第46話 追う者と追われる者
大通りへ出ると、遠くに短髪の男の後ろ姿が見えた。
人ごみをかき分けながら男を追いかけるうちに、いつの間にか裏通りに入ってしまったらしい。この辺りには、ほとんど店らしい店はない。
「待って、待ってよ!」
夏乃は短髪の男に追いつき、後ろから着物の袖をつかんだ。
「ねぇ、あなた、もしかしてあの時の人?」
男は振り返ると、驚いたように夏乃を眺めた。
「へぇ、もしかして、あんたあの時の高校生か? 驚いたな。こっちに来てたんだ」
男は夏乃の手を乱暴に振りほどいた。
「参ったな……巻き込んだのは悪いけどさ、俺、忙しいんだわ」
「待って! あたし帰りたいの。帰る方法を知ってるなら教えて!」
夏乃が再び着物の袖をつかむと、男は面倒くさそうに懐から何かを取り出した。
パチンと小さな音と共に、折りたたんであった刃が飛び出した。アウトドア用品の店に売っていそうなナイフ。その構え方も、この世界のものとは違っていた。
男はナイフを夏乃の首筋に突きつけると、その顔からすべての感情を消し去った。
「忙しいって言ってんだろ。面倒かけんじゃねぇよ。とっとと消えろ」
低い声で凄まれて、夏乃は固まったまま男の着物から手を放した。
男は振り払うように腕を伸ばしてから、夏乃に背を向け足早に去ってゆく。
(どうしよう……せっかく見つけたのに)
追いかけたいのに、足が動かなかった。
例えあの男を追いかけてもう一度捕まえたとしても、きっと無駄だろう。刃物まで出して脅すような人間だ。どんなに夏乃が頼んでも、帰る方法を教えてくれるとは思えない。
まるで別人のように感情を消し去ったあの男の顔が、夏乃は怖ろしかった。
すべてを拒絶するような、刃のような目。もしあのまま食い下がっていたら、殺されていたかも知れない。
追うことも退くことも出来ず、呆然と男の後ろ姿を見送っていた時だった。
「────ねぇ、きみ!」
いきなり腕を引っ張られた。
珀が追いかけて来たのかと思って振り返ると、見知らぬ青年が立っていた。
「誰?」
夏乃が問いかけると、青年はさっと辺りを見回してから建物の間の脇道に夏乃を引っ張った。
(あ、この人も髪が短い)
背の高い青年だ。着ている衣はこの世界のものだが、顔だけ見れば二十歳前後の日本人に見えなくもない。
「きみは、さっきの男と知り合い? もしかして、日本人か?」
「そ、そう! あたし、あの男に巻き込まれてこっちに来ちゃったの。でも、帰る方法を教えてって頼んだらナイフで脅されて……」
「だろうな。あいつはクラッシャーだ。他人のことなんか考えない。きみ、名前は?」
「……日引、夏乃です!」
事情を知っていそうな人に会えたことが嬉しくて、夏乃は青年の着物の袖をぎゅっと握りしめた。
「間違い無いな」
青年は首から下げていたヒモを衣の下から引っ張り上げると、ヒモの先についていた黒い丸石を口元に寄せた。
「被害者A、確保しました。これから連れて行きます」
まるで通信機か何かのような黒い石を、夏乃は穴があくほど見つめた。
「ね、ねぇ、あなたは誰?」
「俺は
「え……何のバイト?」
夏乃は眉をひそめた。
「詳しい話はあとだ。行こう」
蒼太はそう言うと、夏乃の手を引いて建物の間を歩き出した。
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