。お前の気持ちは受け取ったよ。許してやるからまずはこれを飲め』
『これ、ヒールポーション?』
『ああ。まだ怪我が残っているだろう? それを塞いでしまえ』
『うん! ありがとう!』
アークに嫌われて忘れていたけど体がズキズキ痛むんだった!
でも、アークのポーションを飲んだらすっきり治ったよ!
『それから装備も一式おいて行け。修理と強化をしてやる。強化はしてやるが、今度こそ勝手な真似はするなよ?』
『うん! アーク、愛してる!』
あたしは手甲や鎧、鎧の下に着ていた服まで脱いで下着姿になった。
アークは『少し恥を知れ、バカ』って言っていたけど、この家にはアークとオパールたち妖精しかいないから気にしない!
それで、装備を渡し終わったあたしは水浴び場で体についている血を洗い流してくるように言われた。
確かに、いろいろなところに血がこびりついているかも。
鎧もボロボロなんだろうな……。
アークがせっかく作ってくれたのに、もったいないことをしたな……。
『なにをしょんぼりしているんですか、ルナちゃん』
『オパール。せっかくアークが作ってくれたばかりの鎧をダメにしちゃったなって思って』
『ああ。あの程度の修復ならそんな手間じゃありませんよ。それよりもアークがしてくれると言っていた強化に期待しましょう』
『そっちを期待しちゃってもいいのかな?』
『構わないと思いますよ。ただ、今度無茶をしたら本当に家から追い出されますからね?』
『うん。もうしない』
『はい、もうしないでください』
あたしが水浴びを終えてアークのアトリエに戻ってくると装備の修復と強化は既に終わっていた。
装備は全部ピカピカの新品みたいになっているし、鎧の胸当てとか手甲の拳の部分とかは青く光る金属に置き換わってる!
何なのかアークに聞いてみたんだけど、あたしが角のある魚と戦っていた周辺で採取できる青い鉱石を使ったインゴットで強化したんだって。
取り扱いが難しいらしく、全部は強化できなかったみたいだけど、それでもあたしは嬉しい!
それから、左拳から飛び出る爪も金属の爪じゃなくてあの魚の角に置き換わっていた。
引っかけることは出来ないけど貫く力はこっちの方が強いらしいよ。
あと、手甲はしばらくアークが預かることになった。
あたしが勝手にどこかに行かないためと手甲を強化していろいろなことができるようにするためだって。
もう、あたしは勝手にどこかに行かないって言っているのに信用されてないなぁ。
でも、強化してくれるのは嬉しいなぁ。
今夜は目一杯アークに甘えちゃおっと。
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