第10話


 みんなのお腹が満足して、料理を食べる手よりも口を動かす方が多くなってきた頃。

マダック村長が満足げな酒の息を大きく吐いて、思い出したように言ってきた。

「そうそう、後でCross Handerの方に行ってもらえませんか。何か用があるとかで」

ミリアはすでにお腹いっぱいで、ちょっと苦しさもあるけれども。

「Cross Handerですか・・?わかりました」

たしか、さっきあいさつに来た場にいた浅黒く大きな体格の2人、ダーナトゥさんとアシャカさんが名乗っていた名前だ。

彼らの集団がこのブルーレイクの警護をしているらしい。

食べたばかりでのんびりしたい所だけど、まあ、これも仕事だ、仕方ない。

ちょっと動けば、お腹が思ったよりもいっぱいだけど。

「おそらく警護の話でしょう。行く時にお供の者をつけます。よろしくお願いします。」

「はい」

見渡せば、和やかな雰囲気のおしゃべり会になっている中、お腹いっぱいでだらけているケイジがそこにいる。

「じゃあ、行きましょうか。」

ミリアはとりあえず見なかったことにして席を立ち上がってた。

「こふっ・・」

ケイジの口から何か聞こえた気がした。


「美味しかったです。ありがとうございました。」

「こちらこそ持て成せて良かったですよ。久しぶりのお客さんとの食事でしたから、」

「スパイスのソースのステーキは最高でしたよ、はっはっは、」

ガイが機嫌よく笑ってるのはお酒の影響もあると思うけど。

みんなでお礼を言って席を立つ頃に、村長宅まで案内してくれた若い女性が再び先を歩いてくれている。

夜が真っ暗な村では家屋の軒先にランプが弱々しく灯されている所もあり、その灯りのお陰で暗闇でも向かうべき所はわかるけれど、近くの建物しか見えないので頭の中に村の地図が入ってなければすぐ迷ってしまうだろう。

ミリアたちには初めての場所でも、先を歩く彼女の背中は見失う事が無かった。

ガイたちが運んで来ていたライフルを肩に提げて、ミリアはできるだけ周りに夜目を凝らして歩いていたけど。

そして、彼女の案内で辿り着いたのは、巨大なテントの前だった。

見上げるミリアの身長の7、8倍はあるように見えるくらい大きい。

村の敷地内と外の砂漠の境界付近にあった巨大なテントの、複数あった内の1つだろう。

こんな目立つ外見のものはわかりやすい。

昼間見た姿よりも怪しげな雰囲気がするのは、近くで見るとツギハギの外見になにか記号とか紋章のようなものが描かれているからか。

信仰的な意味があると思うが、村の家屋の壁などには見たことがない。

恐らくテントの周囲にあるだけみたいだ。

夜深い現在は明かりにぼんやりと浮かび上がる姿に、たくさんの人の声や気配がしている。

目の前の大型テントをよく観察すれば、目隠しなどの灯りが遠くまで漏れないような工夫もしているようだ。

また、テントと言っても軍部が使うような既製品ではなく、ありあわせの大きな布などで作られた巨大なツギハギのもので、すぐに畳めるものではなく長く居住しているもののようだ。

「ちょっと待ってくださいね」

そう案内してくれた女性がミリア達に言い残し、開きっぱなしの布の出入り口からテントの中へ入っていった。


 誰でも入れるような開きっぱなしの入り口からテントの中を覗けば、なんだか期待していた通りのエスニック民族特有な様相が広がっている。

巨大なテントの広い空間、その中央には火が焚かれていて、それを囲むようにローブを纏った人たちがそれぞれの時間を過ごしている。

話をしていたり食事をしていたり、子供がおもちゃを持って遊んでいたり、離れた場所で寝転がっている人がいたり。

それは、のんびりとしたくつろぎの空間という感じで。

エスニック民族特有な珍しい形の何かや、金属製のよく分からない物などもその辺に置かれているが、恐らく生活用品か日常のものなのだろう。

夜の外気が少し寒くなってきたのを感じて、ミリアは中に入って数歩進んでみれば冷気はさほど感じなくなった。

その辺に転がっている道具も、使い道のわからない、得体の知れないオブジェではないんだろう。

・・砂漠を駆ける遊牧民族、というイメージが頭に滑り込んでくる。

この光景は、先ほど見ていた村長の家や木造りの家たちとは全く異なる文化の物だ。

少なくともそれらが混ざり合っているテント様式のようだ。

彼らが持つ意匠も細かな文様がそれを物語っている。

糸と布を使った伝統的な手作りのオブジェか、木を削ったお守りか、エスニックとはかけ離れた適度に壊れかけた機械の残骸とがごっちゃになった光景は何とも不思議で奇妙な感じがする。

人のローブの下に見える服装は、村で見かける人たちと似たようなものだが、身に着けている装飾品はおもむきが違うようだ。

浅黒く焼けた肌の人も多い。

ローブの人らが座る傍らに、小さな子供が焚き火が揺れる灯りの中で身体を揺らしてて、その内の1人が煌く丸い瞳をこちらに向けていた。

――――少し、ミリアもその子を見つめていた。

その時、大きな体躯の人物がその子供の横を通った。

灯りの影になるほど大きな身体の男性だ、こちらに近づいてきていた。

ミリアが彼の姿を捉えた時に、その後ろに先ほど案内してくれたお姉さんも見つけた。

「よぉ、来てもらったな」

アシャカさんだ、灯りの加減で顔つきが違った印象だが、先ほど会ったし自分たちを呼び出した本人だ。

Cross Handerのボス、ということは、アシャカさんはこの辺りの人たちのボスなのだろうか。

「こいつらが、助勢に来てくれた人間たちだ!顔を覚えておけよ!」

って、後ろへ急にテントの中に大声でミリア達を紹介していた。

ちょっと吃驚したミリアたちはぴくっと背筋を正して、瞬いてたけど。

「ここにいる奴らが全員ではないんだがな、言っておいたからすぐ馴染むだろう」

テント内の彼らは、こちらをじっと見ている。

こちらを、じっと・・品定めしているような。

アシャカさんは私たちへの顔見せのつもりか、こんなに大々的に紹介しなくてもいい気がするんだけれど。

このままだとなんだか、アシャカさんの強引なペースに引きずられそうだ。

「御用があると聞きましたが?」

「うむ?ああ。無線機を渡しておこうと思ってな。おい、使ってない無線機あるか?」

そこにいた青年が、立ち上がってちょっと走ってどこかへ行く。

「用がある時はそれで呼び出す。そちらが用があるならそれを使ってくれ」

「はい。」

ミリアはアシャカさんに返事をし。

「警戒のためですか?」

「ああ、そうだ。」

――――これだ。

また、感じる。

彼らは、何かが起こることを確信しているような行動をしている。

それが違和感を感じるのだ、私にとって―――――

次の質問を口にする前に、ミリアは周囲の彼らを見る、女性や子供たちもいる光景を。

信じたわけじゃないけれど、ここで口にして不安にさせて良いものかを迷う・・・。

と、先ほどの青年がその手に無線機を持って歩いてきてくれたようだ。

仏頂面のようだけど、彼らはただ表情があまり動かない人たちなのかもしれない。

私たちがライフルを担いでいるので、それを警戒しているのかもしれないし。

ミリアは差し出された手の平サイズの黒い機器を受け取る。

彼の背中をふと見れば、彼が戻って行く場所には自動小銃が置かれていたのに気が付いた。

「それを使う。常に持っていてくれ。」

アシャカさんに言われて、意識を無線機にまた戻す。

最新鋭のものではないのは当然として、重さがあるし古い骨とう品に見えるが、軍用として使えそうなタイプみたいで耐久性は高そうだ。

まあ、古くても使えないなんてことはないだろう。

「チャンネルはそのままでいい。」

暗くてよく見えないが、一応、無線機のスイッチをくるくる回して動くかは確認しておく。

これがONのボタンか。

「どこに繋がってるんですか?」

ミリアがマイク越しに声を出せば、アシュカさんが耳元に手を当てて。

『俺に繋がっている』

手元のスピーカーからも返事が返ってきた。

『マダックの奴に歓迎されたそうだな。そいつは腹がいっぱいで倒れそうって顔だ。だはっはっは』

って、ケイジを見て強面の顔が屈託なく笑ってるのも、スピーカーみたいに拡声されてうるさいから、ミリアはつまみを回して音量を調節した。

「こちらからも1つ。」

ミリアは無線機を切った。

「先ほど、村長宅で話した内容で本部へ報告しました。我々は現在、待機状態です。次の命令が下るのはいつになるかわかりませんが。あ、マダックさんにも伝えるべきなんでしょうが、先ほど伝え忘れてしまいました。」

「わかった。こちらから伝えておく。」

「はい。」

彼らに伝えることはこれくらいだろう。

あとはこの村で待機していて、本部から命令がくるか、もしくは彼らが言うように『何か』が起きるのを待つか・・・。

・・・『何か』、とはなんだろう・・。

「すんなりと話を通してくれて、ありがとうな。」

そう、アシャカさんの声音が屈託ない。

「はい・・。・・・?」

ミリアの表情を見ていて、・・アシャカはまた口を開いた。

「あんたたちは『枯れた商人』じゃあないようだ。」

枯れた・・?・・商人・・お金とか物とかの話なら、たぶん賄賂とかそういう類の話だろう。

彼ら独特の言い回しなのかもしれないし、けなしているわけではないようだ。

「規定に従っているまでです。」

「それがありがたい。はっっはっは」

彼は、屈託なく笑っていた。

「・・・」

―――感謝されるようなことは・・・うん、まあ、してるのかな・・・。

確かに、客観的に見れば甘い対応をしているかもしれない。

あのまま帰ってもよかったのに、結局ここで待つことにしたんだし。

ケイジ風に言うなら、『めんどくせぇ』ってことをやっているのだ、私たちは。


「今日は暗いな、月が霞んでいるんだな。ジョッサ、ちゃんと送り届けてやってくれよ」

「わかってますよ」

アシャカさんが外を覗くようにテントの外へ出て行く。

案内をしてくれたお姉さんはジョッサと言うらしかった。

踵を返すミリアは・・彼らから目を切るその前に、思い出したことがあった。

彼らの姿はそういえば、あの青年の姿に重なる。

昼間ここに来たばかりの時に、入り口付近で出会ったあの若者たちだ。

「あ、」

ミリアは向き直って彼を、アシャカさんを見上げていた。

「『コァン、テァルナァ』ってなんですか?」

あのときの青年が言ってた言葉だ。

彼はケイジを見て、驚いた顔でそう言った。

「こぁん?それをどこで?」

「昼間に・・少年から聞いて。聞き間違いかもしれないんですが、」

「少年か・・。・・『コァン・テャルノ』は、まじないみたいなものだよ。この村に、いや、俺らに伝わるまじないのことだ」

まじない・・祈りの言葉、伝承などの類だろうか。

そういった文化を受け継いでいそうではある、彼らの暮らしぶりや様子を見ていると、なんとなく納得できる。

「どういう意味なんですか?」

「・・・訳すなら・・『精霊を、宿す』、ということだ。」

精霊・・?・・ふむ。

「なるほど。」

ミリアは頷いて歩き出す。

精霊・・・。

・・精霊ねぇ・・・――――――


―――――コァン・・・」

アシャカが彼らの後ろ姿を、ミリア達を見送っている・・・。

その目は暗がりに、微かに細められたが・・それもなにかを想うものなのか・・・。

彼は踵を反し、大テントの奥へ潜っていった。

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