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「さぁ君たち。制服に着替えろ」

 横浜中央の校門から右手側には、「朋友館」という小さな施設が存在している。

 三階建ての別校舎のような佇まいではあるが、この建物が授業に使われることはほとんどなく、各階に一つずつ存在する教室は主に自習スペースとして活用されている。

 その二階にある教室を貸切るような形で、GTS部の面々は運動着から着替えた後に、それぞれ机に向かっていた。

「次は――どきどき宿題タイムだ」

 素直に驚いた。

 あたりを見渡してみると気怠そうに、皆がそれぞれペンケースやテキストを取り出し始めている。

 数学や英語、生物など各人様々だ。

 周りを見渡す俺に気付いたのか、黒板の前に立っていた滝部長が解説を始めてくれた。

「このGTS部は他の部活に比べると色々と優遇されていてな。その理由は、こうして部活の名目で勉強に励むことも奨励しているからだ。おかげで部活は優等生ばかりさ」

 なるほどな。と合点がいく。

 サウナ室を自由に使うことが出来るというのは、こと部活動においてはGTS部以外には存在しない。

 時間は限られているものの、部活動の時間を使ってサウナに入れるというのは、この部活のみだ。

 他の運動部からしたら羨ましいことこの上ないだろうが、サウナそのものが会場なのだから仕方あるまい。

「部長! 眠すぎて集中が出来ません!」

「雅也。言っただろ。遅くまで起きていることでこうなっちまう。早寝早起きは学生の基本だぜ」

 前列の雅也が声を上げる。

 当然だ。

「部長! ボクも同じくです!」

「黙ってろ大海。殺すぞ」

「態度があからさまに違う!?」

 新入部員に対して厳しすぎる。

 鳴り物入りでの入部じゃなかったのか。悲しいかな、こういうところで特別扱いはしてくれないらしい。

 解説もそこそこに、滝部長はストップウォッチをカチカチといじり始める。

「今回の設定時間は二十五分だ」

 長い設定時間だ。サウナでそんな長時間入っていることはまずありえない。

「ポモドーロ・テクニックというものがあるらしくてな。二十五分間を完璧に集中した後、数分間の休憩をはさみ、また二十五分間という集中時間へと戻る。その繰り返し」

 なんだか自己啓発本にでも載っていそうなテクニックだ。

 読んだことは勿論ないけれど。

「ここであくまでも勉強のみだ。さっきみたいな駆け引きは存在しない。あくまでも時間を自分の身に刻むだけの時間だ……それに、部活中に宿題が終わるんだ。効率的だろ?」

 それもそうだ。ぐうの音も出ない。

 ストップウォッチを一度押し、滝部長が合図の拍手を鳴らす。

 その瞬間に部屋は沈黙に包まれ、くたびれたクーラーが小さく唸り続けることで存在を主張するだけになった。

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