17

 いい加減にしろ。どこまでこの俺を弄ぶつもりだ。

 とぼけているようで、裕介は急に本質を突いたり、鋭い指摘をしてくる時が時折ある。

 時折。

 ごく稀にともいう。

 何にせよすぐに言い訳をしなければ。

『前にいる竹沢先輩の前腕を見ていただけだ』『それはそれでどうなの』『俺の前腕もよければ見るかい?』『何で古井先輩が入ってくるんすか?』

 左隣の古井先輩まで急にノートを回してきた。地獄耳というか、一体何がどうなれば前腕を見てもいいという提案につながるんだ。

 先輩はニコニコでこっちを見つめてくる。

 やめて下さい。先輩は美少年だとは思うけど、俺にそっちの気はないんです。

『先輩は新入部員に興味津々なのさ』『先輩はどうやって人を騙くらかすか考えているだけなのでは?』『そうだね、ハメ方のことしか考えていないと言っていい』『とらえられ方によってはその言動捕まりますよ』

 思わず尻がキュッとしてしまった。

 違うよね? 陥れる方のハメるだよね?

 いや、陥れる方でも普通はよくないんだけど。

 でも違う方だともっとよくないから。少なくとも俺にとっては。

 ちらちらと滝部長の方を窺いながら、古井先輩にノートを回す。

 こちらの行動に気付いている様子はない。どころか本格的に舟をこいでいる。アンタも耐えられてないじゃないか。

 心の中でツッコミを入れていると、また古井先輩からノートが回ってきた。

『気持ちいいから、しょうがないね』

 どっちだ。

 一体こいつはどっちのことを言っているんだ。

 気持ちと尻をますます引き締めながら、なんと返事をしたものか考える。

「大海」

 ふと、名前を呼ばれたような気がして瞬きする。

 気付けば、滝部長がこちらを見ていた。

 というよりも、俺がずっと部長のことを見つめていたのだ。

 より正確に言うならば、部長を目に移しているだけで、特に見つめているつもりはなかったのだが、そりゃ見られている側からしたら、凝視されているように感じるだろう。

「熱烈にちらちらと俺を見つめてくれているところ悪いが、時間に集中してくれ」

 蒼だけでなく、部長まで隙あらばいこうとしている新入部員みたいじゃん。

 一日で何個属性乗っけてるんだよ。

 速やかに謝罪した後、スムーズに、シンプルに答えなければ。

「すみません、つい」

 ついじゃねぇ。

 これ自白と一緒だろ。

 自分で状況を悪化させてどうする。

『大丈夫』

 教室がクスクスと小さな笑いに包まれる中、また古井先輩からノートが回ってくる。

『航史郎は色んな事情に寛容だよ』

 それは死ぬほどどうでもいい情報だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る