07 1つのピンチ

「――この計画の実現性や詳細については後日、専門家の者達を含めた話し合いを検討しております。取り急ぎ伝えられた内容を私から説明させて頂きますと、このアンドロイドは世界一とも言われる“科学技術力”で栄えた此処、リューテンブルグ王国だからこそ実現の可能性があるとの事です。


そして現段階ではまだ情報も不足しており、あくまで1つの仮定としての案であるそうですが、専門家曰く、まず機械のボディであれば命を失う事が無く、当然魔力による拒絶も起こらない。


そして後は既に使われている“魔生循環装置ナノループ”という装置を組み合わせれば、満月龍の魔力を半永久的に扱える無敵のアンドロイドが生まれると――」


 何を言っているのかマジで分からん……。だが確実に分かる事と言えば、俺とは違う頭の賢い人達が頭の良い方法で解決策を生み出したという事。それが何処まで実現的なのか俺にはさっぱり分からねぇが。


「成程の……。確かにアンドロイドならば命の心配は無くなる。しかしアンドロイドは当然機械。満月龍の血もナノループという装置も確か魔力がないと反応しない筈じゃ。アンドロイドに血を輸血したとしてどう動かすのじゃ……?」

「私も詳しくは分からないのですが、どうやらその鍵となるのが魔力0の者達らしいのです」


 この瞬間、俺は閃いてしまった。

 きっといつの間にか自分が事の中心にいるから脳が察したのであろう。恐らく俺の人生で最高の閃き。今となっては当たり前の、世界中の人々の暮らしを豊かにした偉人達も、恐らくこの衝撃的な閃きが浮かんだんだ。今の俺の様に――。


「それもしかしてよ、魔力0の俺みたいな人間が1度“器”になって、満月龍の魔力を練り上げてそのアンドロイドに渡せば、後は勝手に動く無敵アンドロイドが完成って事だろ?


魔力0の人間が体に血入れて魔力使えるかどうかは試してねぇもんな。失敗すりゃ勿論死ぬ確率が高いが、最低でも拒絶とやらの反応は起きない。それに腕を失った青年の様に一瞬でも満月龍の魔力を生み出せれば、後は便利な機械でその魔力を貯えればいい。

そうすればその魔力をエネルギーに無敵のアンドロイドが完成する上、上手くいきゃ俺も生きているし、挙句に人生で初めて魔法が使える体になってるかもしれねぇ」

「「……」」


 場が凍りついた。


 アンドロイドという驚くような計画を聞かされたからではない。この場にいた者達の開いた口が塞がらない原因は、まさか俺にここまで完璧な論破をされると思っていなかったからだ――。


 一瞬の静寂に包まれた後、茫然としていたエドが何とか意識を正常に戻した。


「ハ……ッ! お、おい……お前本当にジン……だよな?」

「は? 何言ってんだお前」

「い、いや……確かに馬鹿な事を聞いた」

「ホッホッ。私も一瞬死んだかと思ったわ。まさか其方からそんな知的な発想を聞く日が来るとはの」

「地味に失礼ですよフリーデン様」

「すまぬすまぬ。いや~、久々に驚いたの」

「全くですねフリーデン様。ご無事で何よりです」


 フリーデン様とエドの会話に、段々と周りの者にも笑みが零れてきた。


 場が幾らか和んだのはいいが、如何せん納得出来ねぇ……。まぁこれで俺が血飲んだ事はチャラだな。


「笑ってんじゃねぇ。ここからどうするんだ?」

「ああ、悪い。まさかお前からあんな説得力ある見解を聞かされるとは思わなかったからな」

「笑ってるのは構わねぇが、もう俺は“緊急事態”だから行くぜ――」


 和んだ場を一刀両断するかの如く俺は言った。


 悪いが本当に緊急事態。俺は少し前から体中に嫌な汗を掻いているんだ。


 何故かって……?

 こんな事態にした張本人という事もあり、この期に及んで更に“こんな事”を言い出していいのか、流石の俺でも滅茶苦茶悩んでいたからだ――。


 だがどうやらそれも限界が近づいている……。いや、もう無理だ。


「緊急事態?行くって……何処に行く気だ……?ジン」

「“トイレ”――」


 そう言い残し、俺は早歩きで玉座の間から出ようと歩き出した。


 朝っぱらから城に連れてこられて話も長いんだからこっちはもう限界なんだ。気を効かせて遠慮していれば人を小馬鹿にしやがって。


 いいのか? 俺がさっきから何故ずっと1人で悩んでいたのか分かるか……? 察しのいい奴なら気付いただろう。


 そうだ。

 俺は血を輸血した訳じゃなく“直飲み”だ――。

 

 専門的な知識なんか全くねぇから分からないけど、多分……コレ“出る”よな……?


「……お、おい、ちょっと待てジン……!」


 このタイミングで呼び止めたという事は、恐らくエドも考えている事は同じだろう。インテリぶって散々演説してやがったが、やはり頭の出来は俺と大差ねぇな。


「皆まで言うな。思っている事は俺も同じだ」

「そ、そうだよな……。俺も詳しく分からないが、輸血と直飲みなんて絶対違うよな……影響が」

「まぁそうだろうな。だがエド、俺はもう我慢出来ねぇ。トイレに行く」

「ま、待て待てッ! いや、どうすればいいんだコレ……⁉ “して”いいのか? 1回調べた方が良くないか?」

「悪ぃがそんな事をしてる暇はねぇ!事はもう一刻を争うところまで来ているんだ」


 とても気品ある玉座の間とは思えない下品な会話。確かに内容は下らないが悠長な事は言ってられない。こっちだって事情がある。俺は悪くねぇ。人間なら誰しもが起こる自然な生理現象だからな。


「――全く、何をしておるんだ2人共……。直ぐにジンフリーの体を見ておくれ」


 フリーデン様は呆れた様に呟くと、近くにいた家来1人に声を掛けた。その家来の男は医学に精通しているのか、急ぎ足で俺の所に向かってくるや否や、瞬時に魔法を掛けてきた。


 彼の手から出た魔力が一瞬にして俺の体を覆った。そして何の変化もなく直ぐに消えた。


「 大丈夫ですフリーデン様。理由は分かりませんが、満月龍の血は消化される事なく彼の血液に流れているようです」

「おお、そうか。ご苦労だったの。ジンフリー、一先ず大丈夫な様じゃ。早く行って参れ」


 何したのか分からねぇが取り敢えず調べてくれたって事か。これで安心して行けるぜ。


「直ぐに小便してきます!」

「わざわざ言わなくていい! ガキかお前」


 こうして俺は1つの迫りくるピンチを無事乗り越えたのだった――。

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