第17話 貴方と一緒なら

 頭を下げ続けているお姉ちゃんに、私は唖然とするしかなかった。顔を上げてと言っても上げないお姉ちゃんに、私はどうしようも出来なかった。それにどれだけ本音を思っても、私は本音を言えないから、お姉ちゃんのこの行動を止めることを出来ないのだ。なら、私は今、何が出来るのだろうか。お姉ちゃんの頭を上げさせるのなら、私はどうしたらいいのだろうか。きっと今、お姉ちゃんは今までの行動の罪の意識にさいなまれているんだろうと思う。私が責めなくても、お姉ちゃんは自分を責め続ける。なら、私が出来ることは……。


「…………っ!美、美孤…………!?」


「お姉ちゃん…………!」


 私は、私に頭を下げ続けるお姉ちゃんの背中に、恐る恐る被さるように抱き着いた。お姉ちゃんの体を包むように、自分の腕を伸ばした。驚くお姉ちゃんを横目に、私は大きく息を吸った。


「お姉ちゃんが自分を責めているのは、わかります……。だけどこれ以上、お姉ちゃんに自分を責めてほしくない。歩み寄らなかった、私も悪いから……!だから…………」


 首が焼けるような痛みで熱くなる。でも、ここで止まるわけにはいかない。お姉ちゃんにちゃんと伝えたいから。私の気持ちを、ちゃんと伝えたいから。


「なら、これから始めましょう!これから再スタートすればいいじゃないですか!私とお姉ちゃんの……、っ、まっ、……毎日を。生活を。これから…………。っ、ごほっ、ごほっ、…………!」


「美孤……っ、!」


 私がせき込んだのを見て、お姉ちゃんはようやく顔を上げて私を見た。お姉ちゃんは私の背中を優しくさすってくれた。


「美孤、大丈夫か……?」


「……え、へへ。お姉ちゃん、やっと、顔、上げてくれた……」


 私がそう言うと、お姉ちゃんはたちまち顔をしかめた。そうしてしばらく私を見た後に、私をその腕の中に抱き寄せた。


「わっ……、お、お姉ちゃ……!」


「わかった。わかったから。もう分かったから、何も話さなくていい」


「……う、うん」


 初めて抱きしめられたお姉ちゃんの腕の中は、暖かくて、優しくて、安心できた。ずっとこのままいたいぐらいに。できれば離れたくないと思うぐらいに。


 静かな時間は私達に言葉を迫らなかった。今は何も言わなくても私の気持ちが、この抱きしめられた腕から伝わっていくようで、嬉しい。やっぱり大好きだ。お姉ちゃんが大好きだ。今まで遠くから見ていた姿とは、何もかもが違くても、お姉ちゃんが私のお姉ちゃんであり、春夏冬美都であり続ける限り、私はお姉ちゃんが大好きなのだ。


 しばらくの沈黙の後、お姉ちゃんはようやく口を開いた。


「守るよ。何があっても美孤を守ってみせる。呪いも解く、必ず。だから、安心してくれ。今度こそ、何があっても美孤を離さないでいるよ」


 体が一瞬にして強張ってくのを感じた。その言葉を言われて、私は初めて自分の胸の内に気が付いた。本当は怖かったんだ。呪いがかけられたことが。このまま呪いが永遠に解かれないかも知れないことが。ただその恐怖から目を逸らしていた。でも、だからこそ目を背けることは出来ない。例えどんないばらの道でも、針の山でも、お姉ちゃんがいるなら、お姉ちゃんが隣にいるなら、私は歩けるから。


「……っ、ぐす、っ、お、ねえちゃ……っ!」


「うん、よく頑張った。よく一人で頑張ったよ。もう大丈夫だから。……これからは私がいるから」


「……っ、!うん……っ、うん……!」


 




「じゃあ、美孤。おやすみ」


「うん。おやすみなさい、お姉ちゃん」


「一緒に寝なくて大丈夫か?」


「……!!だ、大丈夫ですっ、!ま、まだそこまで行くにはハードルが……!」


「ふっ、わかってるよ。冗談。……じゃあ、また明日な」


「うん、また、明日」


 お姉ちゃんの部屋を出て、自分の部屋に帰る。さっきまであんなに近かった温もりがないことに、もう寂しさを感じてしまう。やっぱり一緒に寝ればよかったかな、なんて思ったけれど、それじゃあ眠ろうにも眠れなさそうだ。それに、私には「また明日」の楽しみがあるから。また明日、お姉ちゃんと会える。話せる。笑える。これからは今までの溝を埋めていくように、毎日が進んでいくのだから。だから、また明日。また、明日を楽しみに、おやすみなさい。お姉ちゃん。


 神様。狐の神様。私は今日、貴方のせいかおかげか長年片思いしていたお姉ちゃんと付き合うことが出来ました。こんな奇跡はもう私の人生にないと言い切れてしまうぐらいの、そんな奇跡が今日、起きてしまいました。お姉ちゃんは私を守る、と言ってくれました。私の呪いに、共に立ち向かってくれると。その時私は初めて、私の知りえないお姉ちゃんを見ました。あんなに見ていたのに、私はお姉ちゃんの優しさも、勇気も、何も知りませんでした。何も。だけどこれからは、少しづつ知っていこうと思えたのです。神様、きっとあなたの呪いには負けません。だから、見ていてください。どうか、私、いや、私達、を。

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