迷いの森・狂乱磁空大森林⑤/迷える意味
「…………妙、どころじゃないな。これで確定だ」
狂乱磁空大森林を進むこと七日。
ハイセは確信した。もう、これ以上ないくらい。
すると、上空を飛んでいたエアリアがクルクル回転しながら降りてくる。そして、回転して華麗に着地し、ハイセの前でポーズを取った。
「なんだ、何が確定したんだ?」
七日も『上空で起きる頭のズキズキ』に耐えたエアリアは、すでに痛みを克服していた。
さすがに百メートル以上は飛べないが、それ以下の高度なら問題なく飛行が可能になり、むしろ鎖を持って飛ぶだけに飽き始め、戦闘に参加したいと駄々もこね始める。
だが、戦闘はサーシャ、ヒジリ、クレアの三人にお任せで十分な状態。
ハイセが考え込んでいる姿を見て、ちょうど戦闘が終わったサーシャが近づいて来た。
「ハイセ、何かわかったのか?」
「ああ。この森……間違いない。俺たちの目的地は『移動』している」
「「移動?」」
エアリアとサーシャの声が重なった。
そして、大きな虎魔獣の尻尾を掴んで引きずるヒジリが言う。
「なになに、なんか進展あり? 戦うのはいいけど、もっと張り合いあるのと戦いたいわー」
「私も、ちょっとだけ物足りなく感じてます……も、もちろん!! 油断はしませんけど!!」
ヒジリはともかく、クレアは連戦、強敵との戦闘が増えたことで成長していた。
ヒジリは虎魔獣の尻尾を掴んだまま『こいつの毛皮剥いで床に敷きたいからアイテムボックス入れといて』とサーシャに渡す。
ハイセは、これまでのデータを元に説明を始めた。
「これから話すのは仮定だ」
そう言い、女四人は顔を見合わせる。
今更だが『状況を考察する』のがハイセだけ。タイクーンもこんな苦労をしているのか……と、ハイセは少しだけ同情する。
「まず、俺たちが向かっている『巨大な何か』だが、七日も歩いているのに一向に近づかない」
「あ!! それそれ、あたいもさっき思ったぞ!!」
「さっきかよ……お前、ずっと飛んで見てるんだからもっと早く気づけ」
「う、うるさい!! フン!!」
「……というわけで、目的地に到着しない理由は一つ。『巨大な何か』は『移動』している……つまり、俺たちから逃げているってことだ」
「に、逃げている? 待てハイセ、つまり『巨大な何か』は生物なのか?」
「ああ。恐らくな」
ハイセが言うと、クレアが挙手……ハイセの教えで『意見する時は挙手』をちゃんと守っている。
「あの師匠。つまりその『巨大な何か』は、禁忌六迷宮に封じられた魔獣ってことですか?」
「可能性は高い」
「でもでも……真っすぐ進んでるんですよね? 逃げるにしても、どれほど広い森なのか……」
「……少し、検証したいことがある。今日はここで野営する」
そう言い、ハイセは腰のホルスターからベレッタを抜き、近くの木に発砲した。
いきなりの発砲に驚く四人。そしてハイセは、銃弾が貫通した木に白い布を巻き、その下にテントを設置する。
「い、いきなり攻撃しないでよ。敵いたの?」
驚くヒジリにハイセは「まあな」と言う。
よく意味がわからなかったが、女四人は手分けして野営の支度を始めた。
◇◇◇◇◇◇
夕食は、ハイセがアイテムボックスから出した串焼き、サンドイッチ、シムーンの特製スープ。
食事に満足すると、シムーンが淹れておいた紅茶を出し、全員に注ぐ。
エアリアは食事に大満足し、ハイセに言う。
「いやー、ハイセのアイテムボックスはすごいぞ!! いろんなもの入ってるな!!」
「物資はいくらあってもいいからな」
「ふふーん。師匠のアイテムボックスは王都でも一番の容量です!! 小さな村ひとつくらいなら軽々と入っちゃうんですから!!」
何故か胸を張るクレア。
サーシャは紅茶を飲みつつヒジリに言う。
「そういえばヒジリ。お前、アイテムボックスは持ってきてなかったか?」
「いつものはもうイッパイ、予備は部屋に忘れちゃった。あ、帰ったら虎ちゃんと渡してよ。毛皮を部屋に敷くんだから」
「わかったわかった」
「あー……そういやもう十日くらい経つのかなあ。プレセア、心配……してないか」
ヒジリは笑い、ハイセの隣に座る。
ハイセはヒジリをチラッと見て聞いた。
「そういや、お前とあいつ同じ宿だったな」
「うん。冒険者では一番の友達かもね」
「……もしかしたらだが、あいつはお前がいないことに気付いているかもな。あいつ、親しい連中には『精霊』をくっつけてる。お前がどこにいるかわかるはずだ」
「だといいけどね。それよりハイセ、聞いていい?」
「あ?」
「ハイセって冒険者引退したら王様から領地貰えるんだよね。お嫁さんとかどうするの?」
「…………」
サーシャが紅茶を飲んで咽せ、クレアがぴくっと反応した。
そして、ヒジリが猫のようにすり寄ってくる。
「アタシ、アンタの領地に住むから。子供欲しいし、アンタとアタシの子供なら最強になれるわ!!」
「…………は?」
「ふふん。知ってるわよ、あんたハイベルグ『天爵』だっけ? 貴族なんでしょ?」
「…………アホかお前」
「あうっ」
ハイセはヒジリにデコピンをかますと立ち上がり、自分のテントに入った。
「四時間後に起こしてくれ」
それだけ言い、テントに入り寝た。
ヒジリはムスッとすると、サーシャがヒジリの隣へ。
「お前、いきなりすぎるだろう!!」
「えー? こういうのって勢いじゃん。それにアタシ、ハイセなら抱かれてもいいし」
「だ、だだだ、抱かれっ!?」
「ひひひ、ヒジリさんっ!! それはさすがに早いですっ!!」
サーシャだけではなく、クレアまでヒジリに顔を寄せてきた。
二人とも顔が赤い。ヒジリはニヤッと笑う。
「ふふん、お子様ね。オトナの女に一番近いのはアタシのようね!!」
「「ッッッ!!」」
驚愕するサーシャ、クレアを前に、勝ち誇るヒジリだった。
◇◇◇◇◇◇
一方そのころ。
ハイセが寝ているテントにエアリアは入り、大きな欠伸をした。
「ねむい……あたいも寝る」
エアリアはハイセにしがみつき、スヤスヤ寝息を立て始めた。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
エアリアと一緒に寝ていたことでひと悶着あったが、五人は朝食を食べ後片付けをする。
そんな中、ハイセは一本の木を見ていた。
「……やっぱりそうか」
片付けを終えたサーシャがハイセの傍へ。
「どうした?」
「……見ろ」
「?」
サーシャが見たのは、一本の木。
白い布が巻いてあるだけで、何の変化もない。ありふれた木だった。
だがハイセは、木の幹をコンコン叩く。
「昨日のこと、覚えてるか? 俺はこの木に向かって発砲……銃弾が貫通した」
「……待て」
確かに、貫通した。
だが……ハイセが叩く木には、穴なんて開いていない。
「弾丸の焦げ跡すらない。間違いない……この木は、いやこの大地は……
「ど、どういう」
「銃弾の穴が一晩で修復されている。間違いない、この森、この大地は生物の一部。俺たちは『巨大な魔獣の背中』にいるんだと思う」
つまり、ハイセが撃った木は、『生物の一部』であるから『怪我』として修復された。
瘡蓋が傷を塞ぐのと同じ。穴が開いたから直った。
「禁忌六迷宮『狂乱磁空大森林』の正体は、
◇◇◇◇◇◇
ハイセの考えは、ほぼ当たっていた。
現在、ハイセたちがいるのは……巨大な『亀』の背中。
その亀は、一つの島よりも大きく、究極の『擬態能力』を持つ亀だった。
討伐レート測定不能、『玄武王アクパーラ』
その亀が持つ能力は『究極擬態』……周囲の景色に完全に溶け込み、触れても違和感なく、触れたことにすら察知できないほどの『擬態』である。
この世界最大の巨体な魔獣であり、この世界で最も臆病な魔獣でもあるアクパーラ。人前に姿を見せることはなく、存在すら風化しかけている存在。
その背中は豊かな土壌であり、アクパーラの背中でしか育たない薬草、果実もある。
アクパーラの背は『楽園』とまで言われていた。アクパーラの名はなく、一つの『楽園』としての伝説は多く残っている。
だが……その楽園に、一体の魔獣が『根』を張り、さらに根はアクパーラの体内に入り込み、脳を侵し、意のままに操っている。
七大災厄の一体、『白帝樹ガオケレナ』。
純白の巨木であり、意思を持つ大木。
アクパーラの背中に寄生し、意のままに操っている。
目的はない。ただ、アクパーラの背が苗床として最上であり、恐らく数万年はこのまま生き続けられるからである。
かつて、一国の大地に根付いたガオケレナ。しかしその大地はすぐ死滅した、焼き払おうとした者たちは悉く巨木の触手で殺された。
ガオケレナは安心して根を張る大地を探し、アクパーラの背を見つけ、今に至る。
ハイセたち、そして過去の冒険者たちが迷い込んだのは、本当に偶然だった。
近づく者たちの気配をガオケレナは察知し、巨木から『電磁波』を発生させ森に踏み込んだ者たちの思考を乱す。そのまま死ねば養分になるし、いずれは森に飼っている魔獣が始末する。
本体であるガオケレナには近づけない。森を操作し、真っすぐ進んでいるように見せて、同じ場所を何度も歩き回らせれば、人間はいずれ力尽きることをガオケレナは知っていた。
アクパーラの背は、ガオケレナの楽園。
今も、そしてこれからも。
禁忌六迷宮『狂乱磁空大森林』として、永遠に近い時を生き続ける。
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