氷雪の決意、フリズド王国⑥/クレア王女殿下
ダイナリザード討伐の当日。
ハイセは早朝から、クレアとエアリアの三人でフリズド王城へ来ていた。理由はもちろん『クレア王女』の迎えである。彼女を迎え、ツンドラ山脈近くに設置した臨時ギルドまで護衛するのが仕事だ。
エアリアの仲間でレイオス、ハルカはいない。臨時ギルドでサイラスの補佐に回っている。
王城前では、もこもこしたコートを着たエアリアが暇そうに言った。
「おっそいなあ……ツンドラ山脈が寒くないの今日だけなんだぞ!! 早く行かないと!!」
「落ち着け。まだ日も昇ってないだろうが……」
「むぅー」
こいつ、俺より年上か?……と、ハイセは本気で思った。
もうすぐ十八歳になるハイセ。S級冒険者になって二年が経過する。
エアリアは外見もだが、十四歳くらいにしか見えない。
すると、間もなく十七歳になるクレアは、カツラの具合を確かめながら言う。
「今日一日で、どれだけダイナリザードを狩れるか、ですね」
「さすがに、絶滅まではさせないから安心しろ」
「師匠が言うとホントに絶滅しそうですよね……」
数分後、護衛騎士に連れられた『クレア王女』が現れ……ハイセは驚いた。
「……(マジでクレアじゃねぇか)」
目の前にいるのは、いつもベタベタ甘えてくる『ソードマスター』の弟子、クレアそっくり……いや、どう見ても同一人物だった。
クレアを見ると、小さく口を開けたまま微動だにしない。
「遅れて申し訳ございません。少し、準備に手間取りまして」
クレア王女はニコッと微笑んだ。
水色の鎧にスカート、帽子を被った防寒仕様だ。鎧の内側は毛皮になっており暖かいとクレアが言っていたのをハイセは思い出す。
ハイセも、今日は防寒着を着こみ、その上にいつものコートを着ている。
「むぅ……まあいい。さっさと馬車に乗っていくぞ。あたいは飛んでいくから、ハイセとダフネ、王女をしっかり守れよ!!」
「お前、言葉遣い……ああ、行きやがった」
エアリアは背中に『光翼』を生やすと、一気に上昇した。
本人曰く『ツンドラ山脈の上は寒いけど、フリズド王国育ちだからこの程度は寒くない』そうだ。どう考えても上空は寒い……ハイセはドレナ・デ・スタールで経験済みである。
クレア王女は、ハイセを見て驚いていた。
「S級冒険者序列一位……報告にありました。急遽参加してくれることになったと。ダイナリザードは一年に一度の脅威。ご協力、感謝します」
『こらーっ!! おしゃべりは馬車の中でやれっ!!』
上空からエアリアが叫ぶ。
あまりにも不敬……護衛騎士が顔をしかめているが、クレア王女は笑っていた。
「とりあえず、話は馬車だ」
「待て。我々護衛騎士が一名同乗する。問題はないな?」
馬車は、王女専用の馬車と、ハイセたちの乗る馬車がある。
護衛騎士は、やや細身のスノウドッグに乗って付いてくるそうだ。レイオスが教えてくれたことだが、スノウドッグの種類は豊富らしい。
ハイセは言う。
「いらん。俺と、こいつの二人でいい。狭い馬車で窮屈な思いをしたくない」
「しかし」
「俺が乗るんだ。賊が千人規模で襲ってこようが、皆殺しにしてやるよ」
「……ぅ」
禁忌六迷宮を三つ踏破したS級冒険者最強、序列一位『
ハイベルグ王国のスタンピードの軍勢を食い止めた伝説は、フリズド王国にも届いていた。
正直、職務でなければ護衛騎士はハイセと握手したいほどだ。
「……わかった。王女、よろしいでしょうか」
「ええ、構いません。では、ハイセ様……よろしくお願いします」
「ああ」
「……(師匠、ありがとうございます)」
クレアが、ハイセの袖を掴んでボソッと言った。
これで『邪魔』は入らない。
◇◇◇◇◇◇
当然だが、馬車も防寒仕様だ。
壁は二重で、板と板の間に毛皮が敷き詰められており、中では暖房用にとランプのように吊るされた専用ケースの魔石が熱を発し、室内を温めている。
御者の方も、寒さで震えないように囲いがあり、力自慢のスノウドッグが二匹で引っ張っている。
椅子の座り心地も悪くない。
ハイセ、クレアは並んで座り、クレア王女が向かい側に座る。
「ところで、そちらの方は?」
「……はじめまして。ダフネと申します」
「……」
ほんの少しだけ、クレア王女の口が開く……そして『ダフネ』の目をジッと見ていた。
ダフネも、クレア王女から目を離さない。
互いに見つめ合い、十秒ほど経過……クレア王女が呟いた。
「……嘘」
「久しぶり、
クレアは帽子を取り、カツラを取り……『クレア王女』に全てを晒した。
ハイセは無言で、御者用の窓に鍵をかける。
完全な密室。本当ならハイセもいるべきではないが、気配を殺すだけにした。
「クレア、なの?」
「うん。えへへ……なんか双子みたいだね」
双子どころじゃない。同じ顔に同じ声、もし同じ服を着てシャッフルすれば、喋らない限りハイセでも見分けがつかない。
ダフネの能力『擬態』……これなら、一国の王に成り代わり、支配することも可能だろう。
「護衛の冒険者が、クレアだなんて……」
「うん。エアリアさんにお願いしてね。まあ、師匠のおかげだけど」
「師匠って……本当に、S級冒険者の弟子なの?」
「うん。あのさ、ダフネ……いろいろ話したいことあるんだ」
「……まさか、戻りたい、の?」
「へ? あ、ち、違うの!! 王女の椅子に未練はないの。でも……あなたに、聞きたくて」
「……え?」
クレアは、やや俯きながら言う。
「私、冒険者になったんだ。今はC級まで上がってさ、師匠や知り合いたちも、いずれはA級……もしくはS級にもなれるって言ってくれた。でも……ここにこうしていられるのは、全部ダフネのおかげなんだよ」
「…………」
「ダフネ。ダフネは……私に冒険者になるように言ってくれたよね。教会でお互いの能力を調べて、私が『ソードマスター』で……冒険者に憧れてることダフネは知ってたから、だから背中を押してくれた」
「…………」
「でもね、『神の箱庭』で改めて過去を見て、考えさせられたの。私は冒険者になりたかった、なれた……でも、そこにダフネの意思は? ダフネは背中を押してくれた。『私』になってくれた。でも……それは、ダフネを生贄にしたのと同じ、ダフネが『私』になれば、もうダフネはいない、何にもなれない……死んじゃったようなものだよ」
「…………」
「ごめんね。私……毎日がすっごく楽しい。ダフネに確認もせず『私』になってもらって……私、自分のことばっかりで……ダフネの気持ち、ちゃんと聞いてなかった」
「…………」
「ダフネ。ダフネの気持ち、知りたい……ダフネは『私』でいいの? フリズド王国の王女なんてやめて、ただの『ダフネ』に戻りたくないの? 戻りたいなら私……」
そこまで言い、クレア王女……ダフネは、クレアの口をふさいだ。
「ごめんね、クレア」
「……え」
「そこまで私のこと考えていてくれたんだ。すっごくうれしい……でもそれ、余計なお世話」
「えっ」
「……ズルいのは、私の方だよ」
ダフネはゆっくり、クレアの口から手を放す。
「私さ、ずっとお姫様に憧れていたの。綺麗なドレスを着て、美味しい食事をして、貴族に囲まれてパーティーして……だからさ、王女の侍女になれた時、すっごく嬉しかった」
「…………」
「憧れのお姫様は、やんちゃで、木剣振り回して、城を抜け出して城下町で遊んで、勉強が苦手で……まあ、お姫様っぽくなかった。私の方がずっとお姫様になれる、なーんて思ってもいたわ」
「…………」
「でもさ、奇跡が起きた。あなたが『ソードマスター』で、私が『擬態』の能力を手に入れた時。あなたは冒険者になりたがっていた……チャンスだと思った」
「…………」
「嫌われる覚悟だったの。私はずっと、あなたから『お姫様』を奪った最低な女だって……あなたは喜んでいたけど、私はずっと罪悪感に縛られていた。あなたが城を出て、私が『クレア』を演じ始めた時からずっと……寂しかった」
「……ダフネ」
「ごめんねクレア。最低なのは、私の方……!!」
「違うよ!! 私だって……」
互いに、罪悪感に悩まされていた。
ハイセは「どうケリつければいいんだ」なんて考えていたが、口は出さない。
そんな時だった。馬車の屋根に何かが着地、揺れた。
ハイセはベレッタを抜くと、屋根がガンガン蹴られる。
「おい、そろそろ到着だ!! 王女、ちゃんと挨拶頼むぞ!!」
「……空気読め、とは言わんけど、あいつ最悪だな」
思わずハイセは愚痴り、驚いたクレアとダフネは顔を合わせ……クスっと笑い合うのだった。
「あのさダフネ。私、今がすっごく幸せ。大好きな師匠と、大好きな人たち、そして冒険者の日々……今が幸せ。私はもう、王女には戻らないから!!」
「あのねクレア。私、今がすごく幸せなの。王女としての日々、毎日大変だけど充実している。私はクレアネージュ王女だけど『ダフネ』でもある。これが私の人生……もう、この位置は渡さないからね」
晴れ晴れとした笑顔で笑い合い、二人は両手を合わせて額をくっつける。
「ありがとダフネ、大好き」
「うん。私とクレアは、永遠の親友だから」
「おーい!! 到着したぞ、あたしレイオスたちのところ行くからっ!!」
どこまでも最悪なタイミングのエアリア。そして微妙に居心地の悪いハイセだった。
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