第20話

 ガイが小屋の、部屋の中をドアの隙間から覗き込めば、ミリアとリースが何かを静かに話していたようだった。

それもガイの登場によって、気づいて止まったようだが。

そこは狭い部屋で、ドアを開ければすぐ気づかれるのだ。

「落ち着いたようだな、よかった」

ガイはドアを閉めつつ声をかければ、ミリアは少し気まずそうな表情で、頬を持ち上げてはいた。

ガイはミリアからちょっと目を逸らされたが。


「仕事を押し付け過ぎちまったな。悪かった」

ガイがそうミリアへ言ったのは・・・メレキへの苦言を言ってるんだと思う。

「・・隊長だもん・・・」

ミリアの紅い頬はまだ膨らみ気味のようだが。

「確かにな。でも、あんまり気を張らなくていいよ」

ガイはそう・・・。

「副隊長は俺だからな。」

・・俯いたミリアはまた、頬が膨らんだみたいだったけど。

「なんかあったら頼れよ?・・リースもなんか話したのか?」

「べつに?」

リースは相変わらずマイペースだ。

下手すれば本当に何も話してない可能性もあるが・・・ミリアが落ち着いたならそれでいいか。

「そうか。気晴らしに外出るか」

「・・うん。」

立ち上がるミリアは。

「いろいろチェックしないといけないし」

まだ仕事の事を考えているようなミリアに、ガイは嘆息交じりに苦笑いしてた。

「ま、そうだな。」

リースもミリアを追ってドアの外へ歩いていく。

ガイはその横顔を見て・・・、少しだけ、ほんの僅かな違和感に捉われた・・・。

なんでか、あのとき、リースに任せた方がいいと、それが自然だと思ったみたいだ。

それはなんでだ・・・?と自分でも不思議に思ったが。

そんなに、女の子の心の機微に聡いヤツだとは思わないが、いつも眠そうだし。

・・まあ、逆にマイペースなヤツだから良かったのかもしれないな。

ミリアは落ち着いたんだ、それでいい。

そう納得して、ガイも2人の後を追って外へ出て行った。

外でちょっと、伸びをしていたような、新鮮な空気を深呼吸しようとしているミリアみたいで。

「ああ、ケイジも大丈夫そうだったぞ、」

って、ガイが話しかけると、ミリアがわかりやすいくらいに眉根を寄せて、『あいつ嫌い』って口にしそうなくらいの顔になったのを。

ガイは、苦笑いして首を軽く振るしかなかったが。




 村を歩く3人は、しかし、村の中を数歩も歩かない内に異変に気が付いていた。

村の数人が忙しなく動いているような気がしていた。

歩いていても、前日のようにのんびり過ごす人の姿を見かけない。

ミリアは口を開きかけたが、傍の2人、ガイとリースにかける言葉がすぐに見つからなかった。

余計な不安を煽るかもしれなくて。

そこの、話を切り上げてどこかへ歩き出す男の人がこちらへ気づき、小さな会釈をし、そのまま行ってしまう。

「何かあったみたいだな・・・?・・」

ガイがそう言っていた。

ガイは・・・さっき外から部屋まで戻ってきたときも、その村の様子が目に入っていた、とミリアは思う。

敢えて伝えなかったのは、私への気遣いだったのかもしれない・・・。

わからないけど、ただそれよりも、今は周囲の状況を調べる必要がある。

リースもガイも周囲を見回していた。

Cross Handerらしき人達が10人ほど、村の中をまとまって歩いているのは初めて見た。


ビィーっ・・!と、急に腰の無線機が鳴っていた・・・アシャカに手渡された旧式のやつだ。

「ミリアです。」

ミリアが応答すると。

『緊急だ。村長宅まで来てくれ』

アシャカが短く伝える声は落ち着いていた。

ミリアはガイとリースに目で合図して、マダック村長宅へ向けて駆ける。

村は緊迫し始めていた。


「どうにか困った事になってるらしい」

ミリアたち3人が村長宅に着き、扉を潜った直後にアシャカにかけられた第一声は要領を得なかった。

「何ですか・・?」

ミリアは訝しむ様子で聞き返す。

「130人、この数、どう思う?」

「130人・・?数、としては、えぇと・・軍部では一個中隊規模に当たりますが、・・・戦闘での話ですか?・・えっ・・・!?」

「察しが良くて助かる。貴方が想像したとおり、130人、今回この村を襲撃する人数がわかった。恐らく間違いないだろう。130だ。」

アシャカは村長宅の食卓テーブルに置かれたボードに地図など情報を描き込んでいた。

既にマダック村長や賢き役の人たちが集まって来ていて、Cross Handerのダーナトゥから状況説明を受けていたようだ。

ただ、130人という数、もし、全員がライフルを所持する戦力ならば・・・この村の制圧など1時間も掛からないだろう・・虐殺・・・いや・・・そんな装備を持ってるわけはない。

現実的に考えて・・・。

ないだろうけど――――

「―――そんな・・、そんな大規模な野盗集団ディッグ聞いたことありませんよ・・。そんな大きな集団が手配にもリストにも載らないで・・・、あったとしても大きすぎてすぐ警備に駆逐される・・・はず、・・・連合・・・6集団ぐらいが手を組んだ・・?」

「それなら合点がいく」

アシャカが頷いていた。

本当に、彼らの中では130人という人数が確定している、のか・・・?

「けれど、そんな大規模な・・犯罪、ドームだと大きな事件として取り扱われるレベルかも・・」

なぜ彼らはその数字を投げかけて・・・?いや、それよりも・・その情報、全部が確定しているのか・・・?。

でも・・・補外区に一夜にして、どこからともなく130人のディッグ野盗が現れ村を襲撃するなんて報告、荒唐無稽すぎる。

本部へ報告してもすぐには動かない・・んじゃないか・・・?

証拠提出なしにもし万が一動いたとしても、130の規模と対抗するにはドームからの応援も相応の戦力になってしまうし、準備だけでも時間がかかる。

しかも来なかった場合、『間違えました、ごめんなさい』だけでは済まない。

リリー・スピアーズ管轄内でもディッグ野盗が補外区や管理施設で暴れる事件はあるにはあるが、せいぜい無法者などが徒党を組んだ十数名ぐらいで、大抵は逮捕もしくは無力化されましたというニュースを終わってから聞くくらいだ。

「事件か、・・俺たちにはこれから起こる悪夢になるともしれんがな」

・・ディッグの問題は、抜本的な解決ができていない問題でもある。

誰でも補外区で何の援助もなく生きるのは無理だ。

だから、ディッグは放棄された遺跡を根城にしたり、何かしらの物資調達ルートを持って生活しているのが普通だ。

リリー・スピアーズの補外区ではあまり聞かないが、他ドーム管轄の補外区では村単位による物資横流しなどの例も聞く。

治安が悪い地域では頻繁に戦闘も起きているようだ。

でも、今回の件をその線で疑うには突拍子が無いとは思う・・・思うけど・・。

「・・・」

「すまん、今のは忘れてくれ。それでだ、その人数に対して、こちらも一応の手を打つつもりだ。Cross Handerの戦闘員は40。少なすぎる。よって、村での若者、戦える者を駆り出すことにした。」

「民間人を・・?」

「・・ああ、ドームでは考え方が違うのだったな。そんなものの区別はつけられない。ここはこういう土地だ。」

緊急事態か・・・戦える者が戦わないわけにはいかない。

「・・はい、」

そもそも、Cross Handerという集団も傭兵の位置づけになるのだろうが、民間団体とはすれすれの存在か。

戦える者が意志を示す、ここではそれが戦闘員と非戦闘員の区別になる、と理解した方が良いか。

「言い方が悪かった。他意は無い。民間人という言葉、ドームから来る連中が時々口にする言葉だからな、気になったんだ。話を戻そう。」

アシャカは一度深く呼吸をした・・・。

「村の方から銃を撃てる者を駆り出す事で、戦闘員は80人程度にはなる。ただ、そいつらは射撃の練習をした事があるというだけで、そのうち射撃戦を経験した者に限ると・・30程度には落ちるがな。これをどう思う」

「・・練習は、定期的に行っているんですか?」

「半年に3回程度、蓄えが余分になったものを使う」

定期的にドームから補給を受けているので、余分な物資を調整しているのだろう。

訓練量は足りなさすぎる、が、ライフルなら狙いをつけて撃てて、標的に当てられるなら問題はない。

身体の一部に弾丸が1発当たりさえすれば、人間は無力化できる。

ただ、緊迫した実戦・状況で平常通りに当てられるかが問題である。

訓練で克服すべきことがきっと足りていないだろう。

この時点で私たちが敵より優れているのは、防衛拠点を整えているということだけか・・・。

「・・重要地点、適所に人員を配置すれば、撃退もしくは防衛戦は可能だと思います。」

あくまで希望的観測の入った模範解答であると、自分でも思う。

「イメージはもう既にできているようだな・・・」

「だ、大丈夫なのか?」

マダック村長が尋ねてきた・・不安が付きまとうのはいつだって誰だって同じか。

「マディ、わかっている。では、具体的な話をしていこう。人員の配置を詰めていこうか、なぁ、ダーナ」

「・・今回、彼女の意見も聞いていこう」

ダーナトゥがミリアへ送る目線を受けて、反射的に頷きかけるミリアは・・・微かな疑問が浮かぶ。

「はっは、言っておくが拗ねるなよ、お前はCross Handerのナンバーワンに次ぐ、ナンバーツーなんだからな」

ダーナトゥをなぜかフォローしてるらしいアシャカに、めんどくさい、とでも言いたげなダーナトゥは目を瞑ってた。

「一つ、聞いていいですか?」

「なんだ、ミリア殿」

「同じ質問を繰り返しますが、130という情報元の開示をする気はありませんか?」

「・・すまないな。言えないのだ。ミリア殿。貴方方には悪いと思ってはいる。」

「・・わかりました。ですが、我々ができる範囲を先に伝えおきます。1つ、本部にはこの状況を伝えておきます。きっと彼らは信頼のおけない情報に踊らされないでしょう。1つ、現場にいる我々は作戦への助言はできます。ですが、戦闘への参加に義務はありません。戦闘が始まってから、本部からの命令が下れば別ですが。あ、もう一つ、武器の供与などもできません。この3つです。」

「ふ、頼む。貴方らは正直者で助かる。それで、俺も率直に聞こう。村には留まっていてくれるか?」

留まることのメリットは、私たちにはほぼ無い、恩返しをするなどそのつもりならまた別の次元の話になる。

それで推測できる彼らにとってのメリットは、私たちを巻き込めること、ドームからの応援も速くなることを踏まえている。

デメリットは、当然、全滅の可能性があることだ。

敵の戦力の詳細は不明、人数は強大、この2つの情報だけなら距離を取って撤退すべきだと、軍の教官なら教えるだろう。

「・・・状況は見ます。状況は見ますが、私がどこかのタイミングで本部への報告を終えた後、戦闘のために留まる義務は無くなると思っていてください。」

「了解した」

「それはちょっと、」

賢き役のだれか、声を漏らしていた。

「いやしかし、わかってはいるんだが、わかっては・・若い子たちを、村に関係のない人たちを巻き込むのは、よくないとは・・・」

彼は、傍の人にたしなめられていた・・・たしなめる同じ賢き役の彼女も、彼と同じような表情をしていた。

『俺らは生き残るのに必死なんだ。』

そう、大きな声、堂々とした部屋の中いっぱいに放たれたようなアシャカの声。

ミリアの傍で、アシャカはそう笑っていた・・。

だから、ミリアは息を吸った。

「そうですね。」

アシャカを見つめ返して。

「よぉし、話はまとまった!さて、こちらも準備を整え次第、迎撃する!その手筈を相談するとしようぜ!ブルーレイクは簡単には落とさせやしねぇ!昔からもだ!これからもだ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る