強くなりたい

 ハイセがクレアを鍛え始めて数日後。

 サーシャは、冒険者ギルドのギルマス部屋で、ガイストと向き合っていた。


「ハイセが、クレアを?」

「ああ、正式に弟子へ迎えたようだ。今、ギルド地下の鍛錬室でトレーニングをしている」

「トレーニング……」

「覚えがあるか? お前にも最初、筋力トレーニングをさせたな」

「……う」


 地獄の筋力トレーニングだった。

 だがサーシャは、見た通り鍛えても筋肉が付きにくい体質だ。筋力トレーニングの量を減らし、剣を握り技を磨き続ける鍛錬に切り替え、今に至る。

 技を磨くために、魔獣との過酷な連戦なども行った……今にしてみれば、相当な無茶だと思う。

 サーシャは言う。


「あの、ハイセはもしかして……私が受けたのと、同じトレーニングを?」

「恐らくな。お前にも言ったことだが、能力は肉体に依存する。いかに強力な『ソードマスター』とはいえ、使うのは己の身体だ。身体を鍛えれば技の精度も増すし、体力があれば長時間戦える」

「……最初の指導としては間違っていない。でも」

「ハイセは、剣術トレーニングを始めた後の、お前の指導を知らんからな……さてさて、どうするか」

「……すみませんガイストさん、ちょっと行ってきます」

「あ、おい」


 サーシャは部屋を出てしまった。

 ガイストは「やれやれ」と呟き、ソファに深く腰掛けた。


 ◇◇◇◇◇◇


 サーシャが地下鍛錬室に向かうと、室内ではクレアとハイセがいた。


「はっ、はっ、はっ、はっ、っ……ぷはぁっ!!」

「ペースが落ちてるぞ。気合入れろ」

「ッッ、っはいっっ!!」


 ルームランナーを使い、大汗を流しながらクレアが走っている。

 ハイセも、コートを脱いだラフな格好だ。腰にあるホルスターにはベレッタが二丁、背中側にはコルトSAAが一丁差してある。サーシャにも見慣れたハイセの武器。

 ハイセがチラッと左目をサーシャに向けると、そのまま近づいてきた。


「何か用か?」

「いや……この部屋、懐かしいな。相変わらず誰も使っていない……」

「……で?」

「クレアを弟子にしたそうだな。ソードマスターの鍛錬……筋力トレーニングだけでは足りない。技の練度を高めるため「サーシャさん!!」」


 と、ルームランナーでダッシュしながら、クレアが声を掛けてきた。

 キツイのか、顔が辛そうで必死の形相だ。


「お願いします!! 師匠が、師匠が指導してくれてるんです!! 師匠のやり方に、口を挟まないでください!!」

「…………」

「悪いなサーシャ。そういうことだ」

「…………ふ、そうか」


 野暮な真似をした、とサーシャは首を振る。

 そのまま、ハイセの隣に立ちクレアを見続ける。


「覚えてるか、ハイセ。ここで訓練した日々を」

「ああ。同じ訓練してたのに、お前は全部俺以上だったよな」

「体力も、格闘術も、すべて私が上だった……でも、今はそうじゃない」

「まあ...そうだな」


 追放後、ハイセは再びガイストに師事し、過酷な訓練で体力も格闘術も向上した。武器なし、能力なしの素手なら、ハイセにはもう勝てないとサーシャは思っている。

 だが、サーシャは負けず嫌いだ。


「ハイセ。久しぶりに……やらないか?」

「…………」


 サーシャは、不敵な笑みを浮かべて右手を差し出す。

 ハイセは横目で見るだけ。すると、サーシャは鎧を外し、身軽になった。


「誰も見ていない、ここで、一本勝負だ」

「お前、行儀が悪いな」

「ふふ、優等生じゃない私もいる」

「……へ」


 ハイセはガンベルトを外し、サーシャの右手に自分の手をそっと合わせた。

 クレアのルームランナーが止まり、クールダウンのため徒歩ペースになる。


「はぁ、はぁ……し、師匠? サーシャさん?」

「クレア、よく見とけ。体力向上のトレーニングが終わったら、次は体術を教える。こんな風にな」


 右手が軽く触れ合った瞬間、ハイセとサーシャが互いの手を掴もうと手首を捻る。

 だが、二人はその手を取られることはない。

 ハイセ、サーシャは肘で互いの身体を突くが防御、サーシャは反転し、その勢いを利用して回し蹴り。

 だがハイセは身体をのけぞらせて回避した。

 そのまま接近、右手を突き出すがサーシャは左手で弾き反撃に出る、しかし弾いたはずの右腕で首を後ろから掴まれてしまった。


「む……ッ!?」

「はい、終わり」


 首を掴まれ硬直し、ハイセの左拳がサーシャの胸……心臓付近で寸止めされる。

 ハイセは手を外すと、サーシャは首をさすった。


「……参ったな、鈍っている」

「書類仕事ばかりで、自己鍛錬が疎かになってるようだな」

「……何も言えん」

「す、すごい……!! 師匠もサーシャさんも、すごいです!! ぜ、全然見えませんでした!! 手がブレて、とにかくすごくて、っげほ、げーっほ!!」

「落ち着け。呼吸を整えろ」

「は、はひ……ふぅぅ」


 ハイセは水のボトルを出し、クレアへ渡す。


「休憩だ。それが終わったら縄跳びだ」

「はいっ!!」


 クレアは壁際の椅子に座り、呼吸を整えている。

 サーシャは、クレアに聞こえないように言った。


「ハイセ、なぜ……あの子を弟子に?」

「……本気だったからな」

「本気?」

「強くなろうとする意志だ。どん底に落ちても、情けなく失禁しても、死の危機に陥っても……あいつは、強くなりたいって、俺に学びたいってな。……形だけじゃない、本気を感じた。そこまでされたら、さすがの俺でも動かされるさ」

「…………」


 サーシャは、ハイセの目が優しくなっているのを感じた。

 クレアを、誰かと重ねているような……そんな目。


「とりあえず、目標はB級冒険者だ。そこまで育てれば独り立ちできるだろ」

「B級か……早くて数年といったところか?」

「さぁな。もっと早くなれるかもしれない」


 クレアは汗を拭き、水を一気飲みする。

 そして、ハイセの元へやってきた。


「師匠!! 休憩終わりました。縄跳びします!!」

「落ち着けって。ちゃんと五分休め。まだ二分しか休んでないぞ」

「わかりました!!」


 クレアは椅子に戻り、静かに呼吸を整えている。

 サーシャは、クレアを見つつ言う。


「可愛い子だな。ふ……あの子は嫌がるだろうが、私が育ててみたかった」

「お前に習うと、お前の模倣になる。それが嫌なんだとさ」

「……私も、負けていられんな。よし」

「?」


 サーシャは更衣室へ向かい、なぜか動きやすい服装になって出てきた。

 長い髪をポニーテールにして、ストレッチを始める。


「……何してんの、お前」

「少し、身体を動かそうと思ってな。ふふ、クレアには負けられん」

 

 そう言って、サーシャはルームランナーへ。

 負けず嫌い。なぜかハイセはそう思い、呼吸を整えているクレアの元へ向かった。

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