新しい趣味
ある日、サーシャは自室の机に羊皮紙を広げ、何かを書いていた。
そこには、「自分の趣味」と書かれている。
「カフェ巡り、ガーデニング、茶の栽培……オシャレはまだよくわからんが、女の子らしい趣味がかなり増えてきたな」
S級冒険者序列第四位『
だが、リストを見てため息を吐く。
「うーむ……どの趣味も、他人の真似事というのがな」
カフェ巡りはロビンの、ガーデニングや茶の栽培はプレセア、オシャレはピアソラの真似だ。自分で考え、自分で『これがやりたい』という趣味はない。
そのことを考えつつ、サーシャは頭を押さえた。
「とりあえず……支度を終わらせないとな」
あと数日で、『
タイクーンの見立てでは、『トール・クイン・ビー』が落ち着くころで、オスたちも繁殖の疲労で動けなくなっている頃だ。討伐し、蜂蜜を採取し、そのまま休暇となる。
休暇に入るし、趣味を見つけてのんびりしようと考えたが……どうも、借り物のような趣味ではしっくりこない。自分で『これをやりたい』という趣味を見つけようと奮闘しているところだった。
すると、部屋のドアがノックされた。
「おう、オレだ。ちょっといいか?」
レイノルドだ。
ドアを開けると、私服姿のレイノルドがいた。
「よう。出発準備は終わったか?」
「ああ、もうすぐ終わる」
「おう。これからクレスと飲みに行くけど、お前も行くか?」
「く、クレス? 本当なのか?」
「ああ。あいつ、最近はよく城を抜け出しては城下にいるらしいぜ。以前、たまたま会ってな、一緒に飲む約束したんだ。ちなみにタイクーンもいる」
「ふむ……」
少し悩むが、サーシャは首を振った。
「すまん。まだ支度が終わってない……遠慮しておくよ」
「そうか。ま、早めに終わらせちまえよ」
レイノルドは行ってしまった。
少しだけ罪悪感を感じるサーシャ……本当は、もう準備は終わっている。
「今は、一人で考え事をした方が落ち着くな……よし、少し歩こう」
サーシャはクランを出て、城下町へ向かうことにした。
◇◇◇◇◇◇
「うーん、何も思いつかないな」
城下町を歩きつつ、商店を眺めるサーシャ。
城下町にはいろいろな店がある。店舗を構えているところもあれば、屋台を広げているところ、荷台を改造した移動商店などもあり、見ていて飽きない。
「アクセサリー……は、あまり興味がないな。食事……美味しいものは好きだが、そこまで拘らないし……オシャレとかも別に……はぁぁ」
ついに、大きなため息を吐いてしまった。
サーシャは近くのベンチに座り、なんとなく空を見上げる。
「私は……つまらないな」
まさか、新しい趣味を探すだけで、こんなにも悩むとは思わなかった。
ぼんやり空を見上げていると。
「あれ、サーシャさん?」
「む? ああ、シムーンにイーサンか」
「こ、こんにちは」
買い物袋を抱えたイーサンと、買い物リストを手にしたシムーンだ。
仲良し双子に笑顔を向けるサーシャ。シムーンは嬉しそうだが、年上のお姉さんに緊張しているのか、イーサンは顔を伏せてしまう。
サーシャは、シムーンに聞いた。
「買い物か?」
「はい。といっても、個人的な物ですけどね」
「個人的?」
「ええ。果物をたくさん買いました。これからジャムを作ろうと思って」
「ジャム……?」
「はい。最近、ジャム作りに凝っちゃって……」
「姉ちゃんのジャム、種類も多いし毎朝楽しみなんだよなー、ハイセさんも『いろんな種類があって飽きない』って言ってたし!」
「……ジャム、か」
「あ、もしかして興味ありますか? あの……これから作るんですけど、一緒にどうですか?」
「面白い。手伝わせてくれ」
こうしてサーシャは、イーサンとシムーンの家……ハイセの宿へ向かうのだった。
◇◇◇◇◇◇
「…………何、お前」
「お、お前に用事があるわけじゃない。シムーンと一緒にジャムを作るために来たんだ!!」
宿屋の一階には、ハイセがいた。
コートを脱ぎ、ラフな格好で読書をしているようだ。
本は分厚く、細かい文字がズラッと並んでおり、サーシャはあまり読みたいと思わない。
サーシャが来るなり、ハイセはめんどくさそうな視線を向け、すぐに逸らす。
シムーンがハイセに新しい紅茶を淹れなおすと、サーシャもキッチンに入った。
「じゃ、やりましょう!」
「ああ、よろしく頼む」
二人はエプロンを身に着ける。
サーシャはキッチン内を一通り観察した。
流し台、コンロが二つ、大きな冷蔵庫が一つ、野菜などが入った木箱がいくつか並び、調理台がキッチンの真ん中に鎮座している。
戸棚には大量の調味料があり、食器棚にも様々な食器が収められていた。
この規模の宿屋にしては、かなり充実したキッチンだ。カウンターに通じるドアもあり、裏庭へ通じるドアもある。なんとなくサーシャは、このキッチンがシムーンの聖域のように感じられた。
シムーンは、戸棚から鍋を二つ出し、アイテムボックスからいくつかの果物を出して並べた。
「サーシャさん。サーシャさんの好きな果物って、何ですか?」
「そうだな……柑橘類は好きだな。風呂上りとか、食後のデザートによく食べている」
「柑橘類ですね。ふふ、私も好きなんです」
シムーンは、レモ、オレジ、グレプフルツという三種類の果実を並べ、他の果物をすべてしまう。
「さ、この中から好きなのを選んでください!」
「む……じゃあ、オレジで」
「じゃあ私はレモにします」
果物を選び、さっそく調理が始まった。
シムーンはサーシャに包丁を渡し説明する。
「作り方は簡単です。皮を剥いて、小さくカットして、煮詰めて、お砂糖を加えるだけです」
「そ、それだけなのか?」
「はい。お酒を入れたりする方法もありますけど、今回はお砂糖だけにします」
言われた通り、カットして、煮詰めて、砂糖を加えた。
トロトロのジャムが完成し、シムーンが用意していた瓶に入れて蓋をする。
「はい、完成です」
「……か、簡単だな」
「でも、奥が深いですよ。と……そろそろかな」
シムーンがオーブンを開けると、そこにはいい感じに焼けたパンがあった。
「い、いつの間に……」
「さ、試食しましょう!」
パンを皿にのせ、作ったばかりのジャムと一緒に一階ロビー……ハイセの元へ。
シムーンは、当たり前のようにハイセの席に座った。
「ハイセさん。サーシャさんとジャムを作ったんですけど、味見をお願いします!!」
「……サーシャが?」
本を閉じ、サーシャを見る。
サーシャはそっぽ向き、髪を指でつまんでクルクル巻いていた。
シムーンはクスっと笑い、「あ、おじいちゃんとイーサンの分、用意しよう」と席を立つ。
残されたのは、ハイセとサーシャ。
「あー……その、いい出来だと思う。ハイセ、食べてみてくれ」
「…………」
ハイセは無言で、サーシャの作ったジャムをパンに塗って食べた。
そのまま何も言わず、二口、三口とパンを食べて完食。
サーシャをチラッと見て。
「…………まぁ、美味かった」
「───!!」
それだけ言い、ハイセは読書を再開……もう、サーシャと話すことはなかった。
◇◇◇◇◇◇
その日の夜。
サーシャは、クラン『セイクリッド』のキッチンに立っていた。
そこに、たまたま風呂上りのロビンとピアソラ、飲みから帰ったレイノルドとタイクーンが通りかかる。
「さ、サーシャ? 何してんの?」
「む、ロビン。それにみんなか……ちょうどいい。ジャムを作っているところだ。少し、味見をしてくれないか?」
いきなりのジャム作りに、四人はポカンとして顔を見合わせる。
タイクーンが咳ばらいをして、四人を代表して聞いた。
「あー……サーシャ、なぜいきなりジャムなんだ?」
「いろいろあってな。簡単だし、野営の時などにも使えるし、いざ作ると奥が深くてな……ふふ、これは深みにはまりそうだ」
「そ、そうか」
サーシャは、鼻歌を歌いながら鍋をのぞき込んでいる。
「おいロビン、何なんだよサーシャは……いきなりジャムとかよ」
「し、知らないよ~」
「まぁ、数日後には『
「うふふ……サーシャのジャム!! おいしそう……うふふ、サーシャに塗って食べたいぃぃ!!」
「お前たち、早くこっちに来い。味見をしてくれ」
こうして、サーシャの新しい趣味に、『ジャム作り』が追加されたのだった。
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