第20話 アポロジャイズ

 翌日。

 僕は武器工場フィラメントに一人で来ていた。

 本当はキャリ姉も一緒に行く予定だったんだけど、


「昨日のせいでニコ、寝付けなかったみたいで。でも一緒にいないと泣いちゃうんだ」


 だから悪いけど一人で行ってきて、とのこと。

 まぁ仕方がない。

 も僕ら二人の雰囲気が暗かったからな。

 楽しい会のはずだったのに、ニコちゃんには悪いことをしてしまった。


 あ、あともうひとつ注意しなきゃいけないのがあった。


「ライト」


 僕は右腕に声を掛ける。


『何でしょうか?』


 すぐに手の甲に口が現れた。


「今日、僕はタンクさんに謝りに行く」


『存じております』


「その時にタンクさんが昨日の報復をするかもしれない」


『承知しました。戦闘準備をしておきます』


 また物騒なことを言ってきた。

 

「違う。逆だよ」


『といいますと?』


 僕は右手の甲に顔を近づけた。


「殺さない。何があっても、ね」


『それは不可能です』


「……どうしてだい?」


 僕は苦虫を噛み潰したような表情でそう聞く。


『マスターと私の命が脅かされる場合、その原因を排除することが最も優先度が高いからです。

 その方法は演算の結果に依りますが、私が殺人オートマタであることはお忘れなく』


 つまり僕とライトが死ぬような危機に瀕した場合は相手を殺すこともやむを得ない、ということか。

 なるほど。

 うーん。でも相手はタンクさんだ。殴ってくることはあっても殺すまではしないだろう。


「じゃあなるべく。僕とライトの命がかかっている場合は仕方がないけど、出来るだけ殺さない方向で演算して」


『……………………承知しました。そのようにインプットしておきます』


 わかってくれたようだ。

 僕は安堵の息を吐く。

 とりあえずこれで誰かが死ぬ確率は低くなった。

 もう昨日みたいな事態には陥らないだろう。


「よし!」


 気合を入れる。

 最終確認だ。

 左手にはキャリ姉から貰った謝罪用の菓子折り。右腕は殺さずの命令済みライト。

 タンクさんを見つけたら、すぐに頭を下げて謝罪。


 確認オーケー。

 じゃあ乗り込もう!


 僕は意を決して武器工場フィラメントの敷居を跨いだ。


★★★


「! お前は!?」


 工場に入ったら、すぐにタンクさんは見つかった。

 相変わらず従業員に怒鳴っていたのが聞こえたから、簡単だった。

 機械が鳴り響く工場の中で、よくそれ以上に大きい張り上げた声を出せるな、と感心する。


 タンクさんは昨日のことを覚えているみたいだ。

 僕を見るやいなや、冷や汗を垂らしながら後退り警戒していた。

 その鼻には絆創膏が貼り付けてあった。


「昨日はどうも……」


 僕は愛想笑いを振り撒き、出来るだけ無害を装った。


「はぁ。とりあえずこっち来い」


 警戒は変わらず解かれない。

 だけど、気持ちは伝わったっぽい?

 僕は事務所へ向かうサムエルさんの背中を追いかけた。


★★★


「ほら、茶だ」


「あ、ありがとうございます」


 ガサツにテーブルに置かれたお茶を受け取り、乾いた唇を湿らす。

 その間にタンクさんは僕の向かいのソファにドカッと腰を下ろす。

 真一文字に口を結び、何かを覚悟するかのように目を瞑っていた。


 正直気まずい。

 これからタンクさんにどんな文句を言われるか。

 このまま切り出さなかったら更に激怒するかもしれない。

 僕は唾をゴクッと飲むと、覚悟を決めた。


「あの……タンクさん。昨日は――」


「昨日はすまなかったな」


「……え?」


 被せるように言ったその言葉を僕は一瞬理解できなかった。

 あれ? 今、謝った? 聞き違いだったかな。


「あの。今、なんと?」


「だから昨日はすまなかったなって言ったんだ」


 あ、聞き間違いじゃなかったのか。

 え? でもなんで?

 タンクさんから謝罪してくるなんて、あまりにも意外だ。


「なんだ? 意外か?」


「あ、いえ……」


 見抜かれてしまったみたいだ。

 タンクさんは「はぁ……」と大きな溜息を吐くと、


「俺だってな。悪いことをしたと思ったら謝るよ。

 昨日は酔っていたとはいえ、女相手に手を出そうとした。

 それについては悪いとは思ってるよ」


「僕の方こそ……すみませんでした」


 右腕を握りつつ、僕も頭を下げる。

 それから持ってきた菓子折りをタンクさんに渡した。


「あぁ」と短く頷いてタンクさんは素直に受け取ってくれたのに、僕は安堵する。


「だが」


 その後、すぐにタンクさんは僕に向かって目を光らせた。


「お前らが何かしたっていうのはまだ疑っているがな」


「え!?」


「当然だろう」


「誤解ですよ!」


「あぁ。そうかもな。

 だが客から不良品が頻発したと連絡が来た。

 その直後、俺の工場からお前らのところに客が流れた。

 何かあるかもって思うのが普通だろ」


「そんな……」


 タンクさんが疑っているのは事実はもちろんない。

 昨日、キャリ姉にもそれとなく聞いたけど心当たりがないって言ってたし、僕もそんなことしていない。


 でもこのまま疑われ続けていたら、トランスの業務にも支障が出てしまう。

 なんとかタンクさんの疑いを晴らさないと。

 否定し続けていても埒があかないし、やってない証拠を出すのは難しい。

 なら――。


「……この一ヶ月、何か変わったことはありませんでしたか?」


「あぁ?」


「あ、いえいえ! すみません! なんでもないです」


 焦りのあまり、脈絡がなさ過ぎた。

 不良品が多発した原因を探ろうとしたのだけど。


 僕は飲みたくもないお茶をちびちび飲み、唇を湿らす。

 どうしよう。

 なんでもない、って言ってしまった手前、また切り出すのもタンクさんが怒りそうだ。

 上手く話を持っていかないとだけど……。


「……工場では何もねぇよ。いつも通りだ」


「え?」


 聞き方を考えていると、タンクさんが静かに切り出してくれた。


従業員わかいのが増えたわけでもないし、設備も変えてない。

 毎日点検しているが、設備に不具合が起こったわけでもねぇな」


「…………」


「どうした? そんな意外そうな顔して」


「あ、いや……まさか答えてくれるとは思ってなくて……」


「まぁそうだろうな」


 タンクさんは「はっ」と自嘲気味に薄ら笑いする。


「俺だって本当の意味でお前らを疑いたくないんだよ。

 原因を突き止めてくれるってなら、教えるさ」


「……ありがとうございます」


 これは責任が増したような気がするな……。

 まぁ結局はトランスのためだ。

 乗りかかった船だ。

 これで突き止められなくても、文句は言わないように祈ろう。


「最終確認は……?」


「俺がしてる。梱包する前に一度、箱を開けて確認してるんだ。

 俺が見てる限りは、その時点では不良品なんてのはまず出てこなかった」


 あったとしても絶対見つけるけどな、とタンクさんは目を光らせた。


「お客様が嘘ついているとかは……?」


「いや、それはない。

 不良品があったって頻繁に連絡が来てから、実際に確認しに行ったからな。

 そしたら本当にぶっ壊れてやがった」


「……お客様が壊したとか?」


「疑うのも無理はないが、あいつらは昔からのお得意様だ。

 あいつらが俺を貶めようと壊したなんて疑いたくねぇよ」


「そうですか」


 ってことは不良品になったのはタンクさんの工場から発送された後か。


 だからタンクさんは外部の人がやったんだと思ってるのか。

 そして不良品が多発し売上が下がった矢先に、客足が増えた工房がある。

 確かにトランスが疑われても仕方ない。


 でも何か原因があるはずだ。

 確かにタンクさんの工場が造っているものも精密だけど、そんな簡単に壊れるものじゃない。

 激しくぶつかり合わないと不良品にはならない。


 じゃあ考えられるのは――。


「あぁ。そういや変わったといえば一番でかいのがあるじゃないか」


「!」


 答えが出かかった時に、タンクさんが思い出したように口を開けた。


「なんですか?」


 すると、タンクさんは僕の方を指差して、


「お前だよ」


「僕ですか?」


「あぁ。俺の工場にお前が来なくなった」


「!!」


 やっぱりそうか。僕は思いっきり立ち上がった。


「な、なんだ? 急に立ちやがって……」


「タンクさん。たぶん原因がわかりました」

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