六月十七日火曜日④

「いっしょに帰るの、ひさしぶりだね」

「小学校の二年生以来とか」

「集団下校とかで帰ったじゃん」

「じゃあ、三か月ぶり?」

「まだそれだけしか経ってないんだね」

 すごくむかしみたい、と嘉勢は淡白な口調でいう。

 ゆっくりと、嘉勢のすこしうしろを走る。

 なんだろう、この状況。

 いや、とくにおかしなことはない。帰る方向が同じなのだから、しかたがないのだ。それに、幼馴染がたまにいっしょに帰ってなにが悪いのか。萩尾もとい、くまたろうの目論見としても、このほうがいいんじゃないだろうか。

 だったら萩尾がいてくれよ。頼むから。

 いや、でも探偵役を引き受けたのは、ぼくじゃないか。

 脳内で自己ツッコミが繰り返される。会話がつづかないので、自転車のタイヤが回る音だけがふたりの間にある。

 嘉勢はどこ吹く風という感じだ。

 なにを考えているのか、まったくわからない。

「そういえば、めぐるちゃんは?」

「さあ。さきに帰ったんじゃないかな」

「いつもいっしょってわけじゃないんだね」

「たまに話すってくらいだよ」

「そうなの?」

 さも意外というように嘉勢は瞬時ふり向いた。

「そうだよ。学校ではあんまり話してない」

「みたいだね。でもなんかね、ぜんぜん意外って気がしないの、太一くんとめぐるちゃんが仲いいの」

「仲いいかはともかく、日陰者同士ではあるよね」

「そうじゃないよ。いや、そうなのかもだけど」

 嘉勢は控えめに笑う。

「太一くんさ、覚えてない? 一年生のときの『発表会』」

「発表会って、芝居やった、あれ?」

「そうそう」

 毎年学期末のころのことだ。小学校の一年生から六年生まで、学年ごとにひとつ劇をやるという催しをしていた。ぼくもいやいやながら、卒業までに計六回の劇に出たことになるけれど、もうなんの役をやったかさえ記憶が薄れつつある。

「一年生って、なにしてたっけ」

「シンデレラ」

「そんなベタな」

「ほんとだよ」

 シンデレラ。灰かぶり。世界一有名な継子いじめ譚。正直、ぼくの中で白雪姫や眠り姫とあまり区別がついていない。毒リンゴは出てくるんだっけ。

「太一くん、自分がなんの役やったかも覚えてないの」

「覚えてないよ。小人?」

「シンデレラに小人は出ないよ」

「そうだっけ。でも役少なくない?」

「あれ、たしかにそうだね。シンデレラに継母とその家族、魔女とかぼちゃの馬車と王子様じゃあ少ないよね。じゃあ、役増やすために出したんだったかな。途中交代だったとは思うけど」

「嘉勢も覚えてないじゃん」

「うろ覚えだけど、わたしがいいたいのはそこじゃなくって。めぐるちゃんが魔女で、太一くんは馬だったんだよ」

「馬?」

「かぼちゃの馬車の、馬。はじめは鼠だったんだけど、魔法で馬になるの」

 馬どころか鼠……。しかも萩尾の眷属。

 よりにもよって、いまから考えるとため息が出るような組みあわせだ。なにかの暗示めいている。

「萩尾は似あいすぎだね」

「だね。そのイメージが強くてさ、太一くんとめぐるちゃんって、仲よくてもあんまり違和感ないんだよね」

「嬉しくないよ、それ」

「あはは」

 じっさいに交流をもったのは、それからまた数年後だったのだけれど。忘れていたとは驚きだ。役をやっただけで、とくに会話もしなかったのだろう。

「嘉勢はなにやってたんだっけ」

 ぼくのなにげないっ問いに、笑顔だった嘉勢はうって変わって眉根をよせた。

「ほんとに覚えてないの」

「お姫さま?」

「……王子さま」

 ぼそりと嘉勢は答えた。

 瞬時、風景が脳裏によみがえった。みんなで工作の時間に作った衣装。白と水色のビニールを着た王子さま。金の色紙を貼った厚紙の王冠が、短い黒髪を覆う。

 記憶の中の嘉勢は快活に笑う。

 忘れていた。

 嘉勢は王子さま、だったのだ。

 どういう事情でそうなったのかはわからない。さすがに小学一年生で倒錯劇をやったのではないと思う。萩尾は魔女役だったのだし。クラスメイト同士の恋愛事情でも配慮してのことだったのだろうか。それも安易な変更だが。

 なんとも返答しがたい。

 考えすぎかもしれないけれど。

「似あってたと思うよ」

「嬉しくないって」

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