安価で俺は変わろうと思う

aaa168(スリーエー)

世界は、虹色に輝き始める

「俺にはもう、安価しかない」



一目惚れだった。

入学式。ひと目見て心臓を射抜かれた。

同じクラスだと分かって、心が踊った。


如月きさらぎ 彩乃あやの』。

クラス一……いや、学年一。

そんな美少女。

黒のロングヘア―が似合い、綺麗な肌に端正な顔つき。

その声も。その仕草も、全てに目を奪われた。


頑張って挨拶とかした。

席が隣になった事もあった……全く話しかけられなかったけど。



「――!」



そして今。

あっという間に高校二年生になって――五月、ゴールデンウィークの最中。


偶然、彼女に居合わせた。

駅のホーム。

髪をなびかせ立っている姿は、ほとんどの男を振り向かせる。


最高だ。生きてて良かった。

神様からの贈り物だと思った。

世界がピンク色に染まっている。



「あ、あの! 偶然だね」



衝動のまま、声を掛ける。

後先考えず、その後の話題も考えず。


運命だと思ったから。



「ごめんなさい……貴方、誰?」


「えっ、あ……」



――頭の中で、ガラスが砕け散る音がした。

身体がフリーズし声が出ない。

そして何とか理解する。


俺は、彼女に名前すら認識してもらえていなかった。


一年から。

頑張っていた“つもり”だった。

でも、それは違ったんだ。



「あの……」

「な、何でもないです、すいませんでした――っ」



せめて謝らなくては。

何とかその声を絞り出し、彼女から去る。

一歩一歩踏み出す度に――今になって、己の客観的な評価が出来た。





東町とうまち はじめ』。


顔は中の下。もっと下かもしれない。

中肉中背で黒髪、特徴なんてゼロ。

人と話すのが苦手な、典型的コミュ障。


スタートダッシュに失敗して友達もゼロ。

二年生になっても同様。


教室の中じゃ空気同然。

部活も帰宅部。趣味も特技も何もない。

休日は出掛けず机に座り、掲示板を眺めながらネットサーフィン。



……ああ、実に空虚。



“空っぽ”で“魅力無し”の男。


それが俺なのだ。

そんな事に、今になって気付かされ。



「ふざけんな……チャンスなんてある訳ないだろ――っ」



当然の失恋と共に、その声を吐く。

嫌気が指すほど普通の声。

都合良くイケボなんてこともない。


“こんなの”があの如月さんを好きだって? 声を掛けたって?



……恥ずかしい。

何をやっているんだ俺は。

というか、自分は何なんだ?


何者だよ俺は。

モブ以下のゴミ同然。

如月さんも含めその他、誰にも興味を持たれないのが俺。


決してこの先、光を浴びる事などない。

この先ずっと、影の中で終わる。



「く、そ……」



もう、嫌だ。

何もない自分が嫌だ。

何も出来ない自分が嫌だ。





――変わりたい。





初めて、強く、強くそう思った。


このまま誰にも認知されず、友達も居ないまま終わるなんて。

何もないまま。何もできないまま終わるなんて。



でも、どうすれば?


変わるって何だ?


ああ。もう何も分からない。



だから。




「――俺にはもう、“安価”しかない」




自らの意思ではなく。

その、掲示板の住人の意見に委ねよう。


そう思ったのだ。





《安価》

掲示板において使用されている、返信を意味するアンカー(>>)のネットスラング。


《安価スレ》

スレッドを立てたスレ主が安価を未来のスレッド番号に指定することで、その書き込みの内容を実行して進めていくスレッドのこと。


例:


1:名前:名無しさん

>>2が今晩のカレーの具材

  

2:名前:名無しさん

玉ねぎ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る