第3話 新たに増えた変人ども②
「はぁ、どうしよう...」
部室に、大きなため息が響く。
4月の最終週、珍しく低身長幼なじみ―西園寺 湊が思い悩んだ様子で頭を抱えていた。
「も、もう無理なんじゃない?」
廃部に賛成派の私は湊を諦める方向に誘導する.
しかし、彼に諦めという言葉は通用しないらしい。
そこはさすが、ボクサー、スポーツマンといったところだろうか。
「いや!俺は絶対諦めない!!だってクラスが離れちゃった杏と一緒にいれる貴重な場所だし!」
いや、毎朝会ってるでしょうが。
家だって、歩いて10分もかからない距離にあるんだし。
休みの日だってしょっちゅううちに入り浸ってるくせに、今更こんな放課後の2時間程度で騒がれてもなぁ。
そう思っていると、一人の男子が眼鏡をくいと上げる。
「もうこうなったら、強硬手段だね」
えっと、追い詰められすぎてキャラ変わってるよ…?
この男子はいつもなら本がお友達の超絶陰キャである。
名前は西園寺 大和。
先ほどこの部活を死守すると意気込んでいた湊と双子の兄弟だ。
「きょ、強硬手段って…?」
キャラ変な激しい大和に恐る恐る尋ねると、いつものおどおどした大和に戻りながらも答えてくれた。
「こ、この部活には生徒会長の皇先輩がいるじゃないか…。だ、だから皇先輩に公私混同してもらって…、生徒会に掛け合ってもらうっていう…」
さっきの強気な態度はどこへ―。
ていうか、あなたのキャラ最近ブレブレじゃない?
まるで別人のようにキョドっている。
この部を守るのは絶対だけど、自分の案には自信がないんだね。
そこまでして、彼らが守りたい部活というのは文芸部。
とは言っても、図書室に保管しきれない本の貸し出しをする学校の雑用係のような部活だけれどみんなそれぞれにこの部活に愛着があるらしく部活動の最低人数6人を目指して、勧誘をしているところだ。
ちなみに私は断じて存続を望んではいない。
どちらかと言えばなくなって欲しいとさえ思っている。
「お前なぁ、さっきから聞いてれば人の力勝手に使おうとしてんじゃねぇよ」
大和にそう言い放ったのは、裏では不良な生徒会長―皇 新先輩。
普段の生活では丁寧な口調、優しい微笑み、甘いマスクで女子を魅了しているけれど、裏では、暴言吐きまくりの不良なお人である。
「で、でも皇会長だって、文芸部がなくなったら困るでしょう...?」
大和の問いに、皇会長は手を頭の後ろで組んだ。
「そりゃ、こんなに居心地よくいれるのはここくらいだしな」
「それなら...」
目を輝かせる大和に皇会長は首を振る。
「それとこれとは違うの。なんで今までかけて築き上げてきた信頼と実績を文芸部を守るために崩さなきゃいけないんだよ」
ご、ご最も...。
というか、私はなくなって欲しいわけだから皇会長に出てこられると困るんだよね。
どうやら、やる気はないみたいでよかった。
「悩んでたら腹空かねぇか?はいよ」
そう言ってオムライスの乗った皿を運んできてくれたのは、金髪の高身長男子。
「神楽のオムライスは美味いからな」
「伊織先輩、いただきます!」
みんなさっきまで悩んだり言い合ったりしていたのが嘘のように、神楽先輩の料理に夢中になっている。
よし、私もいただこう!
スプーンで掬って1口、口に運べばとろとろの卵と甘めのケチャプライスが混ざり合う。
本当に、絶品だ。
みんなを魅了する料理人、神楽 伊織先輩は文芸部外だと恐れられていたりする。
その金にも近い茶髪と高身長、鋭い目付きからだ。
その容姿のせいで、喧嘩が強いだの、目を合わせたらやられるだの色んな噂を立てられているけれど本当はその逆。
料理大好き、お裁縫大好きな女子力高め男子。
いい旦那さん候補第1位な感じだ。
「ほ、ほんとに皆さんキャラ変わりすぎじゃないっすか...?」
オムライスを口に運びながら、戸惑いの声を出す茶髪チャラ男系男子―天王寺 悠真くん。
「俺も変わってるか?」
湊の問いに、天王寺くんが首をかしげる。
「そういえば、湊センパイはなんでこの部にいるのかわからないくらいキャラ変わんないっすよね」
天王寺くんが言うと、部員が全員顔を見合わせる。
ぽかんとしているのは、湊と天王寺くんくらいだ。
「湊のキャラが変わるのは…」
「ボクシングの時だよな…」
「あれはもう人間じゃなくて獣だよな」
みんなが口々にそう言うのもお構いなしに、湊はオムライスを頬張っている。
自分の話だって分かってるのかな…。
湊は本当は文芸部なんかに入らずに、プロも所属するボクシングチームに入会するはずだった。
湊はそんな話を突っぱねて、私の後をついてこんな部に…。
「よし、伊織先輩の料理食べたら元気出てきた!呼び込み行ってくる!!」
底なしの体力だなぁ。
部室を出ていく、湊の背中を見送る。
私たち、ほかの部員はやることもないし、半ば諦めムードで最後の時間を思い思いに有意義に過ごすことにした。
と言っても、私には特にやることもないので外を眺める。
「あ、バスケ部だ」
校庭に目を向けると、そこには走り込みの最中のバスケ部がいた。
走り続ける集団の真ん中のあたりに、短い黒髪を見つける。
「樹くん…」
ああ、やっぱり普通っていいなぁ。
彼は、私の意中の人、鳳凰 樹くん。
樹くんは、すべてが普通で標準的。
何のギャップも裏もない。
一緒にいて疲れないし、安心できる。
こんな部活に入らされている私の唯一のオアシスだ。
「はぁ、なんか暑くねー?」
「あぁ、同感です。新センパイ」
そう言って、二人が同時に私のいる窓辺に近づいてくる。
「はい、閉めるぞー」
「閉めまーす」
「ああ、ええ…」
二人はきれいにカーテンを閉めてしまった。
どうして…。
これじゃ全く見えない…。
癒しが…。
「私の癒しを邪魔して楽しいですか」
そう尋ねると、皇会長は首を振る。
「お前は全く関係ない。直射日光のせいで人望厚い皇生徒会長が、熱中症になったらどうするんだ。自意識過剰も大概にしろ」
な、なんてナルシスト…。
騙されている女子たちに録音して聞かせてやりたい。
あなたたちはこんな人を必死に追いかけてるんですよって…。
「あ、オレは杏センパイが窓の外の男を見てるのが嫌だったので閉めに来ました」
な、なぜ...?
すごく淡々とそう言う天王寺くんに頭の上がハテナだらけになる。
えっと、え!?
もしかして天王寺くんも樹くん推し!?
それはそれで話、合いそうだけど...。
「はっ、気づかれてねぇじゃん」
皇会長が天王寺くんをバカにしたように笑う。
もうなんの話してるのかわかんない!!
「でも、伝えてない皇センパイよりはマシっす」
天王寺くんも負けじと言い返す。
いや、だからなんの言い合い!?
2人の間に火花見えるよー!?
なんて困っていると、部室のドアがものすごい音を立てながら開けられた。
「新入部員ゲットだぜー!」
え...??
現れたのは湊だった。
ほ、ほんとに...?
ほんとに新入部員ゲットしてきちゃったの...?
湊の後ろからこそこそと出てくる知らない顔。
「すみませんすみません、こんなボクが来てごめんなさい…」
あー、変人だ。
「で?どうやってそそのかしたの?」
とりあえず席について話を聞くことにする。
「失礼な!そそのかしてなんかないよ!!」
湊が腕を組みながら頬を膨らませる。
その身長で、その仕草をしていたらとてもボクシングをしている人には見えない。
「じゃあ、どうやって...」
「いや〜、普通に呼び込みしてたらさ〜」
大和の問いにここぞとばかりに得意になって湊は話し始めた。
「文芸部ー!文芸部、入りませんかー!」
これまで同様、大声を張り上げて宣伝する湊に自ら近づく人はおらず、すぐそこを歩いていた1年生男子に声をかけたらしい。
「そこの君!文芸部どう?」
湊の問いに、首を傾げる1年生。
この時点で逃げて欲しかった...。
「ぶ、文芸部…ですか…?」
「そう!楽しいし、美味いよ!」
はて、それは文芸部の説明として合っているのだろうか。
活動自体は別に楽しいものじゃないし、美味いに関してはほぼ神楽先輩についての説明だ。
「いやきっとボクが入ったら迷惑に…」
「そんなことはない!どんな人材だって大募集中だ!!」
「で、でも…」
「入ってくれ!頼むぅぅぅぅ!!」
と、1年生の言葉に調子よく答えていたら目に前の1年生は目を輝かせて...。
「えと…じゃあ…は、入ります…?」
と、言ったらしい。
「やっぱ、そそのかしてんじゃん」
神楽先輩の適切なツッコミが入る。
そそのかしてるというより半ば無理やりだよね...。
今からでも断ってくれていいんだけど…。
「とりあえず自己紹介しとけよ」
皇会長の言葉に一年生は、控えめに頷いた。
「一年A組、如月
この人、自分に自信なさすぎない…?
少なからず勧誘してる側が迷惑だなんて思わないと思うけど。
「如月…って、もしかして如月
「え、姉をご存知なんですか?」
皇会長の問いかけに一年生―如月くんは目を見開く。
お姉さんと皇会長が知り合いらしい。
「なるほど、麗さんの弟さんだったんだね」
途端、皇会長の態度が一変する。
いや、急にどうした。
生徒会長モードに入っている。
この部活にそのキャラ持ってくる必要なくないですか?
そしてジャージの半袖短パンにそのキャラ合ってます??
「生徒会ではお世話になってるよ」
なるほど、生徒会関連か...。
それはキャラを壊しちゃいけないわけだ。
弟くんからお姉さんに伝わりかねないもんね。
「え、えと…。すみません…。今日は、ちょっと家の用事があってボクなんかがおこがましいんですけど今日は帰らせていただきたく…」
そう言ってバタバタと帰っていく如月くん。
めっちゃ自己肯定感低くない?
あれはなんぞや...。
「か、彼って何者...?」
ぼそっと声に出すと、皇会長が呆れたようにため息を吐きながら説明してくれる。
「如月家って言ったら、この辺で1、2を争う名家だろ」
「つ、つまり…?」
「クソほど金持ちってこと」
な、なるほど…。
それなのになんであんなに根暗に…。
想像する金持ちとイメージが真逆なんだが…?
ちゃんとしつけられてると言ってもあまりにも…。
「じゃなきゃ、文芸部の1年なんかにあんな態度するか」
ですよねー…。
皇会長がメリットなしにこの態度を変えるわけないか…。
ましてや、この部活内で。
「でも、それにしては自己肯定感低すぎるというか…」
大和の言葉に頷く。
あんなに縮こまってるお金持ち初めて見た。
いや、そんなにお金持ち自体見たことないけど。
「あー、去年までアメリカにいたらしいけど。それが関係あるかはわからん。姉を追いかけて城波に来たらしいけど…。ねじれたシスコンってとこか?」
本人いなくなった途端すごい言い草だな!
でも、帰国子女なんだったらなおさら自信満々な人間が出来上がりそうなのに。
なにかコンプレックスでもあるのかな。
「ま、とりあえずこれで部員は揃ったわけで。廃部は免れたな」
神楽先輩の言葉に1人、肩を落とす。
そうなんだよ…、この部活続くんだね…。
さよなら、新しい生活への期待。
また一緒だね、変人との日々。
結局新入部員にもまともな人はおらず、新たな変人を2人追加することで文芸部は存続するのだった。
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