41 終わりは突然に

「――痛ってぇッ……! 何が起こった……⁉」


 落下してきたのは若い男。


 誰かは知らんが取り敢えず無事みたいだ。


「ガーゴイルの次は人間か。よく分からん島だ」

「おいお前、大丈夫か?」


 青年の年齢は20歳前後ぐらい。狐の様な細いつり目に額にはバンダナ。耳や首や手首には、何やら高価そうなアクセサリーがジャラジャラと付けられていた。


 青年は落下した時に頭でも打ったのか、痛そうにその部分をさすりながらゆっくりと立ち上がり、徐にきょろきょろと周囲を確認したかと思えば何故か俺達の所で視線が止まった。


「お、“旦那達”も来てたのか!」


 旦那達……?


 この青年とは勿論初対面……の筈なのだが、何故だ……? 明らかに向こうは俺達を知っている様子。何処かで会ったか?

 

 いや、記憶にねぇぞ。旅の道中でも関わった人達は覚えているが、こんな兄ちゃん知らないな……。でもなんだろう。この雰囲気と話し方をどっかで……。


「まさかもう忘れた? ヒャハハ、いくら旦那でも呆けるには早すぎるでしょ」


 この瞬間に俺はピンときた。横にいたリフェル達も気が付いた様だ。


「お前まさか……!」

「分かったみたいだね。そう、俺だよ。“ルルカ”。言ったでしょ? これでも一応人間だって」


 そう。この見覚えはないが確実に会った事のある人物はあのルルカだった。


 紛れもない、ついさっきまで一緒にいたあのタヌキだ。


「何がどうなってやがるんだ?」

「まぁ困惑するのも無理ないよね。でもこっちが正真正銘、デーヴィ盗賊団ルルカの姿なんよ」


 成程。俺が見た人影はコイツだな。だとすればリフェルが言っていた事も辻褄が合う。ガーゴイル倒したのもルルカか。一見軽い感じに見えるが、さっきの殺意といいそこそこ実力あるみてぇだな。

 

「それよりさ、コレやったの旦那達?」


 ルルカは真っ二つに割れた城を見ながら言ってきた。


 どうやらコイツは城の1番上にいたヘクセンリーパーの元へ向かっている途中、俺が城を割ったせいで落っこちてきたらしい。


 別にコイツ狙った訳ではないのだが、少しだけ同情しておこう。


「悪りぃな」

「はい嘘。絶対思ってないでしょ」

「バレたか」

「まぁいいよ、“それどころ”じゃなくなったみたいだし。結果オーライって事で」


 そう言いながらルルカは鋭い視線を城の上へと飛ばしていた。


 そして直後、俺達も“奴”の放つ禍々しい殺気を感じると同時に、その視界には城よりも高い上空を漂う、異質な人影の姿があった。


「ヘクセンリーパー……」


 本物を見た事が無いにも関わらず、俺の口から自然と奴の名前が零れていた――。


「誰だ貴様たちは……?人の家で随分好き勝手やっているじゃあないか。えぇ」


 静かに口を開いた魔女、ヘクセンリーパー。


 この島の不気味な雰囲気が可愛く思えるぐらい、奴1人が現れただけで空気が異常に重くなった。全身を纏う黒いマントが風に靡かれ、不規則に垣間見える眼光は確実に俺達を敵視している。


 コイツ強い……。


「お前がヘクセンリーパーだな。実は折り入って話したい事がッ……⁉ って、おいッ!」


 奴と話そうと声を掛けた瞬間、ヘクセンリーパーは手にしていた杖を大きく上に振り上げると、一瞬にして膨大で重々しい魔力が音を鳴らしながら集まった。そして奴は躊躇する事なくそれを俺達目掛けて放ってきた。


「私の城を破壊しておいて何が話だい……得体の知れない貴様ら等ゴミ同然じゃ。さっさと死になッ!」


 なッ、やべぇ……!


 ヘクセンリーパーの凄まじい魔法攻撃が雷の如く襲ってきた。

 

 ……かに思えた次の刹那――。

 突如風船が割れたかの様に、俺達目掛けて繰り出された攻撃が、当たる直前でパッと消え去った。


「……!」

「何だ?」


 想定外の出来事だったのだろうか、攻撃をしたヘクセンリーパーも突然の事に、少しばかり驚いている様子。


 何が起こったのか分からない。


 その場にいた全員が同じ事を思っていた。


 たった1人の青年を除いて――。


「お前の相手は俺なんよ……ヘクセンリーパー」


 流れていた数秒の静寂を破ったのはルルカ。


 何をしたのかは分からないが、今起きた事がルルカによるものだという事は全員が理解出来た。


「貴様は……。誰かと思えば、何時ぞやのコソ泥ではないか。私の呪いを受けてまさか生きておったとはねぇ。これはこれは滑稽な話じゃあないかい! ケッケッケッケッ!」

「相変わらず不愉快な婆だな」

「性懲りもなく“また”殺されに来たのかい?」

「黙れよ。次殺されるのはお前だ」

「若者の威勢ほど死に近いものはない。今の攻撃は運良く防いだ様だがねぇ、私の前でまぐれは2度起きないよ。ケッケッケッ」


 ヘクセンリーパーは嘲笑いながらそう言った。


 そして、このヘクセンリーパーに嘲笑いが合図かの様に、強力な魔力練り上げたルルカがヘクセンリーパーに攻撃を仕掛けた。


「速ぇ……!」


 腰を落としたルルカは地面を力強く蹴り、疾風の如くヘクセンリーパーの元まで飛び上がって行った。


 これは……風属性の魔法か。凄ぇ強さだ。

 やはりルルカとヘクセンリーパーには穏やかじゃねぇ因縁があるみたいだな。


 ルルカが飛び上がるとほぼ同時に、周囲には強烈な風が巻き起こっていた。


「お前を殺さねぇと……“アイツら”に合わす顔がないんよ……!」

「――!」


 一瞬で距離を詰めたルルカは、ヘクセンリーパーの背後を取り既に攻撃態勢へ。


 油断していたのか、ヘクセンリーパーは辛うじてルルカに反応はしたものの、余りの速さに体が動かずルルカの攻撃が見事ヘクセンリーパーを捉えた。


 ――ズドンッ!


 攻撃を受けたヘクセンリーパーは強烈な風と共に数メートル先まで飛ばされが、空中で再び体勢を立て直した。


「チッ、浅かったか」

「成程……。その“魔具まぐ”で私の力を無効化しているようだねぇ」

「この2年、俺はお前を殺す為だけに生きてきたんよ。既に殺す準備も算段も整ってる。お前はもう詰んでんだよッ!」

「見当違いも甚だしい。たかが魔具を手に入れたぐらいでこの私に勝てると思ったのかい? 何処までも笑わせる若造だねぇ。2度と生意気な口を叩けない様また全員殺してやるわッ!」


 ルルカの先制攻撃から数分が経過した。


 あれから両者一歩も譲らず激しい攻防を繰り返した後、互いに一定の距離を保った。


「ハァ……ハァ……ハァ……」

「しんどそうじゃあないか。ここまで呪いの時間を延ばしていた事だけは賞賛してやろうかねぇ」

「うるせぇ……。ハァ……ハァ……次の一撃で終わらせてやるよ」

「まるで説得力がない。私も暇じゃないんだ。次で殺してやるから早くアホな仲間達の元へ逝きな!」

「殺す」



 これが2人の最後の会話。


 ルルカとヘクセンリーパーは今までよりも更に魔力を高め、互いに最大の攻撃を繰り出す態勢へと入った。


 両者の魔力の圧によって島全体が地響きを鳴らし揺れている。


 勝者がどちらにせよタタでは済まない。


 上空で激闘を繰り広げるルルカとヘクセンリーパー。


 地上にいた俺達は危険を察知し、少し離れた位置まで下がり衝撃に備える準備をした。



 そして――。


「食らえヘクセンリーパァァァッ!!」

「死ねぇぇぇぇッ!!」


 魔力を極限まで高めた渾身の一撃が、遂に両者から両者へと放たれた。


 2つの強力な魔法攻撃が凄まじい威力でぶつかり合ッ……『――シュバァァァァァァンッ!!』


「「……⁉」」


 まさに一瞬の出来事――。


 ルルカとヘクセンリーパー、両者の強力な攻撃を遥かに凌ぐ神がかり的な魔法弾が2人の攻撃を飲み込み消滅させてしまった。


 どこからともなく突如現れたその魔法弾は、そのまま遥か上空まで放たれていきいとも簡単に雲を割る。


 全員が言葉を失った。


 まるでこの世に終末が訪れたかの如く。


 辺りは耳鳴りが聞こえる程の静寂に包まれ、ぞの場にいた全員の視線が無意識のうちに、魔法弾が飛んできた方向へと向けられていた。














 「――全くもって長いでス」

 

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