オルバス

 翌日。天気は快晴。予定通りプールの授業になった。


 プールは屋上にあった。皆が思い思いに水着に着替え、軽やかな足取りで階段を上がっていく。


 麗奈は散々迷った挙句、ヒラヒラした飾りのついたセパレートタイプの水着を着てきた。小学生となるとヘソを出すだけでも結構な冒険だ。着替えると、壁に隠れるように階段を上がって来た。


「ちょっと恥ずかしいかも」


 いくらか後悔する。こんなならず者ばかりの場所で、下手に男達を刺激してどうするのか。


 だが、むくろが今の麗奈を見てどのようなリアクションをするのかを考えると、そこにはものすごく興味が湧いた。


 むくろはすでに屋上で待機していた。案外真面目なのかもしれない。だが、トランクス型の水着を着用したむくろは、どこからどう見ても髪の毛のあるサガットにしか見えない。


 分厚い胸板に、ダビデのように盛り上がったふくらはぎ。何を食ったらこんなバケモノが令和の日本に生まれるのか。


 むくろは麗奈をチラと見て、あさっての方向を見つめた。照れたというよりは、本当に興味が無さそうに見えた。


 イラついた。勇気を出して大胆な水着を着てきたのに、自分だけ盛り上がってバカみたいに思えた。


 むくろの視線を追う。


 その先には、別の女子達がプールサイドを歩いている。


「……っ!」


 麗奈はその光景に声を失う。


 スクールカーストの上位にいる女子達の着ている水着は、信じられないほど面積が小さかった。二人ともほとんど紐パンと言っていいほどのTバックを履いていて、上はマイクロビキニだった。育ちかけた胸が小さい布を押し上げていて、ここまで来ると卑猥さを通り越して天晴あっぱれと言いたくなるほどの大胆さだった。


「ほとんど裸じゃん!」


 思わずひとりごちる。


 二人はすました顔で歩いているが、自分の魅力に隅から隅まで気付いている。それを惜しげもなく全開にされると、ここではなくて芸能界へ行けば良かったのにと心から伝えたくなる。


 二人を見つめる男子達は前かがみになっているか、堂々とテントを張っていた。どうして昨日にプールの授業と分かっただけであれほど盛り上がったのかが分かった。自由時間になったら集団で囲って輪姦まわすつもりなのだろう。


「さあ、ユーたち、授業を始めるぞ」


「珍しく元気にクラスを仕切る近藤。そういえばこの男は前任の学校で小学生の生徒に手を出してここまで追放されて来ている。それを考えると、おそらく美少女達の水着姿は彼にとってど真ん中のメインディッシュなのだろう。


 普段の授業とは考えられないほどスムーズに準備体操が始まり、各自身体をほぐしていく。逆に不気味だった。男子はむくろを除くほぼ全員が股間にテントを張っていた。どれだけワルぶっていても、身体は正直だ。こいつら潜水ばっかりやるつもりに違いない。


 体操が終わると、軽く泳ぐという事で二五メートルプールを往復する。順番は男女交互になっている。麗奈は自分の尻にねっとりとした視線が集まるのを感じていた。気を取られて、水を飲んでしまい噎せた。


 ウォーミングアップが終わると、隣にある五〇メートルプールに移動する。まさかの本格派。体育だけが満点の奴らが集まる学校にありがちなイベント。


「これから五〇メートル自由形を始める。二人ずつやって、一番早かった奴には波野仁奈のキスが与えられる」


 男達が沸き立つ。


 先ほど男子達の股間をキャンプ地に変えた美少女が、男子全員に向かって手を振る。腹が立つが、女の麗奈から見てもかわいい。


 スクールカーストの頂点にいる女王のキスがもらえるとだけあり、男子達は張り切って五〇メートルを泳いだ。


 だが、所詮はさかりのついた小学生だ。最初の二五メートルは驚異的に早くても、後半でバテて尻切れのタイムになる。波野仁奈のキスに目がくらんだ男たちは、これでもかというほど泳いでは途中で力尽きて溺れかけた。


 そんな中、むくろが飛び込み台に立った。


 笛の音が鳴る。巨体が派手に水を跳ね上げた。サイが飛び込みでもやったみたいだった。


 麗奈は見守りながらひとりごちる。


「でも、あの筋肉だと水泳って感じじゃないな。案外カナヅチかも、むくろ君」


 だが、そんな予想とは裏腹に、むくろは驚異的なスピードでプールを驀進していく。水泳というよりは凶暴な水棲生物が周囲を威嚇しながら泳いでいるようだった。そのまま息切れする事もなく、反対側まで辿り着く。


「二五秒!」


 美少女にしか興味がないはずの近藤が、興奮に目を見開いている。


 驚異的な記録。こんなスピードで五〇メートルを泳ぎきる小学生は絶対にいない。


「もうあなたがオリンピックに出ちゃいなよ」


 麗奈が呆れる。


 屋上が沸く。織井兄弟に逆らってアウェーまっしぐらのはずが、ふいにむくろはクラスの英雄と化した。クラス全員が誰も知らない新種の生物を見つけた気分だった。


 これ以上の競技続行が無駄なのは明らかだった。日本記録に迫るタイムを出したむくろは誰が見ても分かる超人だった。これでは誰も勝てない。

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