新しい趣味

 ある日、サーシャは自室の机に羊皮紙を広げ、何かを書いていた。

 そこには、「自分の趣味」と書かれている。

 

「カフェ巡り、ガーデニング、茶の栽培……オシャレはまだよくわからんが、女の子らしい趣味がかなり増えてきたな」


 S級冒険者序列第四位『銀の戦乙女ブリュンヒルデ』サーシャは、『女の子らしい趣味』を模索中……S級冒険者とはいえ、まだ十七歳の女の子なのだ。

 だが、リストを見てため息を吐く。


「うーむ……どの趣味も、他人の真似事というのがな」


 カフェ巡りはロビンの、ガーデニングや茶の栽培はプレセア、オシャレはピアソラの真似だ。自分で考え、自分で『これがやりたい』という趣味はない。

 そのことを考えつつ、サーシャは頭を押さえた。


「とりあえず……支度を終わらせないとな」


 あと数日で、『夢と希望と愛の楽園ファンタスティック・ファンタジア』に向かう。

 タイクーンの見立てでは、『トール・クイン・ビー』が落ち着くころで、オスたちも繁殖の疲労で動けなくなっている頃だ。討伐し、蜂蜜を採取し、そのまま休暇となる。

 休暇に入るし、趣味を見つけてのんびりしようと考えたが……どうも、借り物のような趣味ではしっくりこない。自分で『これをやりたい』という趣味を見つけようと奮闘しているところだった。

 すると、部屋のドアがノックされた。


「おう、オレだ。ちょっといいか?」


 レイノルドだ。

 ドアを開けると、私服姿のレイノルドがいた。


「よう。出発準備は終わったか?」

「ああ、もうすぐ終わる」

「おう。これからクレスと飲みに行くけど、お前も行くか?」

「く、クレス? 本当なのか?」

「ああ。あいつ、最近はよく城を抜け出しては城下にいるらしいぜ。以前、たまたま会ってな、一緒に飲む約束したんだ。ちなみにタイクーンもいる」

「ふむ……」


 少し悩むが、サーシャは首を振った。


「すまん。まだ支度が終わってない……遠慮しておくよ」

「そうか。ま、早めに終わらせちまえよ」


 レイノルドは行ってしまった。

 少しだけ罪悪感を感じるサーシャ……本当は、もう準備は終わっている。

 

「今は、一人で考え事をした方が落ち着くな……よし、少し歩こう」


 サーシャはクランを出て、城下町へ向かうことにした。


 ◇◇◇◇◇◇


「うーん、何も思いつかないな」


 城下町を歩きつつ、商店を眺めるサーシャ。

 城下町にはいろいろな店がある。店舗を構えているところもあれば、屋台を広げているところ、荷台を改造した移動商店などもあり、見ていて飽きない。

 

「アクセサリー……は、あまり興味がないな。食事……美味しいものは好きだが、そこまで拘らないし……オシャレとかも別に……はぁぁ」


 ついに、大きなため息を吐いてしまった。

 サーシャは近くのベンチに座り、なんとなく空を見上げる。


「私は……つまらないな」


 まさか、新しい趣味を探すだけで、こんなにも悩むとは思わなかった。

 ぼんやり空を見上げていると。


「あれ、サーシャさん?」

「む? ああ、シムーンにイーサンか」

「こ、こんにちは」


 買い物袋を抱えたイーサンと、買い物リストを手にしたシムーンだ。

 仲良し双子に笑顔を向けるサーシャ。シムーンは嬉しそうだが、年上のお姉さんに緊張しているのか、イーサンは顔を伏せてしまう。

 サーシャは、シムーンに聞いた。


「買い物か?」

「はい。といっても、個人的な物ですけどね」

「個人的?」

「ええ。果物をたくさん買いました。これからジャムを作ろうと思って」

「ジャム……?」

「はい。最近、ジャム作りに凝っちゃって……」

「姉ちゃんのジャム、種類も多いし毎朝楽しみなんだよなー、ハイセさんも『いろんな種類があって飽きない』って言ってたし!」

「……ジャム、か」

「あ、もしかして興味ありますか? あの……これから作るんですけど、一緒にどうですか?」

「面白い。手伝わせてくれ」


 こうしてサーシャは、イーサンとシムーンの家……ハイセの宿へ向かうのだった。


 ◇◇◇◇◇◇


「…………何、お前」

「お、お前に用事があるわけじゃない。シムーンと一緒にジャムを作るために来たんだ!!」


 宿屋の一階には、ハイセがいた。

 コートを脱ぎ、ラフな格好で読書をしているようだ。

 本は分厚く、細かい文字がズラッと並んでおり、サーシャはあまり読みたいと思わない。

 サーシャが来るなり、ハイセはめんどくさそうな視線を向け、すぐに逸らす。

 シムーンがハイセに新しい紅茶を淹れなおすと、サーシャもキッチンに入った。


「じゃ、やりましょう!」

「ああ、よろしく頼む」


 二人はエプロンを身に着ける。

 サーシャはキッチン内を一通り観察した。

 流し台、コンロが二つ、大きな冷蔵庫が一つ、野菜などが入った木箱がいくつか並び、調理台がキッチンの真ん中に鎮座している。

 戸棚には大量の調味料があり、食器棚にも様々な食器が収められていた。

 この規模の宿屋にしては、かなり充実したキッチンだ。カウンターに通じるドアもあり、裏庭へ通じるドアもある。なんとなくサーシャは、このキッチンがシムーンの聖域のように感じられた。

 シムーンは、戸棚から鍋を二つ出し、アイテムボックスからいくつかの果物を出して並べた。


「サーシャさん。サーシャさんの好きな果物って、何ですか?」

「そうだな……柑橘類は好きだな。風呂上りとか、食後のデザートによく食べている」

「柑橘類ですね。ふふ、私も好きなんです」


 シムーンは、レモ、オレジ、グレプフルツという三種類の果実を並べ、他の果物をすべてしまう。


「さ、この中から好きなのを選んでください!」

「む……じゃあ、オレジで」

「じゃあ私はレモにします」


 果物を選び、さっそく調理が始まった。

 シムーンはサーシャに包丁を渡し説明する。


「作り方は簡単です。皮を剥いて、小さくカットして、煮詰めて、お砂糖を加えるだけです」

「そ、それだけなのか?」

「はい。お酒を入れたりする方法もありますけど、今回はお砂糖だけにします」


 言われた通り、カットして、煮詰めて、砂糖を加えた。

 トロトロのジャムが完成し、シムーンが用意していた瓶に入れて蓋をする。


「はい、完成です」

「……か、簡単だな」

「でも、奥が深いですよ。と……そろそろかな」


 シムーンがオーブンを開けると、そこにはいい感じに焼けたパンがあった。

 

「い、いつの間に……」

「さ、試食しましょう!」


 パンを皿にのせ、作ったばかりのジャムと一緒に一階ロビー……ハイセの元へ。

 シムーンは、当たり前のようにハイセの席に座った。


「ハイセさん。サーシャさんとジャムを作ったんですけど、味見をお願いします!!」

「……サーシャが?」


 本を閉じ、サーシャを見る。

 サーシャはそっぽ向き、髪を指でつまんでクルクル巻いていた。

 シムーンはクスっと笑い、「あ、おじいちゃんとイーサンの分、用意しよう」と席を立つ。

 残されたのは、ハイセとサーシャ。


「あー……その、いい出来だと思う。ハイセ、食べてみてくれ」

「…………」


 ハイセは無言で、サーシャの作ったジャムをパンに塗って食べた。

 そのまま何も言わず、二口、三口とパンを食べて完食。

 サーシャをチラッと見て。


「…………まぁ、美味かった」

「───!!」


 それだけ言い、ハイセは読書を再開……もう、サーシャと話すことはなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 その日の夜。

 サーシャは、クラン『セイクリッド』のキッチンに立っていた。

 そこに、たまたま風呂上りのロビンとピアソラ、飲みから帰ったレイノルドとタイクーンが通りかかる。


「さ、サーシャ? 何してんの?」

「む、ロビン。それにみんなか……ちょうどいい。ジャムを作っているところだ。少し、味見をしてくれないか?」


 いきなりのジャム作りに、四人はポカンとして顔を見合わせる。

 タイクーンが咳ばらいをして、四人を代表して聞いた。


「あー……サーシャ、なぜいきなりジャムなんだ?」

「いろいろあってな。簡単だし、野営の時などにも使えるし、いざ作ると奥が深くてな……ふふ、これは深みにはまりそうだ」

「そ、そうか」


 サーシャは、鼻歌を歌いながら鍋をのぞき込んでいる。


「おいロビン、何なんだよサーシャは……いきなりジャムとかよ」

「し、知らないよ~」

「まぁ、数日後には『夢と希望と愛の楽園ファンタスティック・ファンタジア』に出発する。保存食があっても問題はない」

「うふふ……サーシャのジャム!! おいしそう……うふふ、サーシャに塗って食べたいぃぃ!!」

「お前たち、早くこっちに来い。味見をしてくれ」


 こうして、サーシャの新しい趣味に、『ジャム作り』が追加されたのだった。

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