第九話 あるいは魔法少女の密室

みなを集めて

「……どうしたの」

 美術室の出入り口に立った竹村くんは、身を縮こまらせてか細い声でそういった。

 無理もない。

 デッサンのために紫陽花を囲んでいた椅子の円陣は解体され、竹村くんを除く美術部一年生の全員が、それぞれ思い思いの位置で腰かけている。教卓から見て左斜め前に萩尾、すこし離れてぼくと嘉勢、さらに離れて教室中央のあたりに芹澤さんと中島さん。みなが一様にどこかうかない顔をしている。芹澤さんなど目元が赤い。

 はりのある声で萩尾が呼びかける。

「やあ、竹村くん。ちょうどいいところにきた。座って」

「……ミーティングかなにか? そんな予定あったっけ」

「予定なんてない。でもまあ、ミーティングみたいなもんだよ。『名探偵、みなを集めてさてといい』ってやつ」

「……」

「冗談だよ。みんなから話を聞きたいの。竹村くんが揃えばいいと思ってた」

「え、なんで」

「竹村くんにも聞いていてもらいたい。上野の死体を発見した人としてね」

 竹村くんは目を丸くする。なにかいう前に、萩尾が切り出す。

「じゃあ、はじめよう。あんまり時間がない」

 時刻は午後五時を回っていた。

 竹村くんはしぶしぶというていで、ぼくの後方の席に座る。猫背気味の背中がいつもよりさらに丸まっていて、ひどく小さく見える。

 芹澤さんがふてくされた声でいう。

「ていうか、なんでおはぎが仕切ってんの」

「おはぎいうな」

「なんかキャラも違くない?」

「そんなに芹澤さんと話したことないでしょ。あんまりこじれてるみたいだから、まあまあ中立のおれ――いえ、わたしが仕切るしかないんじゃん」

「べつに頼んでない」

「静奈ちゃんに頼まれたの。あと、さっき中島さんからも」

 芹澤さんは顔をしかめる。中島さんはどこ吹く風だ。

 萩尾はまじめな顔でつづける。

「ただ、気楽に話してほしいだけなの。ここは生徒指導室でも裁判所でもない。誰も断罪しない。みんなの悩みの解決に手を貸したい」

「うざ」

 芹澤さんの不平にも、萩尾は余裕の表情だ。

「今回の騒ぎは、各々が勝手な妄想を膨らまして悩みを募らせてしまったことにある。このあたりで情報を共有するのは、悪くないと思うんだけど」

 ばつが悪そうに芹澤さんは黙る。

 なにかいうべきだろうか。

 まさか萩尾――もしくはくまたろう?――は、さっき自分でいっていたけれど、推理小説などで名探偵がする謎の解明をやらかすつもりなのだろうか。魔法少女とその使い魔に似あいの役だとはとても思えない。

 だいいち萩尾の掲げていた芹澤犯人説はどうしたのだろう。とても中立を気どれる言動はしていなかったと思う。

 咳払いが聞こえた。

 こちらの疑念の見透かしたかのように、萩尾がぼくを見ていた。

 ぼくは瞑目して首をふる。どうにでもなれ、だ。

 もう疲れた。

「みんなが悩んでるのは、上野くんの死についてでしょ」

 場がしんとする。うしろの竹村くんがうごめく音がする。

「あの日の状況を確認してみようか。先週の六月十日の夕方から夜にかけて、上野愛也くんがそこの美術準備室で亡くなった。頸動脈を切っての自殺と判断された。美術準備室および美術室の扉は施錠されていて、鍵は美術室の教卓の机の中から見つかった。ふたつの部屋の窓も、もちろん施錠されていた」

 ひと息ついて、確認するように萩尾は一同を見る。

「おまけに上野くんの血は、美術準備室の出入り口付近に広がっていた。そして飛び散った血が扉にまでついていた。そうだよね、中島さん」

 中島さんは控えめに頷く。

 いぶかしげに芹澤さんが尋ねる。

「木皿儀もなんかいってたけど、それ重要なの?」

「扉を開ければ付着した血に跡が残る。なにも痕がないということは、上野くんの死後に扉を開けた人はいないってわけ」

「はあ。なるほど」

「上野くんの死は、明らかに自殺なの。わかってくれる? 芹澤さん」

 萩尾はいたわるように静かな口調でいう。

 芹澤さんはなにもいわず萩尾から目をそらす。相変わらず不愛想だけれど、反論するつもりもない様子だった。

「それなら、なぜ事態がここまでこじれてしまったのか。それは、上野くんの死の直前にここで彼と芹澤さんが会っていたから。そしてその直後、ふたりのいなくなった美術室に静奈ちゃんがやってきたから。そしてなにより、そのあと静奈ちゃんに届いた紙切れと脅迫状のせいなのね」

 萩尾は透明なクリアファイルを掲げる。嘉勢から預かったのだろう、例の紙切れと脅迫状が挟まっている。

「ということで、まずは芹澤さん、きみがこの件にどうかかわっていたのか、聞かせてくれないかな」

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