第24話 首飾り


(雪夜の脱走を手助けしたのは誰なんだろう?)


 考え事に没頭するあまり、ぼんやりと歩いていた夏乃は、いつの間にか月人の御殿の入口に立つ二人の兵の間を通り過ぎてしまった。

 あわてて振り返ってみるが、二人の兵は夏乃に背を向けたままだ。


(久々なのに、あたし、顔パスなの?)


 珀から月人の御殿に来るようにと言われていたから、護衛にも話が通っていたのかも知れないが、それにしても不用心だと夏乃は思った。侍女のふりをした間者だったらどうするのだろう。

 階段の手前で首をひねっていると、ちょうど通りかかった冬馬が相変わらずの冷めた三白眼で睨みながら控えの間に通してくれた。


「月人さまにご挨拶したら、まずは何をしましょうか? お掃除ですか?」

「いいから、さっさと入れ」


 冬馬は何だかいつもよりも不機嫌な様子で、夏乃を月人の部屋に入れるなり自分は出て行ってしまった。


(ずいぶん機嫌悪いなぁ)


 首をひねりながら前を向くと、長椅子に座る月人の姿が見えた。こちらはわざとらしいほどの微笑みを浮かべている。


「夏乃、ここへ座れ」

 にっこり笑ったまま、自分の向かい側の椅子を指さす。

「はい」


 夏乃は言われるまま、月人の向かいに腰かけた。

 目の前のテーブルを見ると、びっくりほど豪華な首飾りが置いてあった。薄緑色の管玉が連なる首飾りの中心に、存在感のある透き通った紫色の石が収まっている。


「すごい豪華な首飾りですね。どうしたんですか、これ?」


 艶のある白絹の上に丁重に乗せられていることから見ても、首飾りが高価な物であることは明白だ。


「これは、私からそなたへの贈り物だ」

「え? こんな高価な物もらえませんよ。そもそも、どうしてあたしに贈り物?」


 首飾りから月人へ視線を向ける。

 宝石と同じ色の瞳と目が合った瞬間、とんでもない考えがパッと閃いた。


(まさか! これって、あたしのファーストキスを奪った代償なの?)


 そう思ったけれど、さすがに口に出して確かめる勇気はない。


「これは私の気持ちだ。そなたに受け取って欲しい。そして、常にこの首飾りを身に着けていて欲しい」


 月人は懇願するようにそう言った。黒犬の姿だったら、きっと耳を垂れてクゥンと鳴いているだろう。正直に言えば夏乃はこの顔に弱い。けれど、「気持ち」なんて中途半端な理由でこんな高そうな物は貰えない。


「あたしは、自分の意志でここに来た訳ですし、お気遣いならいりませんよ。それに……こんな大っきな宝石のついた首飾りをつけて、あたしに掃除しろって言うんですか? はっきり言って邪魔になるし、みんなにも変に思われます」


 夏乃がきっぱり断ると、みるみるうちに月人の顔からは笑みが消え、シュンとうな垂れてしまった。ただ、諦めてはいないのだろう。口がへの字になっている。


「ならば、懐にしまっておけばいいだろう? 知っているぞ。そなたは、懐に銀を隠し持っているだろう?」

「ええっ、何で知ってるんですか?」


 夏乃は思わず、両手で襟の合わせを押さえた。

 自分が気を失っている間に、月人が襟元を広げて見たのではないかとつい疑いの目で見てしまう。

 月人は口をへの字にしたまま答えた。


「以前、珀から日当を貰っているのを見た……」

「ああ、なんだ。そっか」


 思わず勘繰ってしまったが、不埒な真似はしていなかったようだ。ホッと安堵の息をつく。


「今ここで、銀を入れている袋にしまっておけ」

 月人は首飾りをつかんだ手を、夏の前にグイッと差し出す。

「えっ、今ここで、ですか?」

「そうだ。珀の前で出来るなら、私の前でも出来るだろう?」


 月人の目がいつもの半分くらいに細くなっている。


(なにを怒ってるんだろう?)


 夏乃はしぶしぶ懐からポーチを取り出した。

 花柄模様のポーチはチャックで開閉する楕円形で、内布で仕切られたポケットにはハンカチやティッシュと一緒に銀の小粒が入っている。


「では、お預かりしておきます」


 少し考えて、ハンカチで首飾りを包んでからポーチの中に入れた。本当はテーブルにある白絹も貰いたかったが、さすがに口には出せなかった。

 そのまま懐にしまい込むと、ずっしりとした重みが胸にのしかかった。


「それでよい」


 満足げにうなずく月人を見て、夏乃はため息をついた。

 結局、ファーストキスの件も聞き出すことが出来ずに、月人との対面は終わってしまった。

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