愛溢れる月食

 クラン『銀の明星シルヴァー・ヴェスペリア』壊滅。

 S級冒険者序列二位『聖典魔卿アヴェスター・ワン』エクリプス・ゾロアスターの魔法実験により、魔法学園の敷地が陥没、建物が全壊する被害となった。

 

 どのような実験が行われたのかは秘密。

 プルメリア王国の正式発表で、人的被害はゼロと報告があった。

 ただ、クラン『銀の明星シルヴァー・ヴェスペリア』と、プルメリア王立魔法学園は、しばらくの間運営ができないとのこと。


 この件に関して、エクリプスに比はない。

 関係者は全員退避しており、魔法学園も、クランの建物も全てエクリプスが所有する物。物理的な破壊があったとしても、周囲に被害を及ぼさなければ咎められることはない。


 今回、あくまでも『銀の明星シルヴァー・ヴェスペリア』による『実験失敗』ということで片付けられた。ただし、S級冒険者序列二位エクリプスの評判は、少しだけ下がることになる。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


「…………」

「あの……ガイストさん、何か」

「…………プルメリア王国」

「……」

「……魔法学園」

「……」

「…………お前だな、ハイセ」

「……さ、さあ」


 プルメリア王国に戻ったハイセは、ガイストに報告しに向かった……が、座るなりガイストがジーっと睨むので、ハイセは探られていると気付いた。

 プルメリア王国、魔法学園と単語を出され、やや挙動不審になってしまったようだ。

 ガイストは盛大にため息を吐く。


「全く……クランを潰すのではなく、建物を潰すとはな」

「……えっと」

「隠さなくてもいいし、とぼけてもいい。まあ、ワシにできることはない。だが……サーシャは帰るなり気付いていたぞ。お前が、何かとんでもないことをやらかすかも、とな」

「……サーシャが」

「ああ。お前も最近は落ち着いて来たし、サーシャとも昔のように喋っているから、もしかしたらと思ったが……」

「…………」


 ハイセの手が止まった。

 サーシャと、昔のように話をしている。

 そういわれ、気付いた。

 最近、サーシャたち『セイクリッド』に対する怒り、恨みが全く沸いてこない。もう自分の中でもどうでもいいことになっているのか……『許し』てしまっているのか。

 その考えは、ガイストにはお見通しだった。


「……過去を忘れることは、悪いことばかりじゃないぞ」

「……俺の追放の件、ですか」

「ああ。お前、もう許しているんだろう? 聞いたぞ、サーシャと街でデートもしたそうじゃないか」

「……あれは、買い物の目的が同じだっただけで」

「許している。いや……お前の中でサーシャたちに対する思いが、風化しているんだ。ある意味、許すことよりも残酷だな……お前の追放も、訣別の想いも、全てがなかったことになり、なあなあで済ませてしまう。そして、何事もなかったように、サーシャたちと肩を組み、酒を飲む……」

「───っ、やめてください」

「……ハイセ」


 ハイセはカップを置き、歯を食いしばった。

 確かに、そうだった。

 ハイセは、サーシャたちに追放された。そして、無自覚とはいえ騙され、右目を失った。

 その怒りを糧に、『闇の化身ダークストーカー』は誕生した。その経緯が曖昧になり、ボヤけ、ハイセを支えていた過去が風化しようとしていた。

 現に、ハイセはサーシャとの『買い物』を悪い物とは感じなかったし、カーリープーランの件に関してもサーシャたちを普通に頼った。


「…………俺は、何をしていたんだ」


 情が湧いたのか、それともすでに許しているのか。

 何度か協力し、手を取り合ったことで、ハイセの中で新たな絆が生まれたのかもしれない。

 そして───……最悪なのは、それを甘受している自分。


「……くそっ」

「ハイセ。本当に、サーシャたちとやり直すことはできないのか?」

「……」

「即答できない、か。昔のお前なら、迷わず『できない』と言っただろう。ハイセ、お前も変わったんだ……プレセア、ヒジリ、イーサンやシムーンと出会い、彼女たちを介してサーシャたちと会うことで、お前の中の『セイクリッド』が、変わりつつあるんだ」

「……」

「変わることを恐れるな。ハイセ」

「……失礼します」


 ハイセは立ち上がり、部屋を出た。

 変わりつつある自分をまだ受け入れられないくらいは、ハイセも子供だった。


 ◇◇◇◇◇◇


 宿に戻ると、庭に大量の木箱が積んであった。


「…………なんだこりゃ」

「あ、ハイセさん。あの……これ全部、ハイセさん宛なんですけど」


 大工道具を手にしたイーサンが、困惑するように言う。

 そして、イーサンが一通の手紙を差し出した。開封すると、ハイセは嫌そうな顔をする。


「……『大魔盗賊より、愛を込めて』」

「アリババ? え、ハイセさん、これ……あ、アリババの!?」

「待て、落ち着け……カーリープーランのやつか」


 警戒するイーサンをなだめ、木箱の一つを慎重に開封する。

 中身は、大量の『菓子』だった。

 他の木箱を開けると、服だったり、アクセサリーだったり、家具だったり……しかも、どれも高級品ばかり。

 木箱の一つにもう一通の手紙があり、開封する。


「……イーサン。これ、お前宛だってよ」

「お、おれ? えっと……なんでです?」

「お前、シムーンを狙った詫びだとさ。盗品じゃなく、買ったものだから、食うなり売るなり好きにしろってよ」

「詫び、って……おれ、どうすれば」

「……まあ、お前にっていうよりは、俺と敵対しないためのモンだろうな。チッ、めんどくさい」

「……これ、どうします?」

「シムーンと爺さんに相談だな。使えそうなモンや食い物は取っておけばいいし、いらないなら町で売っちまえ」

「は、はい。姉ちゃんのところに行ってきます」


 イーサンはシムーンの元へ。

 主人とも相談した結果、使えそうな家具は宿の部屋に運び、お菓子などは自分たち用に少しだけもらい、残りは町の孤児院などに寄付。家具なども、孤児院に送るそうだ。

 アイテムボックスに収納すれば持ち運びも簡単なので、宿の部屋がまた立派になった。

 ハイセの部屋も、カーペットや机、カーテンなどが新しくなった。

 ハイセは、シムーンとイーサンに聞く。


「これ、お前たちの詫びらしいけど……お前たちを狙った『大魔盗賊アリババ』はどうする?」

「おれ、もう許します。こんないっぱいもらって、ありがたいし!!」

「わたしもです。えへへ、立派なカップやティーセットもらっちゃった」


 この辺りは、まだ子供だ。いいものをもらい、機嫌がよくなっている。

 ハイセも、こんな品物程度……とは思ったが、シムーンたちが笑顔なのでもう気にしない。


「命拾いしたな、カーリープーラン。前も言ったが、俺とその周辺を狙わない限りは、もう手を出すこともねぇよ」


 魔族四人による盗賊団『大魔盗賊アリババ』は、今日もどこかで狩りをする。


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 サーシャは、悩んでいた。

 エクリプスのクランが消滅……事故と聞いたが、間違いなくハイセが絡んでいる。

 そして、現在。サーシャは『セイクリッド』専用の会議室に、仲間たちといる。


「ううう、タイクーン……私、納得していませんからね!! どうしてあなたがサーシャのエスコートを!!」

「何度も言わせるな。ボクだって不本意だったさ。そういう役目は、レイノルドの役目だと思っていたしね。それに、ボクはサーシャに恋愛感情などないと、何度も言ってるだろう」

「キィィィ!! そうやって、ほんとは大好きなクセにぃぃぃ!! ええい、女体化、男体化の魔法を本気で探さないと!!」

「うるせえぞピアソラ……まあ、エスコートはオレの役目、ってのに違いはねえな」

「あはは。まあタイクーンはパーティー会場より、研究所が似合うもんね~」


 ピアソラ、タイクーン、レイノルド、ロビンは、いつもと変わりない。

 サーシャはテーブルを軽く叩き、仲間たちの注目を集めた。


「皆、聞いてほしい。今日の議題だが───……これだ」


 サーシャが手にしているのは、『神の箱庭』だ。

 クラン壊滅後、エクリプスから送られてきたのだ。


「そんなボロ木箱が『神の箱庭』ねえ……正直、信じられねぇ」


 レイノルドが言う。

 サーシャは、困ったように言った。


「私も同感だが……今は、少しでも情報が欲しい。でも、ここで問題だ……この木箱には、鍵が掛けられている。そして、そのカギを持つ者と協力し『神の箱庭』をクリアしろと、エクリプスからの手紙があった」


 手紙を見せる。ゾロアスター公爵家の印が押された本物の手紙だ。


「その鍵、って……もしかして」


 ロビンが「まさか」と言った表情で言うと、サーシャが頷く。


「カギはハイセが持っている。クラン『セイクリッド』は、ハイセに助力を願い、禁忌六迷宮『神の箱庭』を攻略する」


 ◇◇◇◇◇◇


 ◇◇◇◇◇◇


 ある日のことだった。

 ハイセは、クレアとの修行を終え、シムーンの紅茶を飲みつつ、新聞を読んでいた。

 クレアも紅茶を楽しみ、ふんふん鼻歌を歌っている。


「……機嫌がいいな」

「だって、ようやく日常が戻ってきたんですからね!! 今日からまた依頼漬けの日々です!!」

「声がでかい」


 それだけ言い、ハイセは紅茶を飲む。

 すると、宿のドアが開かれ───……『客』が入ってきた。


「……ああ、いらっしゃい」


 主人が「そういやここ宿屋だった」と思い出したように、一息入れて挨拶する。

 ハイセ、クレアも早朝からの客かと、その客を見た。


「お部屋を一つ。期間はとりあえず一年ね」

 

 受付カウンターに白金貨を重ねて十枚置くのは。


「……え」

「……お前」


 純白のシャツ、スカート、ブーツ、帽子。

 綺麗な白髪を結わえた、真っ白な少女がいた。

 帽子を取り、柔らかく微笑んだのは。


「会いに来たわハイセ。私が愛する闇の化身」


 S級冒険者序列二位『聖典魔卿アヴェスター・ワン』エクリプス・ゾロアスター。

 頬に赤みを差したエクリプスは、可憐な笑みを浮かべ、ハイセを見て喜んでいた。

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