第5話 どうにか丸く収まった、のか……?

「お前……ッ!!」


 男が怒り狂った顔をする。

 そりゃそうだよな。俺が来たせいで、ストーカーをしていたのもバレたし綾芽も逃した。でも仕方ない。悪いのはこの男だ。


「悪いのはアイツなんだ。オレは何も悪くない。なのに……お前のせいで、あの子は行ってしまったんだ! お前のせいで勘違いさせたんだ!」


 男が喚く。

 錦小路もクズだが、こいつもなかなかクズだ。ストーカーに暴力。

 クズさ加減ではいい勝負……と言いたいところだけど、それは錦小路の方に軍配が上がるだろうな。


 男はまだ何かを喚き散らしながら、こちらに向かってきた。それから突然拳が頬を打ち抜く。

 咄嗟に対処ができなくて、ドゴッという音と共に地面に倒れる。痛ってぇ!


「お前のせいで!」


 完全にしまったのか、男は血走った目で睨みつけてきた。正直言うと怖すぎる。怖いけど、前ほど怖いと感じないのは錦小路のおかげだろうか。

 

 ……にしても高校生を殴るなんていいことなんて絶対にないのにな。頭に血が上ったら何も考えられなくなるタイプなのかもしれない。

 でもあれだ。先に手を出したのはこいつ。それに、今も殴ろうとしているのはこいつ。だから、ここから先は正当防衛になるはず。

 錦小路は、本人によれば喧嘩慣れしているらしい。それなりに強い様子でもあった。

 あとは、俺に反撃する勇気さえあれば……


 もう一度降ってくる拳を掴まえる。

 でも体格は向こうの方が大きい。力では負ける。となれば……

 掴まえた力のまま手を引っ張り頭を掴む。そのまま膝蹴りにする。錦小路によれば、こうすると軽い脳震盪を起こすらしい。なんでこんなこと知ってんだよ。

 錦小路の記憶の言う通りにすれば、男は簡単に地面に転がった。完全に伸びている。

 

「これで良かった……のか?」


 いや、全然良くない気がするけど……

 どうしようこれやりすぎじゃね? 絶対やりすぎじゃね?

 どうやら錦小路の記憶にじゃっかん引っ張られてるところがあるみたいだ。最悪すぎる。


「どうしよう……警察来るまで待った方が一応いい、よな?」


 スマホの動画が何かの証拠になるはずだ。

 でもその時綾芽に再び会ってしまったら? 彼女は礼儀正しく優しい人だ。

 もしお礼をしたいとか言われてしまったら、さらに関係を持つことになってしまう。

 あぁもうどうするべきなんだよこれ。男に逃げられても困るしな。


「ギリギリまでは待つか……」




 

 結局、男は防犯カメラなど数々の証拠により逮捕された。

 あの後すぐに綾芽たちは戻ってきて、男は警察に受け渡す形となり、その後事情聴取を経て、俺たちは解放された。

 もちろん綾芽からのお礼もあったが、それは丁重にお断りした。死亡フラグさえなかったら喜んで受けてたんだけどな。

 ちなみに咄嗟に出た断り文句はこうだ。


「別にお礼なんかいいから。最後までカッコつけさせてよ」


 くそっ。なんか今から考えても全体的にイタい。イタすぎるッ……! 誰か今すぐ全身を包み込めるくらいの絆創膏持ってきてください!

 くぅ、と1人ベッドの上で悶える。

 でもなんでこんな言葉出てきたんだっけ……あぁ、そうか。錦小路に絡まれた綾芽を助けた主人公の言葉だった。

 ゲームをプレイしてる時は何も思わなかったけど、主人公もなかなかだったな。今から思えば。そういうところをシナリオでカバーしてるんだから、さすがとしか言いようがない。

 まぁでも。一応初恋の人は救えたわけだし、良かったっちゃ良かったのかな? 今日は。

 問題は明日からだ。どうやら俺はヒロインのうち1人――佐々木 神奈ささき かんなと同じクラスらしい。残り1年間、どうにかして関わらないようにしないと――





 

 一方、全てが終わったあと、綾芽は自室で呟いた。

 

「今日の男の子、誰だったのでしょう……」


 綾芽が現場に戻った時、男は地面に転がっていた。男の子がどうにかしたらしい、というのは分かったけど……


「そんなに強かったのですね。あの男の人、大きかったのに」


 何とかしてお礼をしようとすれば、断られた。あんな断り方をしてるってことは、女の人にも慣れているのかもしれない。


「かっこいい人、でしたね……ではなくて。もし何か機会があればお礼がしたいのですけど」


 ふぅ、とため息をつく。

 もしお礼ができたらその後は――と考えて、頭を振り、綾芽は枕を抱え込んで悶えた。









 

 ゲーム世界は、少しずつ歪み始めている。

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