第102話 二つの家族が一つになって食事をするのは久し振りだ。
お隣さんになった記念ということで、今夜は藤崎家と瀬川家で夕食ということになった。
こうやって二つの家族が一つになって食事をするのは、随分と久し振りだ。主に俺のせいで、この団らんはなくなってしまっていたのである。
「はい、ろーくん。あーん」
「あ、あーん……」
という訳で始まった食事で、俺は早速縮こまることになった。
由佳がこうやって俺に食べさせてくれるのは、珍しいことではない。しかし、これを両親に見られるというのはなんとも恥ずかしいことだった。
由佳の両親に見られるだけでも気が引けた。だが自分の両親となるともっと厳しかった。なんだか二人とも微妙な顔をしているし、俺はどういう顔をしていればいいのだろうか。
「今の若い子って、こんな感じなの?」
「いや、それはわからないけど……」
俺の両親は、小声でそのような会話を交わしていた。
父さんと母さんは、仲が良い方だと俺は思っている。しかし、先程の俺達のようなことはまずしない。だから、これを若い子特有だと思っているのだろう。
「あなた、あーん」
「え? あ、あーん……いや、なんというか流石に恥ずかしいね?」
「え? そう?」
だが、由佳の両親は割といつもこんな感じである。そのためこれは年代が関係がある訳ではなく人に寄るのだろう。いや、それとも由佳達一家が特別なのだろうか。
「……私達もする?」
「いや、それは……」
そんな瀬川一家の様子に当てられたのか、母さんと父さんはそのような会話をし始めた。
息子の前でそういう会話をするのは正直やめて欲しい。いよいよ本当に、どういう顔をするべきかわからなくなってくるから。
「そ、それにしたって由佳ちゃんは料理が上手だね」
「……確かにそうね?」
そこで父さんは、強引に話題を変えた。母さんもそれに乗ったので、やはり二人にとってそれは流石に恥ずかしかったようだ。
その話題の転換は、俺にとっても嬉しいものだった。このままこの気まずい空気が続いていたら、どうしようかと思っていた所である。
「あ、ありがとうございます」
「ふふ、この子ったらろーくんのために料理を教えて欲しいって私に言ったんですよ?」
「え? そうなんですか?」
由佳のお母さんの言葉に、母さんはすごく驚いた顔でこっちを見てきた。
そしてその後、母さんは笑う。なんというか、嬉しそうな笑みだ。そういう笑みもやめて欲しい。なんだか恥ずかしくなってくるし。
「ろーくんにお弁当を作ったりもしていて……ふふ、本当にろーくんに料理を食べてもらいたくて仕方ないみたいなんです」
「弁当? それは初耳ですね……九郎? あなた、由佳ちゃんにお弁当作ってもらっているの?」
「え? まあ、時々作ってもらったりはしているが……」
「時々?」
俺の説明に、母さんは怪訝そうな視線を向けてきた。
それはつまり、俺に何か落ち度があるということだろうか。しかし別にお弁当を作ってもらうくらいいい気がするのだが。
いやもしかして、お弁当を作ってもらっていることで昼食代が浮いていることに怒っているとかだろうか。だが時々なのだから、許してもらいたい。というか、それなら浮いた昼食代は別に返してもいいのだが。
「ろーくん、大変だしお金のこともあるからって、時々しか作らせてくれないんです。私は毎日でもいいんですけど……」
「なるほどね……はあ……」
母さんは、俺に向かって大きくため息をついた。
その呆れたというような顔に、俺は混乱してしまう。俺が由佳の言ったことのどこに呆れる要素があるのだろうか。
「由佳ちゃん、悪いんだけどね。しばらくの間、九郎のお弁当を作ってくれる?」
「え? いいんですか?」
「……この子の昼食代をこれから由佳ちゃんに渡すから、それを自由に使って」
「え? でも、それは……」
「まあ、家の公認ということでね。これからは由佳ちゃんは半分くらいは家の子になる訳だし……」
「公認……」
母さんの言葉に、由佳は笑顔を咲かせた。
その言葉は暗に、彼女が俺のお嫁さんになると言っているのだろうか。それに由佳が喜んでくれるのは、俺としても当然嬉しい。少々気が早いような気もするが、まあ何れはそうなって欲しいと思っているので特に問題はないだろう。
ただ由佳にお弁当を作ってもらうのは、少々気が引ける。偶にならともかく、毎日お弁当作るのは大変なのではないだろうか。
「由佳、無理はしなくていいんだぞ?」
「九郎、あんたってなんでそんな感じなのよ……」
「え?」
俺の言葉に、母さんは頭を抱えていた。
どうしてこんな反応なのだろうか。俺は由佳を気遣っているはずなのだが。
「ろーくん、私は全然無理じゃないよ? むしろ作らせて欲しい。私、ろーくんの暫定お嫁さんな訳だし」
「暫定お嫁さん……そうか、それなら頼んでもいいのか?」
「うん、もちろん」
俺は由佳の言葉によって、母さんがどうしてあんな顔をしていたのかを理解した。
要するに、由佳は俺に弁当を作りたいということなのだろう。これは断るよりも受け入れた方が彼女のためなのである。俺はそれを勘違いしていたようだ。
どうやら俺はまだまだであるらしい。母さんのように、由佳の本当の気持ちを見抜けるようになりたい。彼女の笑顔を見ながら、俺はそんなことを思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます