第58話 保護機構

 人間は無意識のうちに力をセーブしている。

 それは筋肉や骨の損傷を防ぐために、脳があらかじめリミッターをかけていて、発揮できるパワーに制限が設けられているからだ。

 日常生活では最大80%くらいだとか。


 でも時には100%の力を発揮できる時がある。

 いわゆる火事場の馬鹿力だ。

 火事や地震などの生命の危機に瀕した時にリミッターが解除されるのだ。


 その機構を再現したのが『保護機構プロテクター』だ。

 オートマタの力を最大限発揮しないよう、オートマタを損傷しないよう保護する機構。

 オートマタには必ず備え付けなければならない。

 でなければ、オートマタの損傷を招くどころか力を制御しきれず事故を招く恐れがある。


 その機構を解除する、というのはオートマタにとっては諸刃の剣。

 100%最大限の力を発揮できる代わりに損傷する。

 下手すれば自分の力を制御しきれず完全に破壊――つまりオートマタとしての死を迎えることもあり得る。




『そうすれば成功確率を10%引き上げることはできます』


 自分が死ぬかもしれないという案を淡々と説明するライト。

 オートマタに恐怖のような感情はないだろうけど、聞いた僕からするとあまり良い感情はしない。


 しかも成功確率はたった1割。

 割に合わない。

 ライトが、生存戦略機構をもつオートマタが、出して良い策じゃない。


「そんなの……ダメだよ」


『何故ですか?」


「死んじゃうかもしれないんだろ?」


『マスターの命が危険となる可能性は高いです』


「そうじゃなくて……! ライトが、だよ!」


 そう叫ぶとライトは沈黙する。何かを演算するように腕が微振動している。


「保護機構は君を護るためでもあるんだ。

 ライトの全力を使えば、確かに作戦は成功するかもしれない。でもそれで君が壊れてしまったら……」


『理解不能』


「え……?」


 エラーを吐くようにライトは呟いた。


『ここ数か月、マスターについて学習しました。

 私が造られた目的は『殺人』ですが、マスターと共に生活することで殺人はマスターの本意ではないとしプログラムの微修正を繰り返しました』


「!?」


 え? そうだったの?


『私は最高峰のAIを内蔵していますので』と淡々とした口調で自慢しているけど。


 いや、でも待て。

 エルガスへ帰る途中、殺戮級の機械獣が出現した時、ピーターさんを見殺しにしようとしていなかった?

 それに粘液型の時も。倒せないとわかるや否や野営地を見捨てようとしていたよね。


『あれらは生存戦略機構に基づく行動結果です。

 個体名:タンク・フィラメントの殺害を止められて以降、殺人の提案及び実行をしておりません』


 そうだったのか。確かにタンクさん以降、ライトが攻撃をしたのってオートマタとか機械獣とかだった。

 人間を攻撃しようとしたのは見たことがない。

 そういうのも再学習の結果だったのか。


『それに、あの時はまだ生存の危機になった状態のマスターの考えを学習していませんでしたので。

 学習前のあの時の状態であれば、ケーテン砂漠に入ることも止めていたでしょう』


 今も尚、再学習と修正を繰り返しています、とライトは補足する。

 やっぱりライトは優秀だ。

 マスターに合わせてソフトウェアを柔軟に変更しているだなんて、通常の機械ではできない。

 であれば、だ。


「じゃあどうして理解不能なんだ? 僕のことを学習しているんだよね?」


『学習をしているのはマスターの外的要因に対する反応です。内側の考えや感情、本質的で複雑な気持ちを理解するのは不可能です』


「…………」


『これまでの行動からマスターの優先順位は自分の命よりも命の危機に瀕している人間であると学習しました。

 他者を救うために私を利用しており、生存戦略機構に基づいた私の案を却下しています。

 その結果は学習したマスターの行動基準に沿っています」


「…………」


「ですが、死の確率が80%を超える現状。

 他者を救うための最も確度の高い戦略を提案しましたが、その案も却下します。

 今度はのために』


「…………」


『フェデック製オートマタや機械獣は破壊するため、自分の命よりも機械の方が優先順位は低いと認識しています。

 作戦の却下は理解不能。人間ではなくオートマタを優先する根拠をお聞かせください』


「そんなの決まってるだろ……」


 黙って全部聞いていたけど、わかった。

 やっぱりライトとは相容れない。

 プログラムの微修正を繰り返しても本質的なところは分かり合えないんだ。


 だったらもうこいつには教え続けるしかないんだ。

 僕という人間を。ライトが僕にとって何なのか、ということを。


「ライトがだからだよ」


 もう数か月も寝食を共にしているんだ。

 いつも助けてもらっているし、いつも冷静に話すライトはもう僕にとってはただの機械人形じゃない。

 魂を持った立派な僕の家族なんだ。


 優先順位が僕よりも高いなんて当然に決まっているだろ。

 ライトが死ぬプランなんて実行できるわけがない。家族なんだから。


 ライトの腕が震えた気がした。オートマタだけど、何かを感じ取ったのかもしれない。

 数瞬の沈黙の後、ライトは答えた。


『…………演算を修正します。保護機構を解除しても全力を出力しないように調整します』


 それでいいよ。成功確率がそれで多少下がったとしてももはや誤差だ。

 その範囲で全力を尽くそう。


「保護機構解除!」


『命令を受諾しました』


 その瞬間、僕とライトは宙を飛んだ。

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