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「というわけで今日から新たに部員が一名増えることになった」
「福良大海です。よろしくお願いします」
横浜中央でのGTSから一夜明け、俺は約束通り遅れることなくGTS部の活動に参加していた。
とはいうものの、GTS部はいつもサウナに入っているわけではどうやらなさそうだ。現に部室で着替えた後、こうして正門の前に集合している。
俺はユニシロで買った適当なスポーツウェアだが、明らかに私服だろという人もいるし、「サウナイズマイライフ」というTシャツを着ている人もいる。アピールが過ぎる。
高校はどこもそうかもしれないが、そういえば体操着で部活をやっている奴は、どの部活でも見たことがない。私服というか、それぞれ思い思いのウェアを着ていいのだろう。
正門の前で全員が集合した後、初回ということで部員全員の前であいさつをさせられた。
たいしたことは言ってないけれど。
「俺の代は二年生が少なくてな。副部長はこの竹沢」
「よろしくな!」
「サウナイズマイライフ」という服を着た先輩が竹沢先輩だった。アピールが過ぎるとか言ってすみません。
挨拶とともに、思いきり背中を叩かれる。体育会系の権化みたいな人だ。
「あとは石川と、古井」
眼鏡をかけた細身の先輩が、こちらに手を挙げてくる。あれが石川先輩か。
昨日激闘を繰り広げた古井先輩は手を挙げてくるどころではなく、少し遠くから全力で手を振っていた。いたく気に入られたらしい。
「そして俺とジャーマネの蒼の五人だ。一年生は二十人だったか。まぁ他は一年生だから好きにやってくれ。知ってる奴も多いだろ」
部長の言う通り、裕介と雅也だけでなく見知った顔も多かったりする。
同じクラスの奴もいるし、体育や音楽なんかの合同授業の時に話したことがある奴も多くいたので、とりあえず居心地が悪いということはなさそうだ。
「さて、今日は水曜日。早速練習だ。というわけで大海」
「はい」
「今日はまずインターバル走……外周だ」
「帰らせて頂きます」
「逃げたぞ!! 追え!!」
畜生! 反応が早すぎる!
喋り終わる前にダッシュの構えを見せていたはずだが、その瞬間には先輩方に羽交い絞めにされていた。どんな構図だ。
「どうしたんだ大海。水風呂前のサウナみたいなもんじゃねぇか」
「可愛い女の子とデートだと思ったら有刺鉄線電流爆破デスマッチ会場に案内されたようなものですよこれ。俺が求めてるのはととのいなんですけど! 他の部活みたいな体力作りなんて求めてないんですけど!」
「まぁまぁ。初日なんだし軽めだからさ」
「え? そこでケツを触る必要はなくないですか?」
さりげなく隣に来ていた古井先輩が俺の尻を触ってくる。気に入られたにしても、やはりヤバい部活だった。一刻も早く逃げ出したい。
「別に陸上部じゃないんだからとにかくラップタイムを短くなんてことはしねぇよ。それは「GTS」にとって必要じゃないしな」
「……」
必要じゃない、か。
どうやら滝部長と俺のマインドは、やはり限りなく近いところにあるのだと感じる。GTSに最も必要なことを、おそらく部長は分かっている。
それは体力でも、ましてや足の速さなんかでもない。
ようやく羽交い絞めから解放されるも、どうやら走る以外の選択肢はなさそうだ。
「さぁ一年生から正門前に並べ。わくわくインターバル走を始めるぞ」
と、部長の言葉で思考は強制的にストップさせられる。
「すみません! この人やっぱりおかしいです! インターバル走で人はわくわくしないと思います!」
「何を言ってるんだ大海。走らせる側の俺はわくわくするぜ」
「サイコ! とんでもなくサイコ!」
「だろ? とんでもなく最高だろ?」
「聴覚がこの人にとって都合が良すぎる!」
最高とサイコを聞き違えるな。字面以外真逆もいいところだぞ。
「一週目は五分丁度で帰ってこい」
「……ちなみに外周って一周何mだっけか」
「あー丁度八百メートルだったかな」
近くにいた裕介に聞いてみる。
となれば、一分あたり百と六十メートル。小走りのペースくらいだ。たいして辛くはない設定時間ではあるが、何本走るか検討もつかない。
「じゃ、いくね」
次々と部員達が蒼の合図とともに正門から飛び出していく。大体二十秒前後だろうか、蒼がずっとストップウォッチを注視しながら、定期的に手を叩いている。蒼の拍手を合図に、外周へと部員たちは駆けだしていくのだ。
正門を出て、帰宅途中の小学生とはぶつからないように気を付けながら走っていく。
全力ではない。ペースを考えながら、前と後ろとの距離をよく見ながら高校の外周を走り続ける。
なるほど。これはいい練習だ。陸上部ではなく、GTS部として。
全員が一周五分ペースが指定されてはいるが、全員が本当に五分ペースなのであれば、前後の部員と差は一切生まれない。
それはすなわち、自分と相手の、「差」の可視化。
GTSにおいて、自分がカウントする時間と、相手がカウントする時間は試合中に確認することは出来ない。
しかしこの練習においては前後の部員のペースを見ることで、自分が本当に今のカウントでいいのかを見ることが出来る。そして自分が本当に正しいカウントをしているのかを判断するための材料ともなりうる。
これはサウナではなく、外周を走る練習ならではのメリットだろう。サウナの何倍も疲れるけど。
なんとなしに前後の部員を見てみる。前後にいるのは一年生だ。正直あまり話したことはないが、体育の授業なんかで一緒になったときに時々見かける程度。
そして「差」を見てみる。前の奴とは先ほどから対して差が縮まっていないが、後ろとは若干差が縮まっているような気がする。
後ろのペースが速いのか。それとも俺が遅いのか。それとも二人ともペースが間違っていて、前の奴が正解のペースなのか。
分からない。時計を身に付けていない今、その正解が分かるのはゴールの後になるのだろう。
GTSと同じように。
そして大体五分のペースで走り終え、正門へと辿り着く。
「四分五十秒。流石じゃない」
「……まぁ」
蒼が今の結果を伝えてくる。一つのストップウォッチでよく一人一人の管理が出来るものだ。
やはり「海城」。頭の出来が違うということか。
一言何か言ってやろうと思ったが、俺の後ろを走っていた奴に時間を報告しに行っていた。マネージャーは忙しい。
続々と走り終えた部員たちが正門へと到着していた。
「だから前の奴と差を詰める練習じゃねぇんだって。何回説明さすんだ」
「いやー追いかけたくなっちゃうんだって。というか勝ちたくなる。一発蹴りいれてやろうかなって気になる」
「やめて! 俺をこれ以上サンドバッグにするのはやめて!」
竹沢副部長と石川先輩が何やら戯れている。
体育会系っぽい竹沢先輩が線の細い石川先輩をいじめているようで絵面はあまりよろしくないが、部長含め他の部員が特に気にしていないところを見ると、いつもの光景なのだろう。
「な? 別に大したことじゃないだろ?」
粗方部員達へのフィードバックが終わったところで、滝部長が話しかけてきた。
「たしかに。普通の陸上部ならもっと厳しいタイムですよね」
「ちなみに次は三分だ」
「普通の陸上部じゃねぇか!」
あまりに早く期待を裏切られた。そこまで甘い部活ではなかったらしい。
また先ほどと同様に正門からGTS部員たちの発射が始まった。
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