第7話 世界の真実と父の想い

「どうした!」


紗夜の叫び声を聞いて、明雅が飛んでくる。

紗夜は思わずその場にへたり込んでいた。

そんな紗夜の視線の先の怪物を見て明雅は得心した。


「なるほど、アレを見てしまったか」

「あれは、なんですか?」


震える声でそう尋ねる紗夜。

そんな紗夜の視界から怪物を隠すように立ち、明雅は優しい声で言った。


「心配するな。アレはまだ何もしてこない。ただあそこに居るだけの物だ。こちらの世界のインテリアのようなものだと思え」


そして明雅は紗夜に手を差し伸べた。


「立てそうか?」

「は、はい」


そう言って立ち上がろうとする紗夜だったが、うまく力が入らない。いつの間にか異能力も解除されてしまっていた。

その様子を見て明雅はため息をついた。


「すまない。私の配慮が足りなかったな」


そう言うと、明雅はひょいと紗夜を抱え上げ、背中に乗せた。

「少し掴まっていなさい」

そういうと、明雅はグ……と足に力を込め、一気にジャンプした。

そしてそれはただの跳躍ではなかった。


「う、浮いてる……?」

「怖ければ目を閉じていても構わない。すぐに着く」

「わ、わかりました」


父の言葉通りに紗夜は目をぎゅっと閉じた。

その後に感じたのは強い風の感覚と、そして人の声だった。


「~~~~~~!」

「~~~!!~~~!」

「~~~~~~??」


言葉までは聞き取れなかったが、何かを叫んでいるような、そんな声だった。

恐る恐る目を開けてみると、地上に多くの人間がいるのが見えた。そして同時に目に入ったのは多くの怪異だった。

遠目で良くは見えなかったが、どうやら両者は戦っているようだった。戦っている人々は神社のような場所を守っているような動きに見える。


「これは……?」

「これが私たちの仕事なのだ」


明雅は宙に浮いたまま話し始めた。


「安倍晴明と呼ばれる陰陽師を知っているか?」

「え。ええ、名前くらいは古文の授業で聞いたような」

「今から1000年以上前の話だが、当時は怪異のいる世界と我々の世界は同じ世界だったのだ。しかし、人間の数が増加するにつれ、人の恐怖やマイナスの感情を餌にする怪異たちの力が強くなってしまった。そこで安倍晴明を含む手練れの陰陽師が異能力を使い、世界を二つに分けたのだ」

「それが、この世界……?」

「そうだ」


紗夜は改めて周りを見渡した。

本邸がまさかこんな場所につながっていたなんて……


「しかし元は一つの世界。年々その距離は近づき続け、怪異がこちらの世界に紛れ込むことも多くなった。それをなんとか食い止めようとしているのが彼ら、国防軍の手勢だ」

「そう、なのですね」

「そして表の世界で怪異を退治している者達の長が朝日家、裏の世界で怪異の侵攻を食い止めている者達の長が宵闇家、なのだ」

「それが、宵闇家の役割……」


地上では今も苛烈な戦いが繰り広げられている。

彼らは、そしてお父様や兄様も、ずっと戦い続けているのだろうか。私たちが平和に暮らしている世界の裏側で。ずっと、ずっと……?


「あの、お父様……私」

「紗夜」


明雅は何かを言いかけた紗夜をさえぎった。


「これを話したのは、お前にも知る権利はあるだろうと思ったからだ。私自身はお前にどうしてほしいという感情はない」


紗夜から明雅の顔は見えなかった。


「幸いにもお前の兄、刹那は優秀な異能者だ」


それでも紗夜は明雅の優しさを感じ取ることができた。


「お前は、好きに生きればよい。異能を持つ以上、もう老人たちに嫌味を言われることもあるまい」


父は、ずっと私を遠ざけていた。

しかしそれは『自分から』ではなかった。この厳しい『戦いの世界から』だったんだ。


「ただ、自分の思うままに生きてくれればよいのだ」


私は……お父さまに、愛されていたんだ。



「分かり、ました」


紗夜の目から涙がこぼれたのは仕方ないことだろう。

それは胸の奥にあったつかえが取れたような感覚だった。


「ふふ、それでは戻ろうか」


明雅は初めて笑顔を浮かべ、そういった。



***



「紗夜は先に戻っていなさい。私は少し怪異を散らしてから戻る」


明雅は紗夜を自宅に送り届けたあと、再び空を飛び姿を消した。

紗夜はまだ少しふらふらしてはいたが、何とか自分の足で本邸を出ることができた。

そして、別邸へ向かっている時だ。


「おっと、大丈夫?」


紗夜がふらふらしていたからだろう。一人の女性とぶつかりかけた。

「す、すみません」

そう言って顔を上げると、その女性と目が合った。


「綺麗な人……」


思わずそう声が漏れてします程、整った顔立ちをしている女性だった。

「おや、君は紗夜ちゃんか」

そう言われて女性と目が合った。その目を見て、紗夜は思い出した。


この人は源 一葉かずは。源氏の一族の末裔で昔から私に良くしてくれていた近所のお姉さんだ。

紗夜が辛いながらにもまっすぐ育ってこられたのもこの女性と兄の存在が大きい。


「お久しぶりです、一葉さん」

「うん、久しぶり。元気にしてたかな?」

「はい」


一葉は笑顔でそう頷く紗夜を見て微笑みを浮かべた。


「その様子だと、心配はいらないみたいだね。どうやら良い異能にも恵まれたようだ」


そう呟くと、一葉は紗夜に背を向けて本邸の方へ歩き出した。


「せっかくの再会だけど私はそろそろ失礼するよ。本邸の方に呼び出しを受けていてね」

「はい、また」


紗夜は去っていく一葉に深々と頭を下げてから別邸へ歩いて行った。

そんな紗夜をチラリと振り返って眺め、一葉はまた笑みを浮かべた。


「ふふ、本当に。またね、紗夜ちゃん」

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