第17話

   ☆


 グラン人。

 森のなかから簡易的な移動用機器に乗って現れたのは、写真で見たとおりの生命……グラン人であった。

 しかしたった一人である。仮にも〝外国〟からの使者、いわば外交官であるおれたちを迎えるのに、たった一人の出迎えしかよこさないとはどういうことであろう。おれたちの常識は通用しないだろうとは予想していたが、のっけからそれを思い知らされるとは――。

「ようこそ、グランへ」

 と、そのグラン人は言った。その言葉は、アンドロメダ銀河からのメッセージカプセルに積まれていた翻訳装置によって、それぞれの母国語に翻訳され、文書として画面に表示された。

「はじめまして。我々は、ここから千八百光年離れた星からやってきました、アリウス人と地球人です」

 コュの言ったアリウス語が、聞き慣れないグラン語に翻訳されて音声で流れる。通じていることを祈る。

「お待ちしていました。どうぞ、こちらへ」

 おれたちは互いに顔を見合わせ、タラップを下りた。土の大地を踏みしめると、驚いたことに草が逃げていった。

「これへお乗りください」

 グラン人が乗ってきた移動用機器は、わずかに宙に浮いた金属製の卓球台ほどのサイズの板であった。転げ落ちないよう、柵が取り付けられている。ラグィド号内で使われるカートにも似ていた。

 おれたちは板に乗った。

 グラン人は背が高かった。アリウス人よりもなお高く、三メートルほどもある。グラン人の改装工事で知ってはいたが、実際に対すると、まさしく樹木のようだった。あまり動かないでいるせいか、上背があっても威圧感はない。

「わたくしは、グラン人の§@★♯Å∧£と申します」

 どう発音したものか、翻訳機でさえも混乱したようだった。かなり長い名前のようで、正確に発音できたとしても呼びかけにくそうだった。とりあえず、おれはこのグラン人を「モー」と呼ぶことにした。最初に聞き取れた言葉だったからだ。

「これからどこへ行くのですか?」

 コュが尋ねている。

「われらの都市みやこへ参ります。都市は地下に作られております」

 と、グラン人モーが言うと、移動用機器が動き出す。ゆっくりとした速度だが、安全のため柵を握った。

 森の中を音もなく進んでいく。森を構成する木々は、地球産の樹木とよく似ていたがずっと細い。竹のようにまっすぐで、しかし表面はごつごつとしている。幹の色は赤やオレンジの暖色傾向だった。葉のように見えるものは、まるでソーラーパネルのような銀色をしている。圧倒的な存在感をもって空に浮かぶガス惑星のうすぼんやりとした光を受けて、鈍く光っていた。

 ほどなくして前方に人工物らしき建物が見えてきた。ぽっかりと大きな開口部を持ち、どうやらあれが地下都市への入口のようである。

 移動用機器はそこへと入っていく。内部は屋外同様に明るさが保たれていた。といっても、昼間の屋外とてそれほど明るいわけではないから、まぶしいほどではない。

 傾斜はゆるく、そのためか地下都市へはなかなか到着しなかった。移動用機器もスピードを出していなかった。安全面から、そのほうがいいのだろうが。

 数分が経過した。すでに数キロは下っているだろう。いったいいつ到着するのだろうかとうんざりしかけていると、まるで地獄へと続いているかのような下り坂が突然終わりを迎えた。

 広い空間に出た。

(ここが地下都市?)

 思っていたのとイメージが違った。目を見張るほどの巨大な空洞に建物が林立する町並みを想像していたが、地下都市というより地下街であった。

 通路の両側に、さまざまな用途に使う部屋スペースが設けられていた。

 しかし行き交う人々がいない。無人の町といった感じで寂しげで、同時に不気味であった。が、さりとて荒廃した様子はなかった。

 ただ、おれたちを迎えにきたモー以外のグラン人をまだ見ていない。この時間帯は活動していないということなのか。それにしても、なんのニュースも伝えられていないのか、沿道にはおれたちを珍しがって見に来る人の姿さえないのが不可解だった。好奇心がないのだろうか。

 グランは、今回初めて異星の生命を迎える。ならば、それなりの反応がありそうなものなのに物音ひとつしないのである。

 しばらく地下都市を進んでから、移動用機器がスムーズに停止した。

「こちらへどうぞ……」

 モーは移動用機器からゆっくりと降りると、そばにある扉を指し示した。

 おれとコュは、モーにうながされて扉を開く。両開きの扉の片方だけを開け、モーとともにその向こうに足を踏み込んだ。

 五十メートル四方ほどの空間が広がっていた。柱で支えられていない天井も高く、二十メートルぐらいはあるだろう。壁は一面緑色に塗られており、通路の素っ気なさに慣れた目にはショッキングに映る。

 天井からの明かりにほんのりと明るいその空間には五人のグラン人がいた。どのグラン人もモーと同じ外見であったが、その差異は明らかで区別はついた。それは体の太さや皮膚の質感・色などの身体的特徴で。みな樹木のようで、壁の緑と相まって屋内の植物園を思わせた。

(植物園……)

 おれは抱いたそのイメージに違和感を覚える。

(植物園って、なんだ?)

 誰かとそこへ行ったことがあるような気がするが、いつどこのことだったか思い出せないし、そもそも植物園というのがなにかわからない。にもかかわらずそんな連想をしてしまった……。

「ようこそ、グランに」

 その五人のなかで、一番奥に立つグラン人が代表して口を開いた。おれは我に返る。

「私はグラン人の最長老、☆∧£§&#と申します」

 やはり名前の部分が翻訳できない。おれには最初のアーしか聞き取れなかった。

「こたびの我らとのコンタクト、グラン二千万年の歴史始まって以来のことで、我らは喜んでおります。この宇宙に我ら以外の知性体の存在を知り、栄えあるアンドロメダ銀河への渡航を許可しました。いまだ自力で宇宙へ出ることすらかなわぬ我らを、文明を持つ知的生命の末席にお加えくだされば、これ以上の名誉はありませぬ」

 どうやらこの場所は、グランの最高権力者が集う公式行事用の空間らしい。壁の緑色は、おそらくその象徴だろうと思えた。

 それにしても、二千万年の歴史だって? ひとつの国家がこれほど長く存在できているというのは、地球人のおれにとっては驚きだった。

 事前にグラン人に関する情報は例のメッセージカプセルより入手していた。

 曰く、グラン人には寿命がない。なんらかのアクシデントで生命機能が停止しない限り生き続ける。代謝はゆっくりで、なにごとにも悠長にかまえる傾向がある。繁殖のサイクルは長く、人口が急激に増えることはない……。

 長寿であるためか、知識は文字で伝えられることはなく、口承で伝えられ広まっていき定着する。学ぶための時間はいくらでもあった。それでどんな機械だろうと建築物であろうと作り上げてしまうのだ。

「紹介します。アンドロメダ銀河への使節団に参加する、我らが同胞、∧☆∀♯@§∴でございます」

 長老アーは言ったが、またも名前だけが聞き取れない。最初の音のビーしか耳に残らなかった。

 長老アーから紹介されたビーが、おれたちの前へと歩みでる。やや紫色をした体のグラン人であった。

「今回のアンドロメダ銀河への使節団への参加、謹んでお受けいたします、∧☆∀♯@§∴です。しかもわざわざおいでいただき、恐悦の至りでございます。我ら全国民、感涙に堪えません」

 異星人とのファーストコンタクトは、どの知性体にとっても感動を呼ぶものであった。それはおれにも実感できた。異なる種族との交流は互いの誠意がないと始まらない。グラン人にも、それが伝わっているのだろう。

「最高のおもてなしの印として、最高位の舞を演じましょう。とくと、ご覧あれ」

 ビーはそう言うと、おれたちの前で腕を延ばし、舞を演じ始めた。それはゆっくりとした動作で、音楽も伴わない独特のダンスであった。

 グラン人についての事柄は事前に目を通してはいたが、すべては読めていないし、頭に入りきったわけでもなかった。とくに文化については知らないことも多々ある。が、グラン人にとって「動く」ということが、かなり大きな意味を持っているらしい。誰かのために動くのは、それだけで大きなメッセージなのだった。最高位の舞がどんなものなのかは知らないが、それをきちんと見ることが礼儀であるのはわかっていた。

 長い舞であった。

 おれとコュは、目に焼きつけるかのようにまんじりともせず、口を開くことなく凝視し続けた。

 約二時間にわたるビーの舞が終了した。ビーにとって、それは相当体力のいることだったろう。

 そこまでして感謝と礼節を表したビーは、おれたちに向かい、

「舞をお受けいただき、御礼申し上げます」

 おれたちも、疲れた顔を見せることなく応じた。

「最高位の素晴らしいおもてなしでございました」

 それからビーは、長老アーに向かい、

「では、いって参ります」

「うむ……。使節団の務め、立派に果たされんことを」

 恭しく言葉を交わし、今度はビーが移動用機器に乗った。おれとコュも乗り込む。

 移動用機器が動きだし、来た道を戻っていく。

(なんとか無事、任務を乗り切れたようだ……)

 それもこれもグラン側が前向きに使節団に協力してくれたのが幸いした。実にスムーズに事が運んだ。二時間の舞を見続けるのは、正直きついものがあったが、それ以外は問題なかった。

 通り過ぎていく地下の通路には、往時と同様、誰も見かけない。もしかしたら、異星人を見るのはタブーなのだろうか。

「この都市には、まるで住人がいないようだな」

 おれはアリウス語でコュに小声で話しかけた。

 すると、髪飾りを揺らしてコュは振り返った。

「縣さん、この星の住人は、我々があの部屋で会ったのがすべてですよ」

「えっ?」

 全部で六人……。解説文書を読んだつもりが、とんだ抜けがあった。

「たった六人……グラン人は絶滅しかけているのか?」

「いや、あれで適正な人口らしいですよ」

「じゃ、なんでこんな大きな地下都市が必要なんだ?」

「彼らは寿命がないですからね。都市を作るのもまた、意味があるのでしょう」

 生きている限り、その時間をなにかに使わなければならない。生存のために使う時間は、おそらくあまりなく、膨大にありあまる時間をなにに使うのか、知的生命らしい使い方はそれぞれだろう。

「たった六人のなかから一人を出してしまうというのは、種族として英断だったろうな」

 思い切ったことだ。人口の一割五分がいなくなるわけだから。

 移動用機器は地上へ出た。自転周期が早いせいで、外はもう夜になっていた。

 白色矮性の弱い光は届かなくなっていたが、あいかわらず中天にはガス惑星が鮮やかに浮かび、昼間よりも存在感が大きくなっていた。

 動くもののない静謐な森はまるで眠りについているかのようだった。

 乗ってきた連絡艇が、惑星の光に冷たく照らされて、おれたちの帰りを待っていた。

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