第13話

 「おはようございます」

突然声をかけられて、ケイジ達4人が顔を上げた。

傍に近寄って来て目の前に立ったのは、こげ茶色の砂に汚れたローブを纏ってフードを被った小さな背格好、ミリアよりもちょっと小さく見える。

フードの奥のその少女の顔にケイジは見覚えがあった。

「昨日は、どうもです。」

控えめにだけど、気丈な声を出したような挨拶だった。

昨日、この村に着いてすぐに、最初にケイジが話したあの少女だ。

「ああ、あの時はありがとな。」

村の入り口を教えてくれたのを覚えている。

少女がフードを脱ぐと、癖毛の黒い髪と黒い瞳が現れる。

年はここにいる誰よりも若いだろう、浅黒い褐色の肌に、輝く瞳をみんなに向ける。

「いいえ、こちらこそ。わざわざドームから来てもらったんですよね?私たちの方が感謝してます。」

健康的で利発そうな彼女の顔立ちは、今初めてちゃんと見れたが、美少女と言えるかもしれない。

あどけなさが残る可愛さの、でもどこかしっかりした印象のある少女は、後ろで纏めた髪の毛を肩に流して、長い睫毛が数度瞬いて、動く黒い瞳が強い好奇心を見せるように4人を見回していた。

それから、肩をちょっと竦めるような仕草が可愛らしかった。

「あの、私はメレキって言います。」

「ん、ああメレキか。よろしく・・・」

「名前、」

って、ミリアにわき腹を小突かれてケイジが思い出したように口を開いた。

「・・俺はケイジ。そっから・・」

「ミリアです」

「ガイだ」

ケイジが紹介する前に先に自己紹介してた2人と。

「・・リース・・です」

リースが、気持ち悪そうで真っ青だが、頑張ったようだ。

「リース・・・?」

「リースがどうした?」

リースで視線を止めたメレキの反応が、ケイジは少し気になったが。

「リースさんですか、朝でもちゃんとスカーフとかしないと、太陽から守らないとお肌すぐに焼けちゃいますよ?真っ白いお肌なら尚更です。」

「ん、朝?会ったのか?」

「会ったというより、見かけたんです。太陽が凄く当たってるのに歩いてたから、なんだろって思ったんですけど」

「お前も無茶するな」

「無茶でもないと思ってたんだけど、帽子被ってたし・・けど、後から来るね」

「お前バカだな」

「はっはっは、日焼け止めはちゃんと塗っとけよ。」

ケイジにガイが笑ってる。

「補外区で過ごすのはほとんど初めてでしょ?気をつけなよ」

ミリアに注意されるリースだ。

「お前、舐めてたんだろ」

「・・そう、かな・・・?」

「そうだろ」

「・・そっか。」

当たり前だと言わんばかりのケイジに、まだ静かなリースは納得したようだ。

そんな様子を見てたミリアは、その少女の方に振り返った。

「メレキさん?ちょっとお話聞いてもいいですか?」

ミリアに呼びかけられたメレキは笑っていたが、不思議そうに瞬いた。

「昨日着いたばかりで、村長さん達から簡単なお話は聞いたんですけど。もう少し現状を詳しく調査しようと思いまして。簡単な質問させてもらってよろしいですか?」

「はい、いいですよ。」

「まず、村を襲うディッグ、強盗集団。たびたびここへ来るんですか?」

「はい。・・と言っても半年に、家畜の泥棒が来るか来ないかくらいですけど」

「ここの護衛の方々が充分に対処されてました?」

「タイショ・・・?・・」

「あぁ、えっと、村を守っている人たちが、ちゃんと・・してて、みなさん問題なく?」

「はい、村に入れないで帰っちゃいます。」

「しっかりしているんですね。では今回の様に、襲撃が前もって分かる事って良くある事なんですか?」

「えっと・・、分かる時もあるけど、分からない時も、その、あります」

「ふーん・・?・・・それについて、どうして事前に分かるか、知ってます?」

「いえ・・、よくわかりません」

「そうですか・・。えぇと、アシャカさんが、言い出すと言った感じで?」

「アシャカさん、ですか?」

「そうです」

「はい・・、アシャカさんが、です。」

「ふーん・・」

「なんか尋問みたいになってないか?」

「え、そう?」

ケイジに言われてミリアは瞬いたけど。

「ジンモン・・・?」

意味が分かってないようなメレキが瞬いている。

ケイジは茶化してきたのかもしれないけど。

「えと、ありがとうございました、もう少し自分たちでも調べますけど、参考にさせて頂きますね」

「はい。」

「なんかすっきりしないんだよな、」

不意にケイジが横から口を挟んできた。

「何が?」

ミリアも振り返るけど。

「その、アー・・サカ?」

「アシャカさんね」

「そう、アシャカ。信用できるのか?」

ケイジは、ミリアにではなく、メレキに向かって言っていた。

・・ふむ、とミリアもメレキを見ている。

ガイも、リースも、4人の視線をメレキが一身に受けることになったが。

「ア、アシャカさんは立派なリーダーです。まだ、正式には違いますけど。私達がみんな信頼してるリーダーです」

「・・あー」

少し、わかったような声を上げるミリアだ。

「あなた警護団の方?」

「はい、そうです」

「あら・・、ごめんね、無神経な事言ったかな?ケイジもね、ごめんね。」

「何で俺だ?」

「言ったでしょ、信用できるのかとか」

「当然の事を聞いただけだろ」

「いいんです、言うとおり当然の質問ですから。」

「そう・・?」

メレキがケイジをフォローしたのは、ミリアもちょっと瞬いたけど。

それよりも、アシャカは警護に当たっている傭兵団のリーダーと言っていたし、ミリアもその認識でいた。

だけど、その傭兵団にはこんな小さな少女もいるということになる。

それはつまり、護衛集団のCross Handerについて、自分が持っているイメージと食い違いが生まれている可能性がある。

「根本的に勘違いをしてたみたい、あなた達の事聞かせてもらってもいいかな?」

「はい」

「あなた達のこと、大まかにでもいいから、とりあえず教えてほしいの。Cross Handerってどういう人たち?」

「はい、・・護衛団、私達の、Cross Handerはこの村の護衛をしてます、大人たちが。それに男の人が戦いに出ます。女の人と子供もたくさんいて、ここの村の人達と一緒に住んでます。・・・他は、えっと・・ずっと昔っかららしいです、」

「えーと、なるほど。質問いい?」

「はい」

「Cross Handerは護衛団と言っても、血縁の、家族で出来ている集団だと?」

「ケツ・・?」

「家族みたいな、」

「あ、はい。お父さんも戦士です。」

「そして、村の人達と一緒に、親しく付き合ってる?」

「親しく・・っていうと、」

「そうね・・、一緒に遊んだり、近所づきあいみたいな?子供たちの友達いっぱいいる?」

「はい、一緒に遊んだりしてますよ・・?」

「だよね。・・・じゃずっと、ここに住んでるんだ」

「はい、生まれた時からこの村に住んでます。・・もう何十年も移動はしてないって聞いてるし・・」

「そっか、なるほどねぇ」

ミリアは何度か頷きながら、メレキがちょっと唇を尖らすのを見つめていた。


なるほど、お金で雇われた傭兵団と雇い主の村、という関係を私はイメージしていたけれど、それが少し違うようだ。

彼らは長年一緒に住んでいて、村人同然に暮らしている。

そして、村中での分業システムが出来上がっている。

ブルーレイクの村人は村の維持や発展を、Cross Handerはその仲間として警護を全面的に任されていると。

もちろん、お互いを手伝うこともあるだろうが、どちらにしろきっとお互いが厚い信頼関係を築いている。

だとすると、リリー・スピアーズの関係機関もその辺の事情は把握しているのだろうか・・・?

だとしたら、今回の私たちの逗留とうりゅう命令もそれに関係するんだろうか・・・?証拠が無いなら、ただの思い付きになるけれど。


ふむふむと、ミリアは何度か1人頷いて頭の中を整理していた。

「メレキちゃんは今何をしてたんだ?」

ガイがメレキに聞いていた。

「私は・・」

「メレキ姉ちゃあぁん!」

って、すごい大きな元気な声を、出しながら小さい男の子と女の子たちが走ってきた、4人くらい。

「ディェテメレキ!」

「エサあげたら遊んでくれるって言ったじゃんっ!」

とてもとても、威勢のいい。

「あ、ごめんね、ちょっとお話してたから・・」

メレキは子供たちに慕われているようだ。

それに、子供たちの格好、確かに村の子やCross Handerの子っぽい、メレキが言った通り、みんな仲良しみたいだ。

彼らはみんな家畜のお世話でも手伝ってたみたいだ。

ふと、ミリアは少し離れた場所でこっちを見てる子たちの1人と目が合った。

ローブを目深まぶかに被った、たぶん女の子、顔は陰に隠れ気味だがメレキと同じくらいの子か、こっちを見てたけど・・・少し遠慮気味なのは、警戒してるのかもしれない。

まあ、あの子たちのような反応が普通なんだろう、よそ者を警戒するのは当然だから。

目の前のメレキたちは活発でいて、子供ながらに勇気のある子たちなのかもしれない。

と、傍でこっちを見てる小さな子の爛々らんらんとした瞳と目が合った。

「だーれ?」

嬉々として話しかけてきた。

うん、やっぱり勇気と言うよりは、よくわかってないだけかもしれないな。

「しってる!そとからきたんだろ!?」

「おそと?あぶないよ?」

「でもおそとからきたんだよ!?」

「ふーん」

「うちゅーじん、」

「どーむ、どーむ」

「どー、むーじん?」

「ちょっと違うかな、」

ミリアは苦笑いだけど。

「おなまえ、なんてぇの?」

「えっとね、ケイジさん、ミリアさん、ガイさん、リースさん」

「ふーん」

「みんな仲良くしてあげてね」

『はーいー』

「あい、」

「いかないの?」

「ディェテメレヒっ!」

「あそぼー、」

「そうだね、えっと・・」

「あ、ありがとう。色々聞けて助かりました。遊んで来てね、」

「いいえ、皆さんよろしくお願いします。」

「じゃね、ミリアちゃん、と・・・」

「ばいばい~」

「・・・?」

「みんな、ばいばい~」

「ばいばいーみらあちゃん、と・・、・・・」

「ディェテギュナナ リアコンテ・・・・」

「ンン?ヘプリコルン?」

メレキちゃんは小さい子たちと民族語で話してる。

やっぱり、彼女も共通語を普段使ってはいるけれど、バイリンガル2言語話者のようだ。

「っん-、ディェテギュナナ リュコニコ・・・っ・・」

「ばん、ばん、ばん、ばんっ・・!」

男の子が元気な、鉄砲のマネだろうか、こっちに向かって撃って来てたけど。

瞬くミリアとケイジと、笑ってるガイと、青い顔をしているリースで。

そのまま、メレキちゃんは子供たちに引っ張られていった。

苦笑い気味に微笑みを保っていたミリアが、見送るまま、不思議そうに言う。

「なんで私だけ?」

名前を呼ばれたのが不思議だったらしい。

「子供の親近感が湧いたんじゃねぇ?」

ケイジが言って寄越してた。

「・・好かれやすいって事ね・・・、」

無理やり都合よく解釈しといたミリアだけど。

「ふむ・・・」

少し思案にふけるようなミリアは。

「ガイ、何で笑ってるのよ」

って、見つけたガイの笑顔は看過できなかった。

「いや、子供は微笑ましいなって思ってな」

「誰?子供って、誰のこと?」

「・・あいつらだよ。被害妄想は良くないぞ」

「・・・」

珍しく大人しく口を閉じたミリアだけど。

文句は言いたそうな顔だけど、そんな2人を他所に離れてたリースが壁に手をついてて、寄り掛かったままぴくりとも動かないのに気付いた。

「おい、リースお前寝るなや」

見つけたケイジの言葉にぴくっと反応して、細めた目のまま顔を上げる。

「ん・・、ん、・・おはよう」

「え、寝てたの?」

「いつから寝てたんだ、たく」

「・・さぁ」

「聞いてねえっつうの」

「気持ち悪いんじゃないの?」

「こっちのが気持ちいい・・」

「ほんとに大丈夫?」

「ただの寝不足じゃないのか?」

「・・あぁ・・・」

「補外区ってこんな症状出るケースあるっけ?」

「聞いたことはあるが、原因はわからん。」

「あとでリプクマに連絡にしとくか、対処法を一応聞く、」

「そうだな。」

「人が多いと寝れないタイプだぞ、こいつ」

って、ケイジが言ってた。

「・・え、そうなの?」

一瞬止まったミリアが瞬いてたけど。

「昨日寝てないのか?」

「少し寝た・・。もう、行くの?」

「そうね、もう少し回ってみようか。動ける?」

「うん、」

「ういす、隊長」

「あとで寝れるよう考えようか」

「今日は全力で寝るから、大丈夫」

「どう寝るの」

「・・・・。」

「なんか言えよ。」

「次どこ行くんだ?」

「あっちの方かな」

「ケイジ、リースの手を引っ張っといて」

「なんで俺が・・・」

「あれ、ネコがいるぞ」

「へぇ、ネコ?ペットかな?」

「聞けよ、」

そんな風に誰ともなく歩き出す4人は、家屋の隙間で丸くなってこっちを見てるネコにふらりと足を向けて、ちょっとコミュニケーションを取るついでに、村の中をまた散策し始めていた。


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