第50話 再び王宮へ


 王都の北のはずれ。王宮の立派な外門がある門前広場まで夏乃が戻って来ると、門の脇に青い顔をした珀がうろうろしていた。

 辺りはもう薄暗くなっている。もしかしなくても、珀をずいぶん長い間待たせてしまったらしい。夏乃は申し訳ない気持ちで一杯になった。

 ひょこひょこと近寄っていくと、気づいた珀が目を剥いた。


「いったい今までどこに行ってたんだ? 心配で寿命が縮まったぞ!」

「ごめんなさい!」


 夏乃はペコリと頭を下げた。きっと周りには、兵士見習いが上司に怒られているようにしか見えないだろう。


「まぁ、とにかく急ごう」


 夏乃は珀に背中を押されるように王宮の外門をくぐった。

 堀にかかる橋を渡り、白塀に囲まれた石畳の坂道を歩きながら、夏乃は珀に問いかけた。


「ねぇ、店から出て行った男はどうなった?」

「しばらく後をつけたが、王宮へ向かっているようだったからすぐに引き返した。おまえをあまり一人にしたくなかったからな」


 そう言って、珀は怖い顔をする。


「ごめん。それで、男の顔は見た?」

「ああ。見た。あの男が月人さまを狙ってくるかもしれないからな」

「うん。でも、もしかしたら、別の男に暗殺を依頼したかもしれない。珀があの男を追って行った後、怪しい男を見つけたの」

「それは……どういう事だ?」


 珀はグッと眉間にしわを寄せた。


「くせ毛の短髪男。こっちじゃ短髪の人ってあんまり見かけないけど、あたしの世界には普通にいるの。後を追って話しかけたら、あたしと同じ国から来た人だった。けど、悪い人みたいだった」

「おまえ、そいつに話しかけたのか?」

「うん。二人は同じ店の二階から降りて来ただけだけど、もしかしたら何か仕事を請け負ったのかも知れないよ」

「王宮の護りは厳重だ。どんな手練れの刺客でも王宮に入れぬことには…………まさか、新年の【貢物の儀】か?」


 珀はハッとしたように瞳を閃かせた。


「なにそれ?」

「王宮と取引している都の商人たちは、年に一度だけ、王に直接会える日がある。それが明日の夜に行われる【貢物の儀】だ。王宮に伝手さえあれば、招待札をもらえる」

「きっとそれだよ! ねぇ珀、月人さまを守ってあげて!」


 夏乃は声を潜めて言ったつもりだったけれど、険しい顔をした珀にすぐさま口を塞がれた。


「しっ! ここから先は口を開くな。おまえは兵士見習いだ。頭を低くして俺の後をついて来い。後のことは、月人さまに相談してからだ」


 声を低くしてたしなめる珀に、夏乃はこくこくと何度もうなずいた。

 歩き出した珀の背中から視線を遠くに向けると、毒々しいほど赤い王宮の内門がそびえたっていた。



 〇     〇



「ああ、戻ったか! 遅いから何かあったかと……心配したぞ」


 珀に続いて、兵士見習いの姿をした夏乃が部屋に入ると、月人が立ち上がって出迎えてくれた。

 眉尻を下げて情けない顔をしている月人を見て、夏乃は思わず目を逸らしてしまった。

 自分がいなくなったら、彼はどんな顔をするだろうか。時空管理官たちが月人たちの記憶を瞬時に消してしまうとしても、それでも一時は、耳を垂れた犬のようにしょぼんと俯いてしまうに違いない。


「しかし……兵士見習いの小僧が、月人さまのお部屋へ出入りするのは不自然ですね。ただでさえ、夜伽役がいなくなって喜んでいる王宮の侍女どもが、宮の周りを囲んでいるのです。目をつけられるのは時間の問題。急ぎ帰島の準備をせねばなりませんね」


 冬馬は夏乃の心配などしてなかったのか、不満そうにブツブツとつぶやいている。


「帰島の準備はもちろんですが、実は、都で例の男を見かけたのです────」


 珀は、月人と冬馬に椅子に座るよう促した後、都での出来事を話して聞かせた。もちろん、夏乃が会った短髪男の件も忘れずに話してくれた。


「そなたと同じ国の人間が、私を殺すために、明日の【貢物の儀】に現れると言うのか?」

「あくまでも可能性の段階ですが」


 珀はそう言って口を結ぶ。


「月人さま、お願いします。兵士見習いの姿で宴について行くのは難しいでしょうけど、あたしを宴に連れて行ってくれませんか? あの男の顔はあたししか知りません!」


 夏乃は床に跪いて懇願した。


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