破滅のグレイブヤード②

 レイノルド、プレセアの二人は、魔獣に遭遇することなく進んでいた。

 正確には『遭遇しているが気付かれない』だ。プレセアの透明化と、セイファート騎士団がくれた消臭剤のおかげで、鼻のいい魔獣からも見つからない。

 多少声を出しても問題なさそうだった。


「いや~、楽勝だな。予定地にはかなり早く到着できそうだぜ」

「そ」


 素っ気ないプレセア。

 レイノルドは、プレセアと二人になるのは初めてだ。

 以前、ハイセが一人で『デルマドロームの大迷宮』に挑んだ時、一時的にチームに在籍はしていた。だが、『ディロロマンズ大塩湖』に挑むことになり、プレセアは挨拶もそこそこにいなくなった。

 話を聞くと、ハイセを追って砂漠の国へ向かったとか。

 レイノルドは、地図を閉じる(ちなみに地図も透明化している。レイノルドやプレセアには普通通り見えている)。


「少し休憩するか」

「ええ」


 岩石地帯に入り、岩と岩の隙間に椅子を置く。

 火は起こせないので、アイテムボックスから水筒を取り出した。

 レイノルドは、水を飲みながら聞く。


「な、プレセア。こうして話すの初めてだから聞きたいんだけどよ……ハイセとはどういう関係だ?」

「それ、聞いてどうするの?」

「いや、なんとなくさ。あいつにも仲間ができたってことだしな」

「仲間、ね」


 プレセアは、どこか冷めた眼でレイノルドを見た。


「仲間は、あなたたちだったんじゃない?」

「……耳が痛いぜ」

「追放、したんでしょ」

「まーな。今でこそ恐ろしい強さだけど、オレらといるときのハイセは本当に酷かった。いつ死んでもおかしくなかったぜ。能力の使い方はわからない、でも仲間の役に立ちたい……で、足手まとい。それの繰り返しさ」

「…………」

「あのままじゃいつか死ぬ。だからオレらは、あいつを追放したのさ。優しい言葉じゃなく、あえてキツイ言い方して、きっぱり辞めてもらおうってな……だが、あいつは一人でも諦めず……」

「右目を失う怪我をして、孤独になった」

「…………」

「あなた、ホッとした?」

「……あ?」

「あなた、サーシャのこと好きでしょ? あの王子様も……ハイセがいたら、勝ち目ないものね」

「…………」


 レイノルドは無言で水筒を一気飲みする。


「でも、あなたの気持ち、少しわかるかも」

「…………」

「サーシャといるときのハイセ、自分で気づいてないけど……少しだけ、笑ってた」


 プレセアは、ハイセの心からの笑顔を、一度だけ向けてもらったことがある。


『まぁ、それなりに楽しかった。じゃあな』


 霊峰ガガジアで別れた時。

 あの時、ハイセが見せてくれた笑顔は、今でもプレセアの中に残っている。

 きっと、プレセアはあの瞬間から───……。


「……ま、どうでもいいけど」

「そうかい」


 プレセアは立ち上がり、椅子をアイテムボックスに入れる。

 レイノルドもアイテムボックスに仕舞い、地図を広げた。


「よっしゃ、さっさと先に進もうぜ。へへ、オレらがトップかもなぁ?」

「どうでもいいわ」


 少しだけ、プレセアとレイノルドは打ち解けることができた。


 ◇◇◇◇◇


「はーっはっはっはぁ!! でかい割に弱い!! でも楽しいっ!!」

「ぜぇ、ぜぇ……ちょ、ヒジリぃ~…‥」


 ヒジリは、十七体目の『バイソンオーガ』という、全身体毛に覆われたオーガの亜種を討伐した。

 バイソンオーガは顔面が潰れている。近くには、巨大な『拳』を模した『アダマンタイト鉱石』がいくつも落ちていた。一つ一つの大きさが、大型馬車よりもある。

 ヒジリの能力『メタルマスター』は、大地から金属や鉱石を作ることができる。ヒジリが最も得意とするのは、『拳』を金属で作る『鉄拳精製ナックルソウル』という技だった。

 ロビンは、疲れ切ったように言う。


「ねぇ、ちゃんと地図通り進まないとぉ」

「わかってるって。それよりロビン、そろそろゴハンにしよっ」

「うん。あたし、お腹ペコペコ……」


 二人は、近くにあった洞窟へ移動し、アイテムボックスから大量の肉を出して焼く……ちなみに焼いてるのはヒジリで、ロビンはサンドイッチを食べていた。


「ねーヒジリ。喧嘩売りながら行くのやめようよ~」

「えー? だってここ、討伐アベレージ高くて楽しいんだもん。戦った感じ、最低討伐レートはAってところね」

「普通は避けながら行くよ~? あたしもいるってこと、忘れてる?」

「わかってるけどさー……クンクン、うげぇ、なんかアタシ血生臭い」

「あれだけ暴れればねぇ」

「よし、ちょい水浴びするわ」

「え」


 ヒジリは、アイテムボックスから大きな樽を出し、蓋を叩き割る。

 パパっと全裸になると、樽の中に飛び込んだ。


「っぷはぁ!! 気持ちいい~」

「ちょ、ちょっと、こんなところで」

「いいじゃん。ほら、アンタも入りなよ」

「え、遠慮しておく……」


 破天荒すぎる。

 それが、ロビンがヒジリに抱く印象だ。

 自由奔放。表情がコロコロ変わり、すごい美少女なのに羞恥心が薄い。以前、クラン『セイクリッド』の訓練場で汗を流し、暑いからと上半身裸になった時は大慌てだった。

 ヒジリは胸も大きいし、スタイルがいい。

 オシャレに興味がなく、胸にサラシを巻いてジャケットを羽織るという豪快なスタイルだ。下半身も、スパッツに短パン、ブーツだけ。

 長い銀灰色のポニーテール、顔立ちは可愛らしいが、男みたいに豪快な笑みを浮かべたり、歯をむき出しにして笑ったりと、女らしさが皆無だ。

 もったいない……それが、ロビンの感想だ。


「もったいない……」

「ん、なにが?」


 バシャバシャと顔を洗い、髪を洗うヒジリ。

 つい、声に出ていたようだ。


「ヒジリ、もったいないなーって。ヒジリってさ、かわいいし、胸おっきいし、オシャレすればすっごく似合うと思うのになぁ」

「興味ない。アタシ、強くなることと、強いヤツしか興味ないのよ。あ、ロビンは友達だから大好きだけどね!!」

「あはは、ありがと」

「あとはー……ハイセね」

「……ハイセ?」


 ヒジリは樽から出て、全裸のまま髪をブワッと振り水を払う。

 そして、そのまま拳を突き出すと、胸が揺れる。


「あのサタヒコってのも強いと思うけど……たぶん、ハイセのが強い。今はアタシ、アイツに夢中」

「え、サーシャは?」

「もちろんサーシャも。でも……まだ、ハイセほどヒリヒリしないのよね」

「ヒジリ、ハイセのこと好き?」

「うーん、今まで会った男の中では大好きよ」

「そっかぁ……」


 恋ではない。でも……恋以上の『熱』を感じた。

 ハイセのことを語るヒジリの眼は、とてもキラキラしていた。

 ちょっとした匙加減で、一気に傾いてしまいそうな。


「うー、ハイセってばモテモテじゃん……」

「は?」

「なんでもない!!」

「ね、そういうアンタは? ハイセと勝負したいの?」

「…………」

 

 ロビンにとって、ハイセは『兄』のような存在だ。

 甘やかしてくれるし、誰よりも優しい。

 

「勝負はしないよ。ま、勝てないと思うしね……でも、誰よりも甘えちゃうかなぁ」

「はぁ?」


 それだけ言い、ロビンはアイテムボックスからタオルを出し、ヒジリへ放り投げた。

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