水曜の旅人
太陽
第1話 始まり。
ここは愛知県の知多半島にある周りには特に何もない聖火高校。
聖火高校には変わった部活があって……その名は旅研究部。
旅研究部は部活棟の片隅の小さな部屋を部室として使っていた。部室の中ではどうやら二人の男女がしゃべっているようだった。
「ああー旅に行きたい」
女性が部室に六つ並んでいる机の一つに突っ伏した。
何やら写真を机に並べていた男性が苦笑を浮かべる。一枚の草原が移った写真を手に持って口を開く。
「部長……早いなぁ。この前、夏休みに二週間、北海道へ行ったばかりではないですか」
「綺麗に取れているじゃない。あぁ、カブで回った北海道の旅は良かったよねぇ……この草原ってキャンプしたところよね? って……今はその話じゃないのだよ。大空君。実力テストで私の旅エネルギーがガン切れって話なんだよ」
「ガン切れと言われましても。そもそもガン切れってどういう意味ですか?」
「ん? ガンと切れてしまったんだ。もうエンプティーランプ点滅」
「……それではどうしますか? 一応ストックはありますが……もう次の旅の話でもしますか?」
「んーん。そうねぇ。旅のことでも考えていないと干からびちゃうわ……二学期は長いのよ。そう、次の三連休にサクッと旅に出かけましょう?」
「三連休ですか。ホテル代が高くなりそうですね」
「そうだけど、なんかしらあるんじゃない? お任せプランとかの安いヤツがあるじゃない」
「お任せプランはギャンブルですよ? ほとんどダブルベッドではないですか」
「仕方ないじゃない。お任せなんだから……」
「恋人でもない男女がダブルベッドで寝ることが異常ですって」
「いやん。大空君は私を襲う気なの?」
「俺が空手の有段者である部長を襲う事なんてありませんよ。逆に殺されるでしょう?」
「んー寝ている間に縛り上げてしまえば無力化できるよ? そうすれば、私の体を自由にできちゃう。いやぁー」
「いい加減にしてください。無理矢理なんて、俺のプライドが許しませんよ」
「ふふ、じゃあいいじゃないか」
「はぁ」
「最終手段、漫画喫茶と言う手があるし」
「その最終手段はあまり取りたくないですね」
「まぁ、寝床はどうにかなるとして、どこに行く?」
「三連休ですか。直近だと秋分の日の休日がある九月二十三日から二十五日ですよね。乗り物は何にしますか?」
「乗り物は……懐的にも時間的にもLCCとはいえ飛行機は使えないよね。じゃあ、電車か。バスか。カブか。自転車辺りじゃない?」
「カブや自転車は……まだ地獄のように暑いですよ。愛知県」
「それもそうね。愛知県は九月でもまだまだ暑いわよね。それに台風が来るかもだから……」
「そうですね。だとすると、バスか電車」
大空が棚から折り畳まれた紙を持ち出して……机の上に広げた。
広げられた紙はA1サイズの日本の地図であった。
女性は日本地図を前にして、顎に手を当てて考える仕草を見せる。
「そうしようかしら?」
「高山はどうですか? 秋の高山祭の前ですが、高山ならなんかしらなんかしら祭りがやっていそうです」
「高山は四月に生き雛祭りを見に行っているのよねぇ」
「え? そうなんですか?」
「ええ。読んでいたミステリー小説が高山を舞台にしていてね。……居ても立っても居られなくてね。気づいたら高山への高速バスに乗っていたんだよ」
「そうですか。じゃあ高山は除外しますか。では……どうしますか?」
「そうねぇ。茶臼山(ちゃうすやま)に行く? たまには愛知県の旅。灯台下暗し」
「これ、灯台下暗しって言いますか?」
「言うわよ。愛知県民が名古屋城に行かないのと同じ感じ」
「確かに愛知県民を十六年ほどやっていますが、名古屋城には行ったことはありませんね。茶臼山は子供の頃にスキーに行きましたが」
「さすがにスキーはできないかなぁ。ただ九月の下旬で山頂辺りなら紅葉が始まってないかな?」
「紅葉……それは魅力ですね。いや、さすがに早くないですか?」
「そうかな? けど、どうよ」
「まぁ、紅葉は期待出来ないとしても……山ですか。先ほど暑いからと却下したカブで行きますか?」
「そうね。山なら涼しいだろうし。なにより星が綺麗なのよ」
「それは雨が降らないことを祈らないといけませんね」
「そうね。いっそ雨が降ったら、行く場所変える? 特急で大阪にする? 食べ歩きの粉ものルート」
「あぁ、良いですね。たこ焼きを食べに行きましょうか」
「美味しいたこ焼きの店を紹介してあげよう」
「まぁ大阪なら台風が来ても何とかなりますか。茶臼山に行くルートはどうしますか? 茶臼山……言うなれば秘境。さすがに宿の予約は必要かと思うのですが」
「そうねぇ。漫画喫茶もないかしら?」
「……調べておきます」
「よろしくぅ。そうだ。確か、茶臼山に行くルートの近くにどんぐりの湯ってところがあったはず、そこには入りたいな」
「どんぐりの湯ですか? 確か豊田にありましたっけ?」
「そうそう」
「温泉はぜひとも行きましょう」
「混浴はないわよ?」
「何、バカなことを言っているんですか。ところで温泉なら……幽霊部員達も何人か参加しますかね?」
「んーどうかしらね。皆、バイトで忙しいんじゃないかしら?」
「あぁ連休は稼ぎ時ですからね。……とりあえず、茶臼山周辺で宿を探してみますか?」
「そうね」
大空は机の上に広げていた日本地図は折り畳んでしまうと、鞄からノートパソコンを取り出し、電源を点ける。
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