第6話
紫音に近道を案内されてなんとか学校にたどり着いた。
「俺はこれから部活で部室棟こっちだから」
「そっか、ここまでサンキューな。ちなみに何部なんだ?」
「俺?うーん、内緒かな」
なんだそれと内心思いつつまあいいかとさらりと手を振ってバイバイした。
するとまた後ろから秋穂ちゃんと名前を呼ぶ紫音の声が聞こえた。振り返ると紫音が俺のすぐ後ろまできており、膝を曲げて俺の耳元で囁いた。
「さっきの痴漢の話本当みたいだから、あそこ曲がるとすぐ保健室だから入学式出る前にちゃんと先に保健室行って対処してもらってね?」
それだけを言い残して紫音はまたねーと言って走っていってしまった。
これまたなんの話かと頭を傾げたが、痴漢野郎が言ってたことを思い返して自分がブラジャーをしてないということを思い出し、俺はこれではまた周りにもアイツにも痴女扱いされてしまうということに気づき揺れるこれを鞄で隠しながら急いで保健室に向かった。
それにしてもあの紫音てやつをどこかで見たことある気がするんだが思い出せずモヤモヤした。
「小田さんあなた女の子でしょ?入学初日にブラジャーをし忘れて学校来るなんてことある?」
「…ごもっともでございます」
保健室に着くとそこには30代くらいの女性の先生が椅子に座っていた。事情を説明すると大爆笑されてしまい、万が一の時に備えた用意があるとのことで座って待っているように指示され一人ぽつんと先生の帰りを待っていた。
すると保健室のドアがコンコンと鳴りドアが開かれた。先生が帰ってきたのかと思い振り返ると、背景に薔薇が見えそうなくらい気品の溢れた端正な顔立ちの男子生徒が立っていた。
「先生はいる?」
この場にいるのは俺とそいつだけということは俺に聞いてるのだろうか。
「あー、今ちょっと出てる。でもすぐ戻って来ると思うけど」
「そう、じゃあ待とうかな」
そう言ってそいつは離れたところに座れば良いもののなぜか俺の隣に座ってきた。しばらく沈黙が続いていると向こうが口を開いた。
「どこか体調悪いの?」
「いや、えっと、まぁ…」
「見ない顔だね、1年生?」
「そうだけど」
「入学式もう始まってしまうよ」
「仕方ねぇだろ、訳があんだよ」
ここまで話してまた沈黙になってしまう。沈黙に耐えきれない俺は大して興味はなかったが今度は自分から質問した。
「あんた、名前と学年は」
「俺は紅 陽華(こう はるか)、2年生だよ。「くれない」って書いて「こう」って読むんだ」
一瞬俺の頭の中にさつまいもが思い浮かんだが心に留めておくことにしよう。
「へぇ珍しい苗字だな。2年てことは先輩か」
「よく言われる。秋穂って呼ぶから俺のことも陽華って呼んで良いよ」
ここの先輩達は後輩に緩いのだろうか、内心申し訳ないと思いつつも紫音の時と同じように呼び捨てで呼ぶことにした。
「わ、わかった。陽華は部活とかなんかやってんのか?」
「逆に何部だと思う?」
「え」
まさか質問を質問で返されるとは思わず、この時初めて陽華の方をちゃんと見て何部かを考えた。
名前を読んだからかとても機嫌が良さそうに見える。じーっと見て考えていると俺と目が合いにこっとしてきた。顔が良いもんだからなんかドキっとして咄嗟に目を逸らしてしまった。
「うーん、何部というか図書委員とか生徒会っぽい、かな?」
「あはは、まあ遠からずってとこかな」
パッと見お坊ちゃんて感じで優等生って感じだったのでバリバリの運動部のようには見えなかった。
「興味ないのに俺にも質問してくれるなんて、秋穂は優しいんだね」
その一言でギクッとしてしまった。
「…そんなに顔に出てた?」
「まあわりと」
向こうはクスっとしたが俺は内心汗をかいていた。
すると勢いよく保健室のドアが開いた。
「小田さーん!あなたのサイズに合いそうなブラジャーはなかったけどブラトップならあったわよー!」
陽華がその場にいると知らない先生が大声でそんな事を言って保健室に入ってくるもんだから、俺は口が開いたまま固まったし陽華を見た先生も固まってしまった。
しばらく保健室に沈黙が走ると事情を察した陽華が口を開いた。
「次は忘れないように気をつけないとね」
チラッと俺の胸元を見て笑顔でそう言った陽華の気を遣った優しい言葉が、今の俺には痴女だと誤解されたようにしか思えなかった。
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